リボ核酸ribonucleic acidの略記。核酸のうち糖成分がD-リボースであるものをいう。塩基としてはアデニン,グアニン,シトシン,ウラシルの4塩基(それぞれA,G,C,Uと略す)が主成分であるが,これらのメチル誘導体などの修飾塩基を微量含むこともある。DNA上の遺伝情報に基づいてタンパク質を合成する過程で,種々の重要な役割を果たす。高等動植物からバクテリアまでのすべての細胞に存在し,その分子の種類はバクテリアについてさえ,1000種類程度は存在するが,機能的にはメッセンジャーRNA,リボソームRNA,転移RNAなどに大別できる。一部のウイルスには,遺伝子本体としてDNAの代りにRNAをもつものがあり,RNAウイルスとしてDNAウイルスから区別される。このウイルスの遺伝子RNAを除いては,生体内のRNAはDNAの塩基配列を写しとって合成される。
DNAは通常,相補的な2本の鎖が,ワトソン=クリック型の二重らせん構造をとっているが,RNAは多くの場合1本鎖状態で存在する。しかしこの1本鎖RNAも,完全に伸びた状態で存在しているわけではなく,部分的には分子内で折りたたまれた構造をとる。最もよく知られた例としては転移RNAのクローバー葉構造がある(後述)。これらの高次構造の形成にも,DNAの二重らせん構造と同様に,相補的な塩基配列間の対合が主役を演じる(AとUとの対合,GとCとの対合)。DNA上の遺伝情報は,メッセンジャーRNAに写しとられ,リボソーム上で転移RNAの働きを通して,タンパク質として発現される。
mRNAと略記。伝令RNAともいう。RNAはDNAの塩基配列を鋳型に,リボヌクレオシド三リン酸を基質として,RNAポリメラーゼの働きで合成される(遺伝情報の転写)。すなわち,RNAポリメラーゼはDNAの二重らせん構造を局所的にほどき,DNA鎖の一方を鋳型に,相補的なRNA分子を5′末端から3′末端の方向へと合成していく。このとき,DNA上のA,T(チミン),G,Cの各塩基は,RNA上ではそれぞれU,A,C,Gとして転写される。DNA上の塩基配列の内で,タンパク質分子のアミノ酸配列を指令する遺伝子部位から転写されるRNAが,mRNAである。mRNAは合成された後にリボソームに結合し,タンパク質の合成の過程で,アミノ酸の配列を指令する。このようにしてDNA上の遺伝情報を伝令する働きをもつところから,メッセンジャーRNA(伝令RNA)と呼ばれるのである。
原核生物の場合,機能的に関連した数個のタンパク質の遺伝子群が,DNAの上で隣接して存在し,これらが1分子のmRNAとして転写されることが多い。この遺伝子群をオペロンoperonと呼び,それを構成する各遺伝子をシストロンcistronと呼んで区別する。したがって原核生物のmRNA分子の種類数は遺伝子の数よりは少ないと考えられる。真核生物の場合は,通常各遺伝子ごとに別個のmRNAとして転写されるので,遺伝子の数と同程度のmRNA分子種が存在すると思われる。真核生物のmRNAは以下の三つの点でも原核生物のものと異なっている。
(1)RNAがDNAから転写される際,原核生物でも真核生物でも転写開始の5′末端は通常AまたはGであり,遺伝子ごとにどちらかに決まっている。真核生物のmRNAの場合には,転写開始後にキャップ構造と呼ばれる7-メチルグアノシンからなる構造が,この新生5′末端に付加されるが,その結合様式は5′-5′リン酸ジエステル結合という特異な型である。新生5′末端がAである場合を例にとると,1分子のグアノシン三リン酸(GTP)が酵素の働きでmRNAの5′末端と3G5ppp5A3pの型の結合(pはリン酸を示す)を形成し,次にこのグアニン残基の7位がメチル化され,さらに隣のヌクレオチド(この場合はA)のリボースの2′の水酸基がメチル化される。
(2)3′末端側には,多くのmRNA分子について,50~200個程度のアデニン塩基の連なり(poly A構造)が存在するが,これも転写後に,poly Aポリメラーゼで追加される構造であり,遺伝子DNA上には,このpoly A構造と相補的な塩基配列は存在しない。
(3)さらに真核生物のmRNAが原核生物のmRNAと異なる点は,その多くが,特別な性質をもつ長い前駆体分子(heterogenous nuclear RNAと考えられている)として転写され,スプライシングの過程を経て完成することにある(詳しくは〈遺伝情報〉の項目の転写の部分を参照)。完成されたmRNAは細胞質内でリボソームと結合し,転移RNAの関与のもとに,3塩基ずつの単位(コドンcodon)で,順次アミノ酸の配列に翻訳されていく(遺伝情報の翻訳)。mRNAはリボソームRNAや転位RNAとは異なり,代謝的に不安定であり,細菌のmRNAは通常数分間程度で分解される。真核生物のmRNAでは1日以上存在するものもあるが,転移RNAやリボソームRNAに比べれば不安定である。細胞内では各タンパク質が,必要とされる特定の時期に適量生産されている。この遺伝子発現の精密な制御の過程で中心的な役割を果たしているのは,それぞれ必要な時期に開始されるmRNA合成の制御の機構と考えられる。
rRNAと略記。リボソーム粒子に含まれるRNAで,細胞内に最も多量に存在するRNA成分である。リボソームribosomeは直径15~20nmの粒子状で,タンパク質の合成を行う細胞内の工場にたとえられる。高等動植物から細菌までのすべての細胞に存在し,葉緑体やミトコンドリアにも,それらに固有なリボソームが存在する。リボソームは大小二つのサブユニットから構成されており,条件によっては解離することもある。大部分が細胞質に存在して,遊離または細胞内膜系に付着して存在する。原核生物のリボソームは遠心力場における沈降係数が70S(Sはスベドベリ単位,1S=1×10⁻13秒)で,30Sと50Sのサブユニット粒子からなる。30Sサブユニットは16S rRNA(約1500ヌクレオチド長)と約20種類のリボソームタンパク質との複合体であり,mRNA分子はこのサブユニット側に結合する。50Sサブユニットには23S rRNA(約3000ヌクレオチド長)ならびに5S RNA(120ヌクレオチド長)が存在し,約30種類のタンパク質と複合体を形成している。アミノ酸が重合していく反応は,このサブユニット側で起こる。
真核生物のリボソームは沈降係数が80Sで,原核生物のものより大型で,構成タンパク質の種類がいくぶん多く,rRNAもやや長い。40S小サブユニットには18S rRNAが含まれ,60S大サブユニットには28S rRNAと5.8S rRNA(場合によっては7S rRNA)ならびに5S RNAの3種類のRNAが含まれる。葉緑体やミトコンドリアに存在するリボソームは,細胞質のものより小型であり,むしろ原核生物のリボソームに近い。
rRNA分子の機能の一つは,リボソームという複雑で大きな工場の骨組みを形成する点にある。原核生物の小サブユニットの16S rRNAの3′末端近傍の塩基配列は,タンパク質合成反応の開始過程に関係するといわれている。rRNAの機能としてはほかにも多くの可能性が考えられるが,まだ不明な点が多い。
tRNAと略記し,sRNA(soluble RNAの略)と呼ばれたこともある。その3′末端にアミノ酸を1分子結合して,アミノ酸をリボソームへ運び,mRNAの塩基配列の指令するアミノ酸を,伸長しつつあるペプチド鎖へ引き渡す働きをする。異なったアミノ酸は異なったtRNA分子種と結合するが,1種類のアミノ酸について,1個から数個程度のtRNA分子種が対応するので,細胞質には45~60種類程度の分子種が存在する。葉緑体やミトコンドリアにも,それらに固有なtRNA分子種が25~30種類程度存在している。ほかのRNA類に比べて小型のRNA分子で(通常約70~90ヌクレオチド長),微量塩基を比較的多く含む。微量塩基としては,通常の塩基類のメチル化誘導体やデヒドロウラシルなど約60種が広範囲の生物種から同定されている。tRNAの一次塩基配列は,対応するアミノ酸種や生物の種類によって異なるが,3′末端の塩基配列がCCAであるなどの共通点もある。その二次構造は一般にクローバー葉の形として書けるが,実際はさらに三次元的に折りたたまれてL字型をとっている(図2)。アミノ酸はアミノアシル化酵素(正式にはアミノアシルtRNAリガーゼ)の働きで,tRNAの3′末端のアデノシンのリボース部分とエステル結合を形成し,リボソームへ運ばれる。tRNA分子のほぼ中央部分には,アンチコドンと呼ばれる3塩基よりなる部位があるが,この塩基配列がmRNA上のコドンを解読する。コドンの3塩基とアンチコドンの3塩基とのワトソン=クリック型の相補的な対合がこの解読の主役となる。正確には,コドンの3番目の塩基では,アンチコドンの塩基とややルーズな対合(wobble pairing,例えばGとUの対合)が許されるという複雑さ(ゆらぎ仮説)も存在する。リボソームには2分子のtRNAが結合し,mRNAのコドンの配列に従って,運んできたアミノ酸を順に新生ペプチド鎖へ引き渡す。
動植物ウイルスから細菌ウイルスにいたるまで,いずれのウイルスもDNAかRNAかのどちらか一方のみを遺伝物質として粒子内にもち,DNAウイルスとRNAウイルスに区別される。RNAウイルスの例としては,細菌ウイルスではRNAファージ,動物ウイルスでは例えばインフルエンザウイルスやRNA腫瘍ウイルスが知られ,植物ウイルスでは多くのものがRNA型である。これらのウイルスの遺伝子RNAはウイルスRNAと呼ばれ,ウイルス粒子内で1本鎖状態で存在するものが多いが,レオウイルスなどのように二重鎖RNAをもつものもある。
ウイロイドviroidはビロイドともバイロイドとも呼ばれ,植物に感染する病原体として見いだされた数百ヌクレオチド長程度の小さなRNA分子である。タンパク質の外被をもたず,裸の環状1本鎖RNAとして存在し,それ自身の塩基配列にはタンパク質を生産する情報はもたないと考えられる。したがって複製は宿主細胞の機構を使うと予想されるが,宿主植物に病気を起こさせる機構は不明である。
RNAはDNAよりも多様な機能をもつ分子である。上述のRNA類以外にも,機能があまりよくわかっていないRNA類が存在する。有名な例としては,真核生物の核内に存在するsnRNA(核内低分子量RNA)類がある。
執筆者:池村 淑道
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リボ核酸ribonucleic acidの略称。五炭糖(ペントース)の一種であるリボースを含む酸性物質で、最初は細胞の核に存在すると考えられたため、このように名づけられた。
[笠井献一]
(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…1940年代に入ってからウイルス学が発展し,細胞構造をもつ生物と同様,ウイルスにも遺伝的特性を異にするいろいろの系統があり,これらの間に遺伝子の組換えがおこることもわかってきた。ウイルス粒子はタンパク質とDNA(またはRNA)からなるが,ハーシーA.D.HersheyとチェースM.Chase(1952)はウイルスがバクテリアに侵入する際,タンパク質は宿主細胞の外に置去りにされ,宿主細胞に入るのはDNAだけであることを証明した。これはウイルスの増殖に必要なのはDNAであることを示唆したものである。…
…“最初の生物”がDNAを遺伝情報を蓄える物質として選んだ過程については,ほとんど何もわかっていないが,結果としてその選択は賢明であったといえよう。【丹羽 修身】
[遺伝情報の転写]
DNA上に塩基配列として書き込まれている遺伝情報を,RNA分子として読み出す過程を転写transcriptionという。DNAを鋳型にRNAポリメラーゼの働きで,リボヌクレオシド三リン酸を基質にRNAが合成される。…
…1940年代に入ってからウイルス学が発展し,細胞構造をもつ生物と同様,ウイルスにも遺伝的特性を異にするいろいろの系統があり,これらの間に遺伝子の組換えがおこることもわかってきた。ウイルス粒子はタンパク質とDNA(またはRNA)からなるが,ハーシーA.D.HersheyとチェースM.Chase(1952)はウイルスがバクテリアに侵入する際,タンパク質は宿主細胞の外に置去りにされ,宿主細胞に入るのはDNAだけであることを証明した。これはウイルスの増殖に必要なのはDNAであることを示唆したものである。…
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[遺伝子の作用――転写と翻訳]
1950年代以降の分子遺伝学の発達により,まず,遺伝子の本体とポリペプチドの生産を支配する機構の概要が明らかとなった。ほとんどの生物では二重鎖のDNA(一部のウイルスでは1本鎖のDNAや二重鎖あるいは1本鎖のRNA)が遺伝子の本体をなしており,個々の遺伝子の特異性はそれを構成する4種類のヌクレオチド対の数と配列順序によって決められる。二重鎖DNAの転写によりRNAがつくられるが,この際,2本のDNA鎖のうち1本の鎖における4種類のヌクレオチド,すなわち,デオキシアデニル酸(Aで表す),デオキシグアニル酸(G),デオキシチミジル酸(T),デオキシシチジル酸(C)の配列順序に従ってRNAにおける4種類のヌクレオチド,すなわち,アデニル酸(A),グアニル酸(G),ウリジル酸(U),シチジル酸(C)の配列順序が決まる。…
…“最初の生物”がDNAを遺伝情報を蓄える物質として選んだ過程については,ほとんど何もわかっていないが,結果としてその選択は賢明であったといえよう。【丹羽 修身】
[遺伝情報の転写]
DNA上に塩基配列として書き込まれている遺伝情報を,RNA分子として読み出す過程を転写transcriptionという。DNAを鋳型にRNAポリメラーゼの働きで,リボヌクレオシド三リン酸を基質にRNAが合成される。…
…最初ミーシャーF.Miescherにより1869年ころに細胞核(核)の成分として発見されたが,細胞核だけの成分ではなく細胞質にも含まれる。核酸は化学構造上DNA(deoxyribonucleic acid,デオキシリボ核酸)とRNA(ribonucleic acid,リボ核酸)の2種に大別できるが,この2種には細胞内における分布や生物学的役割に大きな差がある。DNAは真核生物の核,葉緑体,ミトコンドリア,原核生物の細胞ならびに多くのウイルスの粒子内に含まれる。…
…正式名称はサイクリックアデノシン‐3′,5′(または2′,3′)‐一リン酸。2′,3′‐cAMPはRNAの加水分解の際に,中間体として生成する物質で,代謝調節に関与する3′,5′‐cAMPが生理的にはより重要性が高い。このため単にcAMPと表記すれば普通は後者を指す。…
… 分子生物学は,生物現象を要素的,還元的にとらえる。要素は生体分子であり,DNA,RNA,タンパク質分子が生物を構成する基本単位となる。中心概念は,生物を分子的な機械とみなすところにある。…
※「RNA」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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