肝臓の炎症を意味し、おもに肝細胞が壊される病態である。肝炎の原因の多くは肝炎ウイルスである。肝炎ウイルス以外には、一般ウイルス、アルコール、薬物と自己免疫性機序による肝炎がある。肝炎は経過から、急性肝炎と慢性肝炎に分けられる。6か月以上炎症が持続したときに慢性肝炎といい、急性肝炎から移行することもある。急性肝炎のなかには、発症後8週間以内に急速に肝不全と意識障害を起こし、その多くが死亡する肝炎があり、劇症肝炎という。肝炎ウイルスには、A、B、C、D、E型がある。A型肝炎ウイルス(HAV)とE型肝炎ウイルス(HEV)は、経口感染で、急性肝炎を起こすが、慢性肝炎にはならない。E型肝炎ウイルスはタイ、インドなどに多く発生している。日本にも常在する。B、C、D型肝炎ウイルスは血液で感染し、急性肝炎を起こすとともに、感染が持続し、慢性肝炎となる。BとC型肝炎が持続すると、慢性肝炎、肝硬変へと進行し、肝細胞癌(肝癌)を合併する。D型肝炎ウイルス(HDV)はB型肝炎ウイルス(HBV)に感染している人に感染する。日本ではきわめてまれに発生する。肝炎を起こす一般ウイルスには、EB(Epstein-Barr)ウイルス、サイトメガロウイルス、ヘルペスウイルスなどがある。肝炎ウイルスによる肝炎に比べて肝障害の程度が軽く、急性肝炎として治癒する。
[恩地森一]
A型肝炎は流行性肝炎とも伝染性肝炎ともいわれている。A型肝炎ウイルスは汚染された飲食物を介して経口的に感染する。ウイルスは発症早期の患者の糞便(ふんべん)中に証明される。冬から春に好発し、ときに集団発生する。ウイルスに感染してから2~6週間後に発病し、発熱、全身倦怠(けんたい)感、嘔気(おうき)、嘔吐(おうと)、腹痛、食欲不振が出現する。発症後数日から数十日のうちに黄疸(おうだん)が出現することが多い。合併症としてはまれに急性腎不全、溶血性貧血、低血糖発作などがある。診断はIgM型A型肝炎ウイルス抗体を血中で検出することによる。IgG型のA型肝炎ウイルス抗体は過去の感染を意味している。
遷延することはあるが、慢性化はしない。予後はよく、大部分は1~3か月で完治する。まれに劇症肝炎になることがある。特効薬はなく、安静とバランスのとれた食事で治療する。ワクチンがあり、予防接種が可能である。東南アジアなどの流行地に行く際には接種が勧められる。γ(ガンマ)‐グロブリン(免疫グロブリン)は接種後ただちに予防効果があるが、その有効期間は3か月間程度である。
[恩地森一]
B型急性肝炎は血清肝炎ともいわれた。もっとも多い感染経路は、輸血、母子感染、性交などであるが、原因不明の散発例もある。母子感染のほとんどは出産時に産道で感染する。輸血による感染は輸血用血液の肝炎予防検査により激減し、日本では例外的に発生するのみである。針刺し事故などの医療事故で発生することもある。ウイルスに感染してから1~6か月で発症する。A型肝炎と同様の症状がみられるが、それよりも軽い。まれに血尿、タンパク尿などの腎障害を合併する。診断にはIgM型のB型肝炎ウイルスコア抗体(HBc抗体)がもっとも適している。B型肝炎ウイルス表面抗原(HBs抗原)やHBV‐DNAはB型肝炎ウイルス存在の証明となる。
成人で感染した人の予後は比較的良好である。原則として慢性肝炎にはならないが、B型肝炎ウイルスの遺伝型のうち、A型は20%近くが成人初感染でも慢性化する。まれに、ウイルスが持続感染している人(キャリア)が急性肝炎として発症することがある。母子感染などで幼少期に感染した人は慢性肝炎となり肝硬変、肝細胞癌と進展する。B型肝炎の数%に劇症肝炎が起こる。強力な免疫抑制剤の使用により、治癒していたB型肝炎が増悪することがある(de novo肝炎)。
ウイルスの増殖を抑える薬として、インターフェロン(ウイルス抑制因子)、エンテカビルやラミブジン(逆転写酵素阻害剤)があるが、発病したときにウイルスの増殖は停止ないしは低下していることが多く、使用されることはまれである。治療としては、安静と食事療法である。
予防には高力価ガンマグロブリンとワクチンがある。即効を期待するときには高力価ガンマグロブリンを使用するが効果は3か月間以内である。B型肝炎ウイルスをもっている母親から生まれた子供、B型肝炎ウイルスをもっている人の家族や医療従事者などはワクチン接種を行い、感染を予防する。
[恩地森一]
もっとも多い感染経路は輸血であるが、刺青(いれずみ)や医療事故であることもある。原因不明の散発例もある。輸血による感染は輸血用血液の肝炎予防検査により激減している。まれにA型肝炎と同様の症状がみられることもあるが、無症状のことが多い。まれに腎障害を合併する。C型肝炎ウイルス(HCV)感染の診断は、HCV‐RNAやC型肝炎ウイルス抗体で行う。発病初期には抗体検査では証明できないことがある。慢性化することが特徴である。感染後数十年して急速に悪化し、肝硬変や肝細胞癌に進展する。
安静と食事療法で急性肝障害は治癒する。慢性化の予防にはインターフェロンが有効で、C型急性肝炎で持続感染が疑われる際にインターフェロンで治療する。ワクチンはなく、ガンマグロブリンも予防効果はない。
[恩地森一]
ウイルス肝炎や薬物性肝障害の経過中8週間以内に重症化し、急激に高度の肝機能障害と意識障害が起こる病気である。急性肝炎の1~2%が劇症肝炎に移行するとされ、日本では年間約450人が発病している。
原因は肝炎ウイルスが多く、そのなかでもB型肝炎ウイルスと原因不明が多い。ほかには自己免疫性肝炎、E型肝炎、A型肝炎、薬物としてはハロタン、アセトアミノフェン、糖尿病用薬などがある。急激に悪化する機構については解明されていない。症状としては、急性肝炎の一般的な症状が顕著となるとともに、出血傾向、意識障害(肝性昏睡)、腹水や腎不全が出現する。経過の比較的に長いときには黄疸が高度となる。発症後11日以後に肝性昏睡が出現する劇症肝炎亜急性型では原因不明が40%を超えている。
抗ウイルス剤や免疫抑制剤による治療、血漿(けっしょう)交換、交換輸血、持続血液透析やその他の対症療法が行われている。予後はきわめて悪く、劇症肝炎すべての救命率は約30%で、発症後10日以内に肝性昏睡が出現する劇症肝炎急性型では50%前後で、亜急性型では20%以下である。肝臓移植が有効で救命率があがっている。
[恩地森一]
6か月以上にわたり持続した肝炎をいう。肝炎が持続したことは、一般肝機能検査、とくにトランスアミナーゼ(AST、ALT)の異常が長く続いたことや膠質(こうしつ)反応(ZTT、TTT)、ガンマグロブリンの高値、脾臓(ひぞう)の腫大(しゅだい)などで推測できる。確実には、腹腔(ふくくう)鏡検査で肝の表面を観察したり、肝生検による病理組織学的検査により証明される。肝細胞の小壊死(えし)巣、門脈域への円形細胞浸潤と線維化で診断できる。自覚症状はほとんどなく、あっても全身倦怠感や易疲労感などである。慢性肝炎の原因は、BとC型肝炎ウイルスの持続感染、D型肝炎ウイルス、自己免疫性肝炎と薬物性肝炎がある。BとC型肝炎ウイルスは慢性肝炎の原因として多く、また肝細胞癌を合併することからも重要である。
[恩地森一]
B型慢性肝炎は日本の慢性肝炎の約15%を占めている。B型肝炎ウイルスに幼少時に感染し、持続感染した人(キャリア)に生じる。成人の初感染でも、まれに持続感染し、慢性肝炎となる。B型肝炎ウイルスが感染していることは、HBs抗原陽性、HBc抗体が高力価陽性であることから診断される。HBe抗原(B型肝炎ウイルスのコア粒子内のタンパク)が陽性であるとウイルス量が多く、肝炎の程度は高い。ウイルス量は、HBV‐DNAで知ることができる。HBe抗原が消え、HBe抗体が陽性になる(セロコンバージョン)と肝炎は終息する。まれにHBe抗体陽性でもトランスアミナーゼが異常値であることがあるが、その場合には血中のHBV‐DNAが陽性である。一般肝機能検査で肝炎の程度を推測できるが、肝生検は確実な診断となる。
HBe抗原を陰性化させる治療として、インターフェロン、エンテカビルやラミブジン投与が行われている。肝細胞癌の合併を減らすことができる。
[恩地森一]
日本には50歳以上を中心におよそ180万人のC型肝炎ウイルスの持続感染者がいるとされている。戦争を体験した国に多く、日本では太平洋戦争後の混乱期に、アメリカではベトナム戦争当時に流行した。日本の慢性肝炎、肝硬変と肝細胞癌の80%以上がC型肝炎ウイルスによる。
C型慢性肝炎はB型のそれに比べて臨床症状や検査成績で大きな差異はないが、黄疸が出現することが少なく、トランスアミナーゼの上昇の程度も比較的に軽微である。肝硬変、肝細胞癌と進展しても肝機能検査の異常は続き、自然治癒することはきわめてまれである。
薬物としてはインターフェロンがあり、完全に治癒することが期待できる。インターフェロンで完治する人は約70%である。完治した人からの肝細胞癌の発生は抑えられている。インターフェロンの有効性を決める因子としては以下の項目が重要視されている。
(1)ウイルスの量 少ないほど有効で血液1ミリリットル中10万以下(5logIU/ml以下)の場合に効果が大きい。
(2)ウイルスの型 2b>2a>1bの順に有効である。
(3)肝生検で線維化が高度であれば有効性が低い。
(4)高齢者では有効性が低い。
(5)インターフェロンにリバビリン(抗ウイルス薬)を一緒に使用すると効果がよくなる。
インターフェロン療法の適応がない人や有効でなかった人には、グリチルリチン製剤、ウルソデオキシコール酸、瀉血(しゃけつ)などを使用してトランスアミナーゼを下げておくことが、肝硬変への進展と肝細胞癌の合併を抑制するうえで重要である。
[恩地森一]
日本では増加傾向にある。常時飲酒をしている人が急激に飲酒量を増やしたときに発症する。腹痛、発熱、黄疸をおもな症状とし、白血球増加、血清AST、γ‐GTPとアルカリフォスファターゼ(ALP)の上昇がみられる。肝の病理組織的検査では肝細胞の変性、壊死と風船化、線維化、マロリー小体や好中球の浸潤が特徴的である。アルコール性肝炎のなかに、肝性昏睡、肺炎、急性腎不全、消化管出血、エンドトキシン血症などを伴い、断酒にもかかわらず、肝腫大は持続し、多くは1か月以内に死亡する重症型が存在する。また血液凝固検査におけるプロトロンビン時間(血液凝固因子を加えたときの血漿が固まる時間)が50%以下となる。アルコール性肝炎の治療は断酒につきる。アルコール依存症の治療も必要である。重症型は劇症肝炎の治療に準じるが予後はきわめて悪い。
[恩地森一]
飲酒がないにもかかわらずアルコール性肝炎に類似した進展を示す疾患である。脂肪肝に加えて、炎症(肝炎)があって線維化がみられる。原因は活性酸素による酸化ストレス、インスリン抵抗性、サイトカインの放出などのストレスによるとされている。メタボリック症候群の肝臓の病型と考えられる。自覚症状はほとんどない。肝機能検査でみつかることがほとんどである。ASTとALTが軽度上昇する。AST/ALT比は1.0以下。腹部超音波検査やCTにより脂肪肝の診断ができる。NASH(ナッシュ)の診断は肝生検によって、肝細胞への脂肪沈着、風船様の肝細胞変化、アルコール硝子体、好中球浸潤や線維化などの所見で診断する。食生活の改善と運動療法が基本。肝臓病に対する薬が投与されることもある。肝炎から肝硬変、肝癌へと進展することがあるため、肝機能検査と画像検査を定期的にする必要がある。
薬物性肝障害ともいう。薬物による肝障害は急性に経過し、薬物の使用中止で軽快するが、長期使用すると慢性肝炎や重症肝炎に移行することもある。誰にでも肝障害を起こす薬物による肝障害(中毒性肝障害)と、特異体質によって特定の人に起こる肝障害があり、それには薬物アレルギーによるものと薬の特異な代謝経路をもつためによる場合がある。また、特殊な場合として、腫瘍の形成や肝臓の血管障害によることがあるが、まれである。一般にみられる薬物性肝障害は特異体質による。
原因薬物としては、抗生物質、解熱・鎮痛薬、精神・神経用薬が多い。病型としては、通常のウイルス肝炎と類似した肝炎型、胆汁うっ滞型、その両者の混合した型がある。瘙痒(そうよう)感、黄疸、ALPやγ‐GTPなどの胆道系酵素の高値が持続する胆汁うっ滞型が従来は多かったが、減少している。診断は、経過から薬物の使用とその中止による改善を知ることや薬物アレルギーによる場合にはリンパ球培養試験による。治療は起因薬物の中止がもっとも重要である。
[恩地森一]
中年以上の女性に多い。慢性に経過する。原因は不明であるが、自己免疫の関与が考えられている。症状は発熱、皮疹(ひしん)、関節痛、黄疸があるが、無症状のことも多い。診断は、抗核抗体、抗平滑筋抗体の陽性、血沈亢進(こうしん)、2.0グラムを超えるガンマグロブリンとIgGの高値、肝生検で高度の肝細胞壊死と形質細胞浸潤がみられることなどによる。自己免疫性肝炎では、肝炎ウイルス、アルコールや薬物性肝障害を除外しておくことが重要である。
治療は副腎(ふくじん)皮質ホルモンが奏効し、診断の根拠ともなる。副腎皮質ホルモンは長期使用し、半永久的な使用となる。免疫抑制剤やウルソデオキシコール酸も併用する。予後は早期に診断すれば良いが、肝硬変に進展した人や劇症肝炎で発症した人は悪い。
[恩地森一]
肝臓の炎症性疾患。肝炎と名がつく肝臓の疾患には,ウイルス性肝炎(急性肝炎),劇症肝炎,慢性肝炎,ルポイド肝炎,アルコール性肝炎や薬物性肝炎などがある。肝炎は,(1)肝細胞の変性,壊死(肝細胞の破壊),(2)肝細胞の機能障害,(3)間葉系反応(細胞浸潤や繊維増生),(4)胆汁鬱滞(うつたい)(胆汁の排出障害,黄疸)などの組織変化の組合せで起こる。
ウイルス性肝炎は肝炎全体の約90%を占め,肝細胞の変性・壊死がおもな病変で,胆汁鬱滞は副次的な病変である。この肝細胞の変性・壊死が急激に,しかも広範に生じるのが劇症肝炎である。慢性肝炎は,間葉系反応がおもな病変で,その他の変化は副次的なもので,しかもその程度はまちまちである。ルポイド肝炎も特徴的な強い間葉系反応を示すが,前者のようにウイルスが原因ではなく,明らかな原因のない自己免疫性の肝疾患である。アルコール性肝炎はウイルス性肝炎に似るが原因がアルコールの摂取によると考えられるもので,特徴的な肝組織像を示す。薬物性肝炎も症状はウイルス性肝炎に似るが,原因は薬物で,個人差があり一種のアレルギー性疾患である。肝臓の組織変化には,細胞の変性・壊死を示すもの,胆汁鬱滞を主とするもの,および両者の混在するものがある。
肝炎の原因となる主要な肝炎ウイルスはA型,B型,C型肝炎ウイルスである。C型はながらくウイルスが分離確認されなかったため,A型,B型肝炎ウイルスを除外した肝炎ウイルスという意味で非A非B型肝炎ウイルスと呼ばれていたが,90年代にウイルスが確認された。その後D~G型も発見されているが,非A非B型の90%はC型である。肝炎の感染形式には,流行によるもの,輸血によるもの,散発的なものがある。流行性肝炎はA型肝炎のみにみられ,輸血後肝炎(いわゆる血清肝炎)にはA型肝炎はなく,B型肝炎が10%,残りの80~90%がC型肝炎である。散発性肝炎は,A型が約20%,B型が約20%,残りがC型である。
(1)ウイルスと感染経路 ウイルスは直径27nmの球形粒子でRNAウイルスである。感染は,A型肝炎患者の糞便中に排出されたA型肝炎ウイルスhepatitis A virus(略称HAV)の経口感染による。流行地では井戸水が感染源になる例が多い。
(2)症状 急性肝炎の症状は,A型,B型,C型とも基本的には共通である。初期に,風邪様症状(頭痛,咽頭痛,発熱),強い消化器症状(食欲不振,悪心,嘔吐)や全身倦怠感がある。そのため患者は,しばしば風邪や二日酔いあるいは過労などと勘違いしやすい。一両日それらの症状が続いたあと,黄疸(眼球結膜や皮膚の黄染,赤ブドウ酒様着色尿)が出現する。赤ブドウ酒様着色尿はかなり早期から出現するが見逃されやすい。黄疸も一般に本人や家族に気づかれにくい。黄疸が出現するころには,先の風邪様症状や全身倦怠感はよくなるか,なくなっている。A型肝炎の黄疸発生率は高い。黄疸は極期に達し,その後漸減する。黄疸の消失には4~8週間を要する。そのころには,他の肝機能検査(GOT,GPTなど)の異常も正常化する。
(3)診断と治療 診断には血清学的診断と生化学的診断がある。血清学的診断では,IgM抗HAV抗体が見つかれば確定される。A型肝炎ウイルスの急性感染では,IgM抗HAV抗体が出現し,すでにA型肝炎にかかったことがある人ではIgM抗HAV抗体が陽性となる。日本では,20歳代後半からIgG抗HAV抗体の陽性率が漸増しはじめ,40歳代後半では陽性率は80~90%に達する。いったん陽性化するとA型肝炎の再感染はない。生化学的検査では,B型,C型肝炎に比べ,TTTやIgGの値が高い。
治療は,安静と十分な栄養をとることが基本である。一般にA型肝炎の予後は良好で,慢性化することはない。まだ抗体ができていない若い人が東南アジアなどに旅行するときには,γ-グロブリンの予防注射が有効である。
(1)ウイルスと感染経路 B型肝炎ウイルスhepatitis B virus(HBV)は,直径42nmの大型粒子(デーン粒子)で,表面の部(HBs抗原)と芯の部(HBc抗原)からなり,HBc抗原に接してHBe抗原がある。したがってB型肝炎ウイルスには三つの抗原が認められる。1964年ブランバーグB.S.Blumbergによって発見されたオーストラリア抗原は,小型粒子で,HBs抗原そのものである。B型肝炎ウイルスはDNAウイルスである。おもな感染経路は,輸血,母子間・夫婦間感染,その他(散発性)である。輸血後肝炎は,供血者の血液検査が不十分であった72年ころまでは過半数がB型肝炎であったが,ウイルス学的検索が十分な今日ではB型肝炎は10%前後に減少している。潜伏期間は1~6ヵ月である。
母子間感染は出産時に産道で感染するもので,HBe抗原陽性の母親から生まれる新生児は,抗ウイルス処置を行わない場合,すべてがB型肝炎ウイルスに感染し,ウイルスの慢性保有者(キャリア)になる。若年では無症状(無症候性キャリア)であっても,成人後肝炎を発症することが多い。夫婦間感染は,大半がHBs抗原陽性で,ときに急性肝炎がみられる。
(2)症状 A型肝炎に似るが,発熱や風邪様症状の頻度はA型肝炎よりやや低い。肝機能検査の結果が正常化してHBs抗原が消失するには2~3ヵ月を要する。それより早期には,HBe抗原は消失し,HBe抗体,HBc抗体が出現する。HBs抗体は発症後5~6ヵ月後に陽性となる。
(3)診断と治療 血清学的検査で,血清中にHBs抗原,HBe抗原を見つける。生化学的検査では,A型,非A非B型肝炎と同様に,GOT,GPTが上昇し(300単位以上,初期GOT,その後GPT),ビリルビンは増加,コレステロール,コリンエステラーゼは低下する。また血液学的検査では血液凝固因子が低下する。
治療の基本はA型肝炎と同様である。抗ウイルス剤のインターフェロンやアラAなどは,副作用が強く,自然治癒が期待される急性肝炎には適当ではない。感染予防法は,ほぼ確立されており,供血者の血液の十分なウイルス学的チェックをはじめ,肝炎発症の危険が生じたときは,母子感染の予防も含めて,できるだけ早期(24時間以内)にHBIG(B型肝炎に対する免疫グロブリン)やワクチンの投与を行う。
(1)ウイルスと感染経路 C型肝炎ウイルスは直径5~6nmの球状粒子で,表面に無数の細いスパイク状の突起がある。輸血後肝炎の約90%,散発性肝炎の約50%を占める。
(2)症状と診断 A型,B型肝炎と症状は同じである。両者に比べ,黄疸,風邪様症状や消化器症状の出現頻度は低い。治癒には2~3ヵ月を必要とする。
(3)治療と予後 基本的には先の肝炎と同じく,安静と十分な栄養をとることであるが,安静度は必ずしも厳格なものではない。その必要性の根拠は,肝臓の血流の80%を占める門脈血が,立位では明らかに減少し,臥位によって回復する事実にもとづく。十分な栄養とは,一般的に35~40kcal/kg,タンパク質80~100g,脂肪40~60g,および高ビタミンをいう。過度の高カロリーは,かえって脂肪肝を引き起こす。急性肝炎の治療に各種の薬剤が使用されるが,その根拠は,多くは慢性肝炎に対する二重盲検法による有効性にもとづいている。
A型,B型肝炎にみられるような具体的な予防法はない。つねに身体を清潔にし,うがいや流水による身体の洗浄が,ウイルス感染に対する基本的な予防法である。B型肝炎よりさらに高率(30~50%)に慢性化がみられる。慢性化している場合にはインターフェロンの投与が有効で,1/3の患者の肝機能が正常化するとされている。また,B型肝炎と同様,まれに劇症肝炎に移行する。B型,C型肝炎は慢性肝炎を経て肝硬変の主要な原因となる。
急激に肝臓の細胞に広範な壊死が起こり,肝不全症状が現れる肝炎で,肝萎縮,進行性黄疸と,なんらかの精神神経症状を伴うものをさす。大半がウイルス性肝炎で,その他はハローセン麻酔や薬物性肝炎である。ウイルス性肝炎は,B型,C型肝炎がおのおの約半数を占めると考えられている。
(1)症状 急性肝炎の風邪様症状や消化器症状が持続し,一見重症感がある。発熱や食欲不振が持続し,黄疸も進行的である。最も重要な症状は急激に現れる意識障害で,それには軽度なもの(性格の異常,多幸症,睡眠パターンの変化)から高度なもの(見当識障害,錯乱,昏睡)まである。意識障害には,肝炎発症後10日以内に出現する急性型と,それ以降に出現する亜急性型がある。消化管や皮膚など全身に強い出血傾向(じわじわした出血)が出現すると重症である。それは血管内凝固症候群(DIC)の合併による。
(2)診断 急性肝炎で急激に肝臓が萎縮し,意識障害を伴うという臨床症状のほか,生化学的検査では,急性肝炎より高度な肝機能検査異常がみられ,血清分岐アミノ酸(バリン+ロイシン+イソロイシン)/芳香族アミノ酸(フェニルアラニン+チロシン)のモル比が顕著に低下し,血液検査では凝固因子系検査結果が著しく低下する。
(3)治療と予後 最も重要な対策は早期発見・早期治療につきる。広範な肝細胞の壊死の回復を待ち,十分な栄養を与え(多くの場合,輸液など非経口的に),直接死因につながる高度な出血傾向や呼吸不全,腎不全を防ぐため,代謝異常の是正を図る。抗昏睡剤のグルタミン酸やアルギニンのほか,特殊アミノ酸組成液(分岐鎖アミノ酸を主成分としたアミノ酸混液),プレドニソロン,ヘパリンが投与され,腸内異常発酵予防のため,消化管内容物の積極的排出(ラクチュロース)や非吸収性抗生物質(ネオマイシン,カナマイシン)などが投与される。また最近では,インシュリン・グルカゴン療法も行われる。高度な意識障害に陥っているときには,交換輸血を行ったり,人工肝補助装置を用いる。最近では,血漿交換法も応用されている。
予後はきわめて悪く,致命率は80%以上である。回復生存例は,若年者のみにみられ,高年者にはみられない。
日本では,1967年,74年にシンポジウムが行われ,慢性肝炎の基準が定められた。それによれば,グリッソン鞘を中心に持続性の炎症があり,円形細胞浸潤と繊維の増生によって門脈域が拡大する,などの特徴をもつものを慢性肝炎と呼ぶこととした。したがって,急性肝炎が長引いているからといって慢性肝炎とはいえない。
(1)症状と診断 自覚症状としては,全身倦怠感,心窩部(しんかぶ)(みぞおち)不快感,食欲不振,悪心,右上腹部鈍痛などがある。しかし,これらの症状の出現の頻度はそれほど高くはないし,一般に程度も軽い。黄疸は,一時的に悪化するとき以外は,ふつうみられないか,あっても軽度(不顕性黄疸という)である。ほとんどの例で肝腫大がみられる。診断は,肝生検による組織診断や腹腔鏡検査などに加えて,生化学的検査,血清学的検査,血液検査などによって行われる。生化学的検査では,GOT,GPTの軽度~中等度(300単位以下,GPT優位)の上昇,血清アルブミンの減少,γ-グロブリンの増加,BSP,ICGの異常などがみられる。血液検査では,凝固因子系の異常も比較的低率で,程度も軽い。血清学的検査では,HBs抗原陽性率は約30%,HBe抗原陽性率は慢性肝疾患中,慢性活動性肝炎が最も高い。
(2)治療と予後 基本対策は,急性肝炎と同様である。薬剤としては,肝水解物(商品名プロヘパール),抽出物(商品名アデラビン9号),強力ミノファーゲンC(商品名),グルタチオン,メルカプトプロピオニールグリシン(商品名チオラ)などが二重盲検法で有効性が確かめられている。活動性の肝炎では副腎皮質ホルモン(プレドニソロン)が用いられることもある。予後はさまざまで,治癒,不変,改善,悪化あるいは肝硬変への進展などがある。
自己免疫機序によって起こる肝炎で,圧倒的に女性に多い。症状は,発症時や悪化したときはウイルス肝炎のそれに似る。診断は,抗γ-グロブリン血症や著しいリンパ球の細胞浸潤,副腎皮質ホルモンが有効,の特徴による。副腎皮質ホルモンを大量に与え徐々に減量する大量漸減法を行うと,症状は顕著に軽快する。
常習飲酒者が過剰の飲酒を契機に,急性肝障害の症状を示すものをいう。肝臓の組織へのアルコール硝子体の出現,多核白血球を伴う肝細胞の壊死,肝臓小葉中心部の細胞周囲性の繊維増生などを特徴とする。症状としては,発熱,黄疸,食欲不振,悪心,嘔吐,腹痛,体重減少等がみられる。ふつう肝腫大や脾腫も伴い,ときには腹水もみられる。診断は,肝生検でアルコール硝子体が見つかればより確実となる。GOTやGPTは中等度の上昇を示す。γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP)やアルカリホスファターゼ(ALP)も上昇する。治療は断酒と十分な栄養補給。ときに副腎皮質ホルモンが使用される。アルコール性肝炎は,アルコール性肝硬変への移行の過程として重視されている。
薬物中毒性肝障害drug-induced liver injuryともいう。薬物の使用によって起こる肝炎で,胆汁鬱滞型,肝細胞障害型,および混合型に分けられる。胆汁鬱滞型は性ホルモン剤,精神安定剤(クロルプロマジン)など,肝細胞障害型は抗結核剤(ヒドラジド,リファンピシン,パスなど)や抗生物質など,混合型は抗不整脈剤などの使用時にみられる。薬物性肝炎では黄疸を伴う場合が多い。診断は,(1)薬剤の服用開始後(1~2週間)肝機能障害がみられる,(2)初発の症状として,発熱,発疹,皮膚搔痒(そうよう),黄疸のうち二つ以上の症状がある,(3)抗酸球が増加する,(4)薬物感受性試験が陽性になる,(5)偶然の再投与により肝障害がでる,の5項目のうち,(1)と(2),(1)と(3)の症状があれば本症が疑われ,(1)と(4),(1)と(5)の症状があれば確診となる。このほか,胆汁鬱滞型ではアルカリホスファターゼ,γ-GTPが上昇し,肝細胞障害型ではGOT,GPTが上昇する。薬物性肝炎は,多くの場合,薬物の使用中止によって快方に向かうが,一部に劇症肝炎への進展がみられる。とくに再投与での発症の場合は,その危険性が高い。肝障害が高度のときは,副腎皮質ホルモンが試みられる。
→肝硬変 →肝臓
執筆者:岡部 和彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 あなたの健康をサポート QUPiO(クピオ)生活習慣病用語辞典について 情報
出典 (株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」とっさの日本語便利帳について 情報
…そこで肝細胞が障害されると,細胞内に蓄えられていたこれらの物質が血中に大量に出てくる場合もあり,肝機能検査として測定されることもある。
[肝臓疾患の原因]
肝炎ウイルスは,アルコール,毒(薬)物と並んで肝臓疾患の三大原因といわれる。肝炎ウイルスには現在3種類以上のウイルスが推定されている。…
…ギリシア語ではhēparといい,この語幹hēpa‐が肝炎hepatitis,肝臓癌hepatomaなどに用いられている。日本では古くは肝(きも)と呼ばれ,五臓六腑の一つとされる。…
※「肝炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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