内科学 第10版 「HIV腎症」の解説
HIV腎症(感染症と腎障害)
概念
HIV (human immunodeficiency virus)感染は後天性免疫不全症候群AIDS (acquired immunodeficiency syndrome)を発症する.AIDSにおいてはこれまで,水,電解質異常,急性腎不全,慢性腎不全,尿細管異常,ネフローゼ症候群などさまざまな腎障害が報告されてきた.現在これらのものを一括してHIV-associated renal diseaseあるいは糸球体病変に重きをおく場合はHIV-associated nephropathy (HIVAN)とよばれるが,HIVANは特に最初に報告された巣状分節性糸球体硬化症(focal segmental glomerulosclerosis:FSGS)を呈するものをいう.
分類
糸球体病変と尿細管病変に分けられる.糸球体病変は巣状糸球体硬化像を認めるHIVANとその原因に免疫複合体が関与しているHIV-associated immune complex glomerulonephritis(ICGN)に分類される.
病因
HIV腎症の原因としてのHIVの関与については確立していない.HIVANはほとんどがアフリカ系アメリカ人の男性で白人にはまれであり,体質,遺伝的要因などや,AIDSに伴う感染症,病態,治療薬剤,AIDS患者に多いヘロイン中毒の関与が原因因子としてあげられている.HIVANに関してはHIVによる免疫複合体の関与は否定的で,患者の糸球体細胞,尿細管細胞からHIVが検出されることからHIVの腎への直接感染が原因とも考えられているが,このことはHIVANを発症していない患者にもみられることであり原因なのか結果であるのかは明らかではない.最近,糸球体上皮細胞にHIVの遺伝子を発現させることによりHIVANのすべての組織型が認められたことより糸球体上皮細胞へのHIVの感染が原因として最も有力と考えられている.また,HIVゲノムを導入したトランスジェニックマウスではヒトのHIVANと同様な病変が起こるが,basic FGFやTGF-βの発現が認められるため,糸球体硬化にこれらのサイトカインの関与も推測されている.HIV-associated ICGN の病因は明らかではない.実際に免疫複合体中にHIVが含まれている場合もあるが,HIV感染による免疫異常が原因のほかの病原体による免疫複合体の形成も考えられている.尿細管病変の大半は抗ウイルス薬によるものとされている.
疫学
当初,AIDS患者の麻薬常用に伴うヘロインに起因するFSGSとも考えられたが,麻薬使用歴のないものや幼少児にも発症が認められたことから特異的な腎症として認められるようになった.HIV感染者の約6%から10%に蛋白尿が認められ,HIV陽性例における腎生検では75%がHIVANと報告されている.HIVANはアフリカ系アメリカ人に多く,白人,アジア系にはきわめて少ない.わが国においては症例報告が散発的にみられるのみである.
臨床症状
HIV腎症はAIDSを発症していないキャリアなどいずれの時期にも発症する.AIDS患者の半数は1日2g以上の蛋白尿を呈する.ネフローゼ症候群を呈することも多い.発症すると比較的すみやかに腎機能障害が進行し末期腎不全に至る.血清補体価は正常でポリクローナルな免疫グロブリンの増加を認める.血液中のCD4:CD8比は逆転し,CD4リンパ球は減少,通常200/μL以下になる.HIV RNAレベルの上昇とCD4リンパ球の減少が蛋白尿や腎不全の発症に密接に関連しているとされている.
腎組織像
HIVANの典型的な組織像はFSGSである.尿細管間質病変も高頻度に認められリンパ球や形質細胞の浸潤,尿細管細胞の萎縮,変性,壊死など種々の所見が認められる.蛍光抗体法では硬化部位にIgMとC3の沈着が認められる.電顕では糸球体細胞や間質の細胞にtubuloreticular inclusionとよばれる細胞内封入体が観察されるのが特徴とされている.HIV-associated ICGNとして膜性増殖性腎炎,膜性腎症,IgA腎症などのメサンギウム増殖性腎炎が報告されている.図11-6-18にAIDS患者に認められた巣状分節性糸球体腎炎を示した.
治療
抗レトロウイルス薬が使われる以前はネフローゼ症候群を発症すると3〜4カ月で腎不全に至るのが普通であり,アジドチミジン(AZT)やステロイドの使用が腎障害の進展抑制に有効であったとの報告が散見されるのみであった.近年,アンジオテンシン変換酵素阻害薬が尿蛋白減少効果や腎機能保護作用を示すことやAIDSに対するHAART(highly active antiretroviral therapy)療法がHIVANの進展に抑制効果を示すとの研究結果が報告されており,AIDS患者の生存率を向上させている.腎移植はAIDS自体の予後が悪いことや免疫抑制薬を使用しなければならないことにより適応ではなかった.しかし,米国においてはHAARTの普及により少数例ではあるが腎移植が行われてきている.[山辺英彰]
■文献
Kopp J, Fabian J, et al: Human immunodeficiency virus infection and the kidney. In: Comprehensive Clinical Nephrology (Floege J, Johnson RJ, et al ed), pp675-683, Elsevier, St.Louis, 2010.
Rodriguez-Iturbe B, Burdmann EA, et al: Glomerular diseases associated with infection. In: Comprehensive Clinical Nephrology (Floege J, Johnson RJ, et al ed), pp662-674, Elsevier, St.Louis, 2010.
臼井丈一,河村哲也,他:腎障害をきたす全身性疾患-最近の進歩 MRSA腎炎.日内会誌,100: 1324-1329, 2011.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報