内科学 第10版 「B型急性肝炎」の解説
B型急性肝炎(急性ウイルス性肝炎)
B型急性肝炎は,B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus:HBV)の肝細胞への感染により引き起こされる肝臓の炎症による疾病である.HBV自体は肝細胞を傷害せず,HBVに感染した肝細胞が免疫反応により破壊されることにより肝細胞壊死が惹起され肝機能低下による症状が現れる.新生児期から乳幼児期にかけての感染ではHBVに対する免疫学的寛容状態が惹起され持続性感染状態(キャリア)となるが,それ以降の初感染では多くの症例で最終的にHBVは体内から排除され一過性感染で終息する.免疫抑制状態での初感染,あるいは遺伝子型AのHBVの初感染では持続性感染に移行する場合がある.
分類
HBVは3200塩基からなるDNAウイルスであるが,その遺伝子構造によりAからH型の8種類の遺伝子型に分類される.遺伝子型A,Dは欧米,遺伝子型B,Cは日本を含むアジアに多く認められる.しかし,最近は外国人由来の性行為感染により日本国内においても遺伝子型AによるB型急性肝炎が増加し,現在では日本人間の感染でも遺伝子型AによるB型急性肝炎が多く認められるようになっている.通常の急性肝炎であれば著明な凝固障害(プロトロンビン時間活性(PT)40%以下),明らかな肝性脳症(2度以上)を伴わずに回復する.PT 40%以下に低下する場合は急性肝炎重症型,さらに肝性脳症が出現した場合には劇症肝炎として対応が必要となる.
原因・病因
B型急性肝炎は,幼児期以降のHBVの初感染により発症する.新生児期から幼児期の感染では急性肝炎を発症せずにキャリア化する.B型急性肝炎は主としてキャリア,まれには急性肝炎患者からの血液,体液を介する感染による.輸血によるB型急性肝炎は,HBVスクリーニングによりほとんどみられなくなったが,献血者のHBs抗原が測定感度以下である,感染初期でHBc抗体出現前であるなどの特殊な状況においては輸血後肝炎が発症する.現在,日本国内において最も多い感染経路はHBs抗原陽性のHBVキャリアまたは急性感染後の潜伏期患者からの性感染である.
疫学
B型急性肝炎は,感染症法で全数把握の四類感染症に指定されており,急性ウイルス性肝炎として診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る必要がある.B型急性肝炎からの劇症肝炎の発生率は1%程度とされている.
病理
B型急性肝炎の病理像は,肝臓の小葉内の感染肝細胞の巣状壊死,好酸体(アポトーシスに陥った肝細胞),炎症細胞の浸潤,セロイド貪食マクロファージ,門脈域への反応性炎症細胞浸潤・浮腫などであり,ほかの急性肝炎と同様の所見をとる.
病態生理
全身倦怠感,食欲低下,発熱などのウイルス感染に伴う非特異症状に引き続き,急性の肝細胞壊死による肝臓の代謝機能低下により黄疸が現れる.重症の場合には,高度の肝機能低下から蛋白合成能低下による凝固障害,代謝機能低下による肝性脳症が生じ,劇症肝炎となることがある.劇症肝炎の発症は,HBV遺伝子のコアプロモーター領域およびプレコア領域変異をもつHBe抗原非産生HBVの初感染が関与していると考えられている【⇨9-2-1)】.
B型急性肝炎によるこのような肝細胞壊死は,ウイルス増殖そのものが肝細胞を傷害するのではなく,細胞内に生じたウイルス蛋白,特にHBc蛋白由来のペプチドが抗原として肝細胞表面にHLA classⅠ分子により提示され,これが細胞傷害性T細胞により認識され感染肝細胞が破壊されることによる.
通常は,免疫反応によりHBV増殖が抑制されHBs抗原が血中から消失,HBs抗体が陽性となると感染は終息したと考えられ,再感染はしない.しかし,このようなHBs抗体陽性の感染既往者においてもごく少量のHBVは肝臓内に残存しており,感染既往のある患者をドナーとした肝臓移植においては移植後にレシピエントにB型肝炎が発症しうることが知られている.
臨床症状
1)自覚症状:
HBVに暴露されてから,1~6カ月の潜伏期間の後,非特異的なウイルス感染症状(全身倦怠感,発熱),引き続いて高度の全身倦怠感,食欲不振が出現する.この頃よりビリルビン尿により尿の濃染を自覚する.ついで顕性の黄疸(眼球,皮膚の黄染)が出現し多くの場合,この段階で医療機関を受診する.通常は黄疸が出現すると全身症状は消失し感染は終息に向かう.黄疸出現後も全身倦怠感・食欲不振が持続する場合は重症化,劇症化に注意しなければならない.
2)他覚症状:
身体所見上は黄疸および右季肋部の叩打痛(左手のこぶしを右季肋部におき,右手のこぶしでたたくと肝被膜の伸展痛により鈍痛を訴えるもの)を認める.炎症が高度となると肝臓の萎縮により肝濁音界の縮小・消失をみとめ,腹水,肝性脳症などの肝不全症状が出現する.
検査成績
肝細胞傷害によるALT,AST値の上昇が特徴的である.小葉辺縁部の肝細胞に多いとされるALT値優位の上昇を認める.これに対して肝内胆汁うっ滞を示す胆道系酵素(ALP,GGT)の上昇は軽度にとどまる.直接ビリルビンの上昇は,ALTの極期に遅れて自覚症状が消失した時期にピークとなる.肝臓での蛋白合成能の低下によりプロトロンビン時間の延長を認める.プロトロンビン時間活性40%以下では重症型急性肝炎,さらに肝性脳症を発症すれば劇症肝炎の発症を疑う.
B型急性肝炎は,HBV関連マーカーにより診断される(図9-2-4).HBVの増殖は感染後,症状発現までの潜伏期間中にピークを迎え,患者の免疫反応によるウイルス感染細胞の破壊により,急性肝炎症状が出現する.症状発現時にはHBs抗原陽性であり,体内でのHBVの存在を示している.HBs抗原はB型急性肝炎が終息後3〜6カ月で消失し,HBs抗体が出現する.体内でのHBVの増殖の程度を反映するHBe抗原は症状発現時にはすでに低下しており,経過とともにHBe抗体が出現する.感染時期を示すHBc抗体はHBVの急性の初感染を反映してIgM型の抗HBc抗体が出現する.これがB型急性肝炎診断のための最も重要な所見である.HBV-DNAは上述のように症状が発現し医療機関受診時には低下していることが多い.
診断
急性の肝機能障害を認める患者で,HBs抗原陽性,IgM-HBc抗体陽性であれば,B型急性肝炎が強く疑われる.ほかの原因疾患を鑑別し否定されればB型急性肝炎と診断できる.
鑑別診断
急性肝障害の鑑別診断は多岐にわたる.胆道系酵素優位の急性肝障害であれば,腹部超音波検査,CTなどにより胆道系の拡張所見を検索し肝外胆汁うっ滞による疾患(胆石,悪性腫瘍)を除外する.急性肝障害をきたす疾患としては,ウイルス肝炎(A,C,D,E),ほかのウイルス感染症に伴う肝障害(EBV,CMV,HSV,VSV,水痘,麻疹,風疹など),アルコール性肝障害,薬剤性肝障害,急性循環障害などを鑑別する必要がある. HBs抗原陽性の急性肝障害と考えられる場合,次に重要なのはHBVキャリアからの急性発症であるのか,急性初感染であるのかの鑑別である.HBVキャリアからの急性発症の場合は,HBV感染が終息することはなく,また重症化しやすいため治療法が異なり早期の積極的な抗ウイルス治療が必要である.この鑑別に最も重要なものはHBc抗体であり,急性初感染ではIgM型抗体が高値をとるが,IgG型HBc抗体は低値である.一方,慢性感染の急性増悪ではIgM型HBc抗体は陰性あるいは低値であり,IgG型HBc抗体は長期間の感染を反映して高値をとる.
合併症
B型急性肝炎の合併症として最も重要なものは,劇症肝炎である.このほか,B型ウイルス蛋白の免疫複合体による多発動脈炎,糸球体腎炎,皮疹,関節炎,ニューロパチーがごくまれに発症することがある.
経過・予後
大部分の症例は1~2カ月の経過で肝機能は正常化し,HBe抗原,HBs抗原が消失して治癒する.HBV-DNAも検出できなくなる.HBs抗体の出現は遅く,3〜6カ月程度かかる.劇症肝炎を発症する頻度は1%程度である.HBs抗原が6カ月以上消失しない場合は慢性感染への移行が考えられる.遺伝子型BおよびCでは慢性化はほとんどないと考えられるが,遺伝子型 Aでは約10%の頻度で慢性化が起こりうる.HBs抗体陽性となれば再感染は起こらない.
治療・予防・リハビリテーション
大部分の症例は,自然軽快するため経過観察・対症療法のみで特異的な治療は必要ない.一方,高度の肝細胞傷害による肝不全症状・高度の黄疸・直接ビリルビン/総ビリルビン比の低下,HGF(肝細胞増殖因子)高値,プロトロンビン時間活性の低下など重症型B型急性肝炎で劇症化の懸念のある場合にはHBVポリメラーゼ阻害薬である抗HBV増殖薬を早期に投与しHBV増殖を抑制する.すでに感染肝細胞に対する高度の免疫反応が進行し抗HBV増殖薬のみでは肝炎を鎮静化できない場合には,ステロイドによる免疫抑制療法を必要とする場合もある. 医療従事者などの感染予防にはHBワクチンを使用する.3回の接種で90%の例でHBs抗体が陽性化する.HBs抗体陰性者の汚染事故後の感染予防には汚染事故後48時間以内にHBs免疫グロブリンを投与するとともに,1週間以内にHBワクチンの接種を開始する.[溝上雅史]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報