腎移植(腎・尿路系の疾患の治療)
(5)腎移植(renal transplantation)
a.わが国の腎移植の現況と腎移植成績
腎移植は,透析療法と車の両輪に例えられる末期腎不全の治療法であり,唯一の末期腎不全の根治療法である.腎不全環境下での水・電解質異常,酸塩基平衡異常,窒素代謝物や尿毒症性物質蓄積などを断続的かつ部分的に代償・是正する透析療法と異なり,すべての腎機能を回復できる.透析療法と比較し腎移植後のQOL,ADLはきわめて良好であり,生命予後にも大きな差がある.
腎移植には,家族を提供者(ドナー)とする生体腎移植と,死体腎(脳死下提供,心臓死後提供)移植がある.
わが国の末期腎不全者総数は経年的に増加し30万名に迫り,新規透析療法開始例は年間約35000名である.しかし,死体腎移植希望登録総数は約12000名と増加していない.腎移植手術件数は増加傾向にあるものの年間約1500件程度と少数にとどまり,その85%が生体腎移植である(図11-1-31).2010年の臓器移植法改正後,脳死下臓器提供が増加したが,死体腎移植件数の増加はなく,心臓死後提供が脳死下提供に移行している.また,脳死下臓器提供での膵腎同時移植手術件数が増加している.
欧米と異なり死体腎移植の少ない日本の腎移植の特徴は,A型ドナーがB型レシピエントに提供するなどの輸血原則に従わないABO血液型不適合生体腎移植が20%以上を占めることである.二重濾過血漿交換(DFPP)による抗血液型抗体除去,移植手術前から十分な免疫抑制,リツキシマブ投与によるB細胞抑制によりABO血液型抗体に起因する拒絶反応を予防・克服できるようになり,良好な生着率を得ている.腎移植前に維持透析療法を受けることなく,最初の腎代替療法が腎移植である先行的腎移植も増加してきた.
わが国の腎移植成績を図11-1-32に示すが,2000年以降の移植成績向上は目覚ましい.2000年から2004年に実施された生体腎移植後の1年,3年,5年移植腎生着率は,96.8%,94.0%,91.0%であり,死体腎移植での1年,3年,5年生着率も,89.7%,84.1%,79.1%である.移植後数年間の患者生存率は99%に近い.免疫抑制療法の進歩に加え,拒絶反応の病態解明と抗体関連型拒絶反応の診断法確立,合併症に対する早期診断と治療法開発によりこの成績が得られた.
b.ドナー・レシピエントの適応と禁忌
臓器提供を前提する臓器移植は社会倫理に則った医療であることをイスタンブール宣言では強調し,自国民に必要な移植は自国民の提供で行うことを求めている. 表11-1-27に,生体腎移植のドナー適応基準を示す.腎移植後に良好な腎機能発現が期待できること,移植によりレシピエントに不利益となる感染症,悪性腫瘍などを持ち込まないことである.腎提供によりドナーの健康が損なわれないことが最も重要である.死体腎移植での心臓死後提供では移植腎機能無発現を避けるため,温阻血時間30分以内が望ましい.腎移植のレシピエント適応として絶対禁忌となる原疾患はないが,現病再発で早期に移植腎機能喪失しやすいシュウ酸症(oxalosis)は慎重な適応が望まれ,脳死下臓器提供での肝腎同時移植が望ましい.レシピエントは,移植手術と全身麻酔に耐えられる心肺機能を有し,臓器移植に不可欠な免疫抑制療法を行うために,活動性感染症や悪性腫瘍,活動性消化性潰瘍,高度肝障害などのないことが求められる.生体腎移植のドナー範囲は6親等以内の血族と3親等以内の姻族で,ドナー適応条件と組織適合性検査結果を考慮して選択する.ドナーに対する前感作抗体(抗HLA抗体)陽性の移植では移植し血流再開直後から超急性拒絶反応が惹起される危険が高い.補体依存性リンパ球直接交差試験(CDC)が陽性のドナーからの腎移植は禁忌である.死体腎移植はわが国唯一の臓器斡旋機関である日本臓器移植ネットワークによりドナーとレシピエントの組み合わせが決定される.その選定ルールは,抗ドナーHLA抗体がなく,ABO式血液型一致(小児では適合)の条件下で,組織適合性検査(HLA)適合ポイント,待機期間ポイント,地域ポイント,小児ポイントより選定されたレシピエントに移植手術が行われる.脳死下臓器提供では膵腎同時移植レシピエント登録者が腎移植レシピエント候補に優先され臓器提供されている.
c.移植手術
定型的腎移植手術は,レシピエント自己腎に処理を加えない異所性移植である.腸骨窩後腹膜腔の腹腔外で内腸骨動脈と外腸骨静脈を確保し,ドナー腎の腎動脈・静脈と吻合し,尿管は膀胱新吻合を作製し尿の流出路とする.ドナー腎臓摘出は鏡視下手術が大部分を占めている.生体腎移植では,ドナー血管系に走行異常や腎機能の左右差がなければ,ドナー左腎をレシピエントの右腸骨窩に移植することが多い.温阻血時間がゼロの生体腎移植や脳死下提供腎移植では,血流再開後速やかに移植腎尿管より尿が流出する.しかし,心臓死後提供されたドナー腎は,死戦期の循環動態が不安定なことに加え,心停止後から冷却灌流・摘出までの温阻血時間が存在する.その結果,提供腎に急性尿細管壊死を併発することが多く,移植腎への血流再開直後に利尿をみることがなくしばらく血液透析を必要とすることが多い.
d.拒絶反応の機序と分類と免疫抑制療法
免疫抑制療法を行わない同種(アロ)臓器移植では拒絶反応(rejection)が生ずる.拒絶反応は,その機序から抗ドナー抗体関連型とTリンパ球関連型に大別される. レシピエント血中にドナーHLA抗原に対する抗HLA抗体や抗ABO式血液型抗体,その他の抗ドナー抗体が存在していると,抗体関連型拒絶反応が出現する可能性がある.移植手術前に,直接交差試験や抗HLA抗体検査を行うことで移植直後の超急性型抗体関連拒絶反応を予防できる.抗HLA抗体は,輸血,妊娠,移植により産生されるため病歴から抗HLA抗体産生は予測できる.夫婦間移植の増加に伴い夫から妻への移植が増えているが,夫婦間での妊娠がある際には抗ドナーHLA抗体産生の可能性が高い.HLA検査法進歩により直接交差試験より高感度に抗HLA抗体を検出できるようになった.腎移植後の拒絶反応などを契機として抗ドナーHLA抗体が産生され,急性・慢性抗体関連型拒絶反応を惹起する可能性がある.移植腎機能喪失の原因として慢性抗体関連型拒絶反応は重要な危険因子である.抗体関連型急性拒絶反応の病理は,毛細血管炎が特徴で糸球体や傍尿細管毛細血管内好中球集積と微小血栓形成,同部位への補体代謝成分C4dの線状沈着が認められる.
Tリンパ球関連型急性拒絶反応は細胞性免疫に基づき惹起される.その病理所見は,間質細胞浸潤,浮腫,尿細管上皮細胞内リンパ球浸潤(尿細管炎:tubulitis)で,高度な拒絶反応では血管型拒絶反応に移行する.抗体関連型拒絶反応と同様に,急性・慢性Tリンパ球関連型拒絶反応がある.
慢性拒絶反応は,移植数カ月後より緩徐な腎機能低下の進行と蛋白尿,高血圧症などを示し,Tリンパ球関連型と抗ドナー抗体関連型が病因に関与しているが,両者の混在例も多い.慢性拒絶反応では,動脈内膜の線維細胞性求心性肥厚とびまん性間質線維化,尿細管萎縮などがみられる.慢性抗体関連型拒絶反応の病理は,糸球体基底膜の二重化・多重化病変や傍尿細管毛細血管基底膜の多層化肥厚が特徴的である.
拒絶反応の予防対策として,表11-1-28に示す免疫抑制療法を行う.移植後の導入期免疫抑制療法は,抗CD25モノクローナル抗体とカルシニューリン阻害薬,代謝拮抗薬とステロイドの4剤使用が標準治療である.新しい免疫抑制薬としてm-TOR阻害薬エベロリムスが加わり,カルシニューリン阻害薬など既存の免疫抑制薬との組み合わせ療法の幅が広がった.ABO血液型不適合腎移植例や弱い抗ドナーHLA抗体陽性例では,移植手術前に,血漿交換に加え,抗CD20モノクローナル抗体(リツキシマブ)と免疫抑制薬を投与することで抗体関連型拒絶反応が予防されている.以前行われていた脾臓摘出は行われなくなった.
e.移植腎機能低下・喪失
移植腎機能障害・喪失には多くの原因がある.免疫抑制療法の進歩により急性拒絶反応は激減したが慢性拒絶反応は最も重要な移植腎機能喪失原因である.移植成績を向上させたカルシニューリン阻害薬には腎毒性の副作用があるため,免疫抑制効果と副作用予防目的に血中濃度管理により適正投与量を調節を行っている.
移植生着成績の向上に伴い,慢性拒絶反応による移植腎喪失は表11-1-29に示すように2000年以降明らかに減少している.一方,移植腎機能良好だが死亡による移植腎喪失が目立ってきている.
移植腎では糸球体腎炎を代表とする現病再発により機能障害を惹起する.再発性糸球体腎炎は,糸球体腎炎の種類により頻度が異なる.高度なネフローゼ状態から短期間に腎不全に至った小児の巣状糸球体硬化症(FSGS)は,移植直後から再発しやすい.
f.移植後合併症
移植後の合併症は,免疫抑制療法に関連する易感染性と日和見感染,悪性腫瘍,薬剤性肝障害,骨髄抑制,無腐性骨壊死,高血圧症,脂質異常症,糖尿病などがある.移植腎喪失原因として心血管系疾患での死亡例が増加しているため,腎移植後の生活習慣病対策は非常に重要である. 免疫抑制療法下の移植後感染症は,腎移植患者生存に最も重大な影響を与える重大な合併症である.細菌性感染症は減少しウイルス感染症の割合が多くなった.サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV),単純疱疹ウイルス,水痘-帯状疱疹ウイルス,Epstein-Barrウイルス,ヒトヘルペスウイルス-6の感染が問題となる.移植腎へのBKポリオーマ感染が増加し重要な移植腎機能喪失原因の1つとなっている.日和見感染症として重要なニューモシスチス肺炎に対しては,ST合剤の予防投与が行われている.移植前のレシピエント評価と定期的医学的チェック,計画的ワクチン接種,危険因子の除去,早期診断と早期治療の徹底により感染症による移植腎喪失は減少してきた.[両角國男]
■文献
Morozumi K, Uchida K, et al: Chronic renal allograft nephropathy. Clin Exp Nephrol, 4: 87-98, 2000.
日本移植学会:臓器移植ファクトブック2011.http://www.asas.or.jp/jst/pdf/factbook/factbook2011.pdf
齋藤和英,高橋公太:日本におけるABO血液型不適合腎移植の統計2010.ABO血液型不適合移植の新戦略 2011(高橋公太,田中紘一編),日本医学館,2011.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
腎移植
じんいしょく
renal transplantation
臓器移植の一つ。一個人から腎をいったん摘出し、同一人または他人にそれを移すことをいう。腎臓移植ともいう。腎を提供する人をドナーdonor(提供者)、腎を受ける患者をレシピエントrecipient(受容者)という。
[中村 宏]
腎移植には次の4種類がある。
(1)腎自家移植 腎をいったん摘出して、体外において腎の修復術や腫瘍(しゅよう)摘出術(エクス・ビーボーex vivo手術またはベンチ・サージャリーbench surgeryともいう)などを行った後に、その腎を下腹部の腸骨窩(ちょうこつか)に移植することをいう。自家腎移植では拒絶反応は起こらない。
(2)腎同系移植 一卵性双生児間で腎を移植することをいう。自家移植と同様に拒絶反応は起こらず、腎は永久に生着する。
(3)腎同種移植 腎を、動物分類学上同一の種に属する、ドナーとは異なった遺伝子型をもつほかのヒトに移植することをいう。現在臨床的に行われている親子間、同胞間での生体腎移植、血縁関係のないドナーからの死体腎移植がこれに属する。免疫抑制法を行わないと拒絶反応が起こる。
(4)腎異種移植 ヒト以外の霊長類、たとえばチンパンジーやヒヒからヒトへの腎移植や、科の異なる動物、たとえばブタからヒトへ腎を移植することを腎異種移植とよんでいる。現在の進歩した免疫抑制法を用いても、移植された腎は拒絶反応を受けて機能は止まってしまう。
[中村 宏]
腎移植は1933年、ウクライナのボロノイVoronoyにより世界で初めて行われた。死後6時間目に摘出した腎を移植したが、少量の血尿の排泄(はいせつ)をみただけで、移植後48時間目に死亡した。1954年にはメリルMerrillらによるボストンの移植チームが腎同系移植を行い、初めて長期生存を得た。今日施行されているような腎同種移植の初成功例は、1962年に行われたアンビュルジェHamburgerらのパリの移植チームによるものと考えられ、9年以上生着した。
腎移植は慢性腎不全の治療法の一つで、世界的にも、また日本でも、臓器移植のなかで、最初に広く臨床的に行われるようになった。ドナー別に生体腎移植と死体腎移植(献腎移植ともいう)とに区別される。腎移植は、脳死ドナーが前提となる心移植などとは異なって、心臓が停止した死後腎を摘出しても腎は機能しうるが、脳死ドナーからの方が成績はよい。
日本移植学会の集計によると、日本では2007年(平成19)10月末までに約2万例の腎移植が行われ、2006年の1年間の総件数は1136例で、内訳は生体腎が939例(82.7%)、献腎が182例(16.0%)、脳死体腎が15例(1.3%)であった。献腎移植の占める割合は、日本では16%にすぎないが、アメリカでは年間約1万6000例の腎移植が行われており、その半数以上は献腎移植となっている。免疫抑制剤のカルシニューリン阻害薬であるシクロスポリン(サイクロスポリン)、タクロリムスが使用されるようになってから、腎移植の成績は向上し、生体腎移植生着率は1年約93%、5年約82%、10年約66%、献腎移植生着率はそれぞれ、83%、66%、50%である。
[中村 宏]
腎移植を受けなければならなくなった慢性腎不全の原因疾患は、慢性糸球体腎炎がもっとも多く過半数を越え、次に糖尿病性腎症が多く、両者で約3分の2を占めている。組織適合性抗原(HLA抗原)のミスマッチ数が少ないほど生着率が高いが、免疫抑制法の進歩によって、ミスマッチ数が多くても高い生着率が得られるようになり、HLAのミスマッチが少ないことは必須条件ではなくなった。腎移植の方法は腎を下腹部の腸骨窩におさめ、腎動脈と内腸骨動脈とを端端吻合(ふんごう)し、腎静脈と外腸骨静脈とを端側吻合し、尿管は膀胱(ぼうこう)と吻合して移植する。
腎移植後の免疫反応抑制剤にはいろいろあるが、タクロリムス(製品名「プログラフ」)、シクロスポリン(「ネオーラル」)、ミコフェノール酸モフェチル(「セルセプト」)、ミゾリビン(「ブレディニン」)、ステロイド(「プレドニン」)などが用いられている。急性拒絶反応は移植後数か月以内に起こり、発熱、乏尿、体重増加、移植腎の圧痛と腫脹(しゅちょう)、高血圧、血清クレアチニン上昇などがみられる。メチルプレドニソロンのパルス療法(短期間に大量投与すること)を3日間行った後、ステロイドの増量で治療するが、これが無効な場合には抗CD25モノクローナル抗体(製品名「シムレクト」)を投与する。慢性拒絶反応は移植後数か月以降に起こり、腎機能が徐々に低下するが、いまのところ根本的な治療法はない。
腎移植後の合併症としては、感染症、骨髄機能抑制、消化性潰瘍(かいよう)などが問題となる。また免疫抑制療法を長期間行うため、長期生存者で将来悪性腫瘍の発生率が高くなる危険性がある。
[中村 宏]
『太田和夫著『新 これが腎移植です』(1999・南江堂)』▽『東間紘・高橋公太著『腎移植ハンドブック』(2000・中外医学社)』▽『岸本武利監修・瀬岡吉彦・仲谷達也編『腎移植の医療経済』(2001・東京医学社)』▽『高橋公太・村井勝著『腎移植と血管外科』(2001・メジカルビュー社)』▽『落合武徳・堀誠司編『腎移植の最前線』(2001・日本医学館)』▽『日本腎臓学会渉外・企画委員会・腎移植推進委員会編『腎移植の進歩――わが国の現状と今後の展望』(2006・東京医学社)』
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じんいしょく【腎移植】
◎腎移植(Renal Transplantation)とは
腎臓のはたらきがなくなった人に、他の人の腎臓の一個を移し植える(移植する)ことを腎移植といいます。腎臓をもらう人をレシピエント(受腎者(じゅじんしゃ))、腎臓を提供する人をドナー(腎提供者(じんていきょうしゃ))といい、生きているドナーからの腎移植を生体腎移植(せいたいじんいしょく)、亡くなった人からの腎移植を死体腎移植(したいじんいしょく)といいます。
移植する場所は、手術を行ないやすい右下腹部が選ばれます。腹腔(ふくくう)のうしろの後腹膜(こうふくまく)にある動脈と静脈に、それぞれ移植する腎臓の動脈と静脈をつなぎます。移植尿管は膀胱(ぼうこう)へつなぎます。はたらきのなくなったもとの腎臓は、患者さんに悪影響をおよぼさないかぎり、そのまま残しておきます。
腎移植では、移植した腎臓が良好にはたらいているなら、健康時と変わらない体調となります。腎移植が、慢性腎不全(まんせいじんふぜん)に対する抜本的治療といわれる理由です。透析(とうせき)における時間と食事の制約から解放され、貧血も改善します。とりわけ子どもの慢性腎不全では、成長の問題がありますから、チャンスがあれば、腎移植がもっとも望ましい治療法です。
腎移植における最大の問題は、数多くの患者さんが腎移植を希望しているにもかかわらず、死体腎ドナーが少ないということです。慢性腎不全の治療において、透析と腎移植はいわば車の両輪であるべきですが、日本では、欧米諸国と比べて、透析に極端に依存しているのが現状です。この現状を改善するための多くの努力が払われています。
腎移植では、自分のものではない組織を移植するわけですから、一卵性双生児間移植(いちらんせいそうせいじかんいしょく)を除いて、異物である腎臓を攻撃し排除しようとする力(拒絶反応)がはたらきます。これを防ぐために、相性のよい腎臓、反応を抑える薬(免疫抑制薬)が必要となります。
相性がよいかどうかを調べる検査を組織適合検査(そしきてきごうけんさ)といいます。ドナーとレシピエントの間では、輸血の原則がまず必要です。血液型が合わなくても、いろいろと処理することにより移植は不可能ではありませんが、血液型の一致が望ましいわけです。それから、白血球抗原(はっけっきゅうこうげん)(HLA)ができるだけ数多く一致するほうがよいとされています。
シクロスポリンという免疫抑制薬が開発されてから、腎移植成績は飛躍的に向上しました。現在おもな免疫抑制薬はシクロスポリン、タクロリムス、アザチオプリン、ミゾリビン、ステロイドで、これらの薬剤を組み合わせて使用します。
ステロイドは移植後、徐々に維持量まで減量されていきます。シクロスポリン、タクロリムスは、臨床経過、薬剤の血中濃度をよくみながら、適切な投与量に調整します。このことは非常に重要です。
シクロスポリンもタクロリムスも画期的な免疫抑制薬ですが、投与量が多すぎると腎毒性があり、移植腎の機能が低下するからです。
免疫抑制薬を投与しても、移植された腎臓を排除しようとする拒絶反応がしばしばおこってきます。
とくに移植後数か月以内に発症する急性拒絶反応は、早期に適切に治療をしなければ、せっかく移植した腎臓がはたらかなくなってしまいます。急性拒絶反応の症状は、尿量の減少、尿たんぱくの出現、血中クレアチニンの上昇、発熱などがあります。
急性拒絶反応の診断がつきしだい、ステロイドの大量投与を中心とする治療が行なわれます。急性拒絶反応の大部分は治療により、よくなります。
移植後しばらくたってから、ゆっくりと移植腎機能が低下していくことがあります。多くは慢性拒絶反応によるものです。慢性拒絶反応に対しては有効な治療がなく、最終的には透析にもどり、つぎの腎移植のチャンスを待ちます。
現在の免疫抑制薬は、移植された腎臓にだけはたらくわけではなく、からだ全体の免疫機能もある程度抑えます。したがって、感染症、悪性腫瘍(あくせいしゅよう)の発生の問題があります。感染症ではウイルス感染症、悪性腫瘍では肝臓がん、皮膚がんなどが多いようです。腎移植後、医師の指示を正しく守ることと、定期的なチェックが必要です。
◎生体腎移植
生体腎移植のドナーの大部分は親です。親から子どもへの移植ですから、子どもは遺伝子(HLA)の少なくとも半分はドナーと一致します。親子間のつぎに多いのは兄弟姉妹間の移植です。生体腎移植では、ドナーができるだけ医学的に不利にならないように考慮されます。腎臓を1個提供することにより、医学的に大きな不利益になる危険性がある場合は、ドナーにはなれません。2個の腎臓のうち、よりよいほうの腎臓をドナーに残すのが原則です。生体腎移植では、摘出したドナーの腎臓をすぐに移植しますから(阻血(そけつ)時間が短い)、移植腎に血流を再開すると同時に、尿の流出がみられることがふつうです。
◎死体腎移植
死体腎移植を希望する人は、日本臓器移植ネットワークの各地のブロックセンターに登録を行ないます。同時にHLAの検査などを行ないます。死体腎ドナー候補者が出ると、コンピュータを使って血液型、HLAの一致する順から、死体腎移植を受ける意志があるかどうか問い合わせがきます。2人の人が死体腎移植を受けることになるわけです。
現在日本の死体腎摘出は、おもに脳死(のうし)ではなく、心停止後の摘出ですので、移植直後から生体腎移植のような十分な尿の流出がみられることは少なく、その場合は移植腎機能が回復するまで透析が必要となります。
◎腎移植の受けられる条件
中等度の手術に耐えられることがまず第一です。また、ステロイドをはじめ免疫抑制薬を使用するので、感染症、がん、消化管潰瘍(かいよう)などがないことが条件となります。ドナーの白血球(リンパ球)とレシピエントの血清(けっせい)を反応させ、多くの白血球が壊れることをダイレクトクロスマッチ陽性といいます。この場合は、移植後に強い拒絶反応がおこる可能性がありますので、腎移植は延期となります。輸血をくり返し受けている人は、ダイレクトクロスマッチ陽性となることがあるようです。
◎腎臓を提供したい人は
死体腎のドナーの条件は、まず第一は健康な(病気のない)腎臓であること、それから感染症、がんなどレシピエントにうつす危険性のある重大な病気のないことです。
本人あるいは家族が入院先の医師経由で、各地のブロックセンターに申し出ることにより、死体腎の提供が行なわれます。提供者、家族、提供病院、移植病院、移植患者の間の調整をする人をコーディネーターといいます。
死体腎提供の推進のため、各地のブロックセンター、腎臓バンクでは、ドナーカードを発行しています。ブロックセンター、腎臓バンクの連絡先は、透析施設、移植病院、入院先の病院などで問い合わせしてください。
出典 小学館家庭医学館について 情報
腎移植
じんいしょく
Renal transplant
(腎臓と尿路の病気)
基本的には、すべての末期腎不全患者さんが腎移植の適応となりますが、困難なケースもあります(表19)。腎移植の適応基準は、医療の進歩とともに変化することがあるので、現時点では腎移植が困難な場合でも、諦めずに相談してみることが大切です。
献腎移植希望者は、通常は主治医の了解を得て、「社団法人日本臓器移植ネットワーク(http://www.jotnw.or.jp/)」に施設登録された病院から希望する病院を選び受診します。希望者はその施設で移植に関する説明と診察を受け、腎移植可能と判断された場合、患者さん本人の意思を確認し、血液型や組織適合性(HLAタイピング)などの検査を受けます。
それから腎臓移植希望者登録用紙に記入(患者さんと担当医の双方)し、日本臓器移植ネットワークのブロックセンターに郵送します。この時、希望者は登録料(3万円)を振り込み、手続きが完了します(図10)。
ただし、注意点として、腎移植の場合は、地域によって登録手続きが異なるので、必ず日本臓器移植ネットワークまで問い合わせをしてください。
腎臓の提供者が現れた場合(腎移植は脳死ではなく心臓死でも可能)、ABO血液型の一致と抗体反応陰性が前提条件であり、さらに提供施設と移植施設の所在地、組織適合度(HLAタイピング)、待機日数、小児待機患者(16歳未満加点あり)などに基づいた選定基準からコンピュータで候補者を選び、その人の健康状態に問題がない場合には移植を受けられます。
腎移植手術自体に関する重篤な合併症は、まれです。しかし拒絶反応などを抑えるために免疫抑制薬やステロイド薬を長期服用するので、副作用がしばしば現れます。
副作用には①感染症、②骨粗鬆症、③大腿骨頭壊死、④耐糖能異常(糖尿病)、⑤悪性腫瘍、⑥腎障害、⑦骨髄抑制、⑧下痢などの消化器症状などがあります。しかし、薬や移植技術の進歩とともに副作用も変わってきますので、よく説明を受けてください。
日本の腎移植の総数は2006年以降年間1000人を超えるようになりましたが、そのうち80%以上は生体腎、つまり肉親より腎臓の提供を受けた移植です。献体腎移植の数は残念ながらほとんど変化がなく、ここ数年は年間200例以下を推移しています。
治療成績はかなりよく、1982年~2004年までに施行された腎移植のデータによると生存率(腎移植の場合、移植した腎臓が機能しなくなっても人工透析にもどり、生命維持が可能)は生体腎移植で1年95%、5年90%、10年85%、20年73%以上です。献体腎の場合は1年90%、5年83%、10年76%、20年63%以上でした。
腎臓の生着率(移植した腎臓がはたらいている患者さんの割合)は、生体腎で1年93%、5年81%、10年65%、20年40%以上です。献体腎で1年82%、5年65%、10年50%、20年31%以上となっています。
福井 光峰, 富野 康日己
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
腎移植【じんいしょく】
機能しなくなった腎臓の代りに,他人の健康な腎臓を1個もらって移植すること。これが成功すれば,人工透析からも完全に解放され,食事療法も不要になる。特に子どもの場合,人工透析をすると発育が止まるケースもあるので,腎移植が望ましい。 入院は1〜3ヵ月だが,拒絶反応を防ぐために免疫抑制剤の服用は続けなければならない。拒絶反応が強すぎたり,免疫抑制剤の副作用が大きすぎる場合には,移植された腎臓を取り出して,透析療法に戻ることになる。 腎移植には,生きている人から腎臓をもらう生体腎移植と,死亡した人の腎臓を移植する死体腎移植がある。生体腎移植では,ふつう両親,兄弟・姉妹など健康な血縁者から提供を受ける。あらかじめ血液型や白血球の型(HLA適合)などが合っていることを調べておく。 死体腎移植は,交通事故などに遭った人の死を確認後,腎臓を摘出して,もっとも組織適合性の高い人に移植する。死後2時間以内に取り出し,保存器に入れて輸送して,できれば10時間以内に手術を行う。欧米では腎移植の90%が死体腎移植で行われているが,日本では1万5000人の移植希望者に対して,年間百数十件しか実施されていない。 1970年代後半からは死体腎移植の成功率を高くするために,心臓が止まる前にカテーテルという細い管を差し込んでおき,心臓死後すぐに保存液を流せるようにしておく措置が医療現場に広がっていた。ところが,1998年6月,大阪地裁は関西医科大学に対して,これを〈腎臓提供者(ドナー)の意思が確認されていないにもかかわらず,心臓が止まる前に臓器保存の準備処置をするのは違法〉として20万円の賠償を命じる判決をした。 これに対して,日本移植学会や日本臓器移植ネットワークは〈現実を無視している〉と反発しており,移植医療をめぐって新たな論議を呼んでいる。→腎不全/組織適合抗原
→関連項目臓器バンク
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