隣接する2個以上の細胞において,接する部分の細胞膜が消失し,多核化した細胞の生ずることをいう。生じた多核細胞は,シンシチウムsyncytiumと呼ばれる。2核の細胞については,単に二核細胞,または双核細胞binucleated cellと呼ぶことが多い。細胞融合は,自然の生物現象として生ずる場合,生体内で病理的な現象として生ずる場合,および試験管内で人為的に誘発せしめる場合とがある。自然に起こる細胞融合の例には,受精に伴う精子と卵子の間で起こるもの,脊椎動物の筋細胞分化に際して筋芽細胞間に起こるシンシチウム形成,霊長類胎盤の栄養芽層(トロホブラストtrophoblast)におけるシンシチウム層の形成などがある。病理組織中に多核の巨細胞が認められることは,19世紀後半から知られており,その成因や病態との関連について,多くの論議がなされた。結核病巣中のラングハンス巨細胞,リンパ肉芽腫やホジキン病患者の組織に見いだされるシュテルンベルグ巨細胞が有名である。その後,インフルエンザウイルス,はしかや牛痘ウイルス,マウスのセンダイウイルス(HVJウイルスとも呼ばれる,hemagglutinin virus of Japanの略)など,多くのウイルスが生体内および試験管内で細胞融合を起こすことが確かめられ,人為的な細胞融合法の開発に結びついた。人為的に試験管内で細胞融合を起こすには,紫外線で不活性化したウイルスや,20~30%の濃度で培養液中に溶解したポリエチレングリコールによる処理が用いられる。ウイルスを用いる方法としては,日本の岡田善雄らが見いだしたセンダイウイルスによるものが最もよく用いられている。ヒト細胞とマウス細胞,マウス細胞とニワトリ細胞など,系統的にひじょうに隔たった細胞間でも融合を起こさせることができる。このような細胞は融合後分裂を繰り返し,しだいに一方の種の染色体を失い,結局一種の染色体のセット(ゲノム)に復帰してしまうが,適当な条件下では,1本だけ他種の染色体をもつような細胞を得ることができる。この現象を用いて従来不可能であったヒト染色体上の酵素遺伝子の位置を決めることができるために,人類遺伝学に多大の貢献をした。また,細胞融合現象を利用して,異なる性質をもつ細胞を融合させ,自然界には存在しない細胞や生物を人為的に作り出して,産業的な目的に利用する試みも行われ,一部は成功しすでに実用化されている。
執筆者:舘 鄰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
2個以上の細胞が合体して1個の細胞となる現象をいう。自然におこる細胞融合の例としては、生殖細胞の受精、変形菌のプラスモガミー(細胞質融合)、筋原細胞の多核筋肉細胞への融合などがある。また病態組織中の多核細胞にも、たとえば麻疹(ましん)(はしか)、リンパ腺(せん)、結核のラングハンス巨細胞などのように細胞融合によって生じるものがある。近年培養細胞を用いて人工的に細胞を融合させる実験が行われ、細胞生物学の重要な研究手段となっている。2種の細胞を単に混合して培養しただけでも、頻度は低いが細胞融合がおこり、それを双方の細胞種の薬物耐性によって選別すれば融合細胞を得ることができる。積極的に細胞を人工的に融合させる方法としては、岡田善雄(よしお)が1958年(昭和33)に発見したセンダイウイルス(HVJウイルス)などのウイルスに感染させる方法、ポリエチレングリコールなどの薬剤で細胞膜を溶かす方法などがある。植物細胞の場合はあらかじめセルロースなどの細胞壁を除いた細胞すなわちプロトプラストをつくってから融合させる必要がある。この方法で、受精によらない異種間の細胞雑種をつくることができるが、たとえばヒトとマウスの細胞雑種などのようにかけ離れた種の間では、しだいにヒトの染色体が失われてマウスの細胞に戻ってしまう。しかし、ジャガイモとトマトの細胞雑種であるポマトなどのように植物体を形成することができる場合もある。また完全な細胞融合ではないが核を他の細胞に移植する方法、核と他の細胞の細胞質を組み合わせるサイブリッドという方法などが、顕微手術や、サイトカラシンBなどの薬剤を用いて行われており、同一個体からの多くの核を他の多くの卵細胞の細胞質と組み合わせれば遺伝組成が同じクローン個体集団をつくることができる。細胞融合を利用すれば、遺伝子の機能調節、核と細胞質の相互作用など遺伝学・細胞生物学上の多くの知識が得られるが、最近の成果としては、抗体産生細胞を腫瘍(しゅよう)細胞に融合させ、これを増殖させて単一の抗体を大量に生産するモノクローナル抗体法などがある。
[大岡 宏]
2個の細胞の細胞膜が接触点で融合し,両方の性質(核)をもった1個の細胞になる過程.異なる細胞由来の核をもつこのような細胞をヘテロカリオン(heterokaryon)という.継代培養を続けると染色体の脱落が起こる場合が多いが,逆にそのことを利用して,遺伝子座の決定がなされた時代があったが,現在では,遺伝子座の決定はもっぱらin situ(インスィツ)ハイブリダイゼーション(FISH)によっている.本法は,自然交配では不可能な植物間でも遺伝子導入を可能にすることから,植物の育種に利用されている.動物では,ハイブリドーマを形成してモノクローナル抗体をつくるための必須技術となっている.センダイウイルスやポリエチレングリコールによる細胞融合の促進作用や,電気刺激による細胞膜の構造変化を利用した融合法が開発されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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(川口啓明 科学ジャーナリスト / 菊地昌子 科学ジャーナリスト / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…DNAの細胞内への取込みは,連鎖状球菌,枯草菌などのように自然条件下で起こる場合も,大腸菌などのように人為条件下で起こる場合もある。高等動物細胞では,無処理でもきわめて低い頻度でDNAが細胞内に入るが,ポリエチレングリコール処理のように細胞融合を誘導する条件におけば取込みの頻度が大きくなることがわかっている。植物細胞では細胞壁を除いた後に動物細胞と同様に扱うことによってDNAを取り込ませることができる。…
…癌研究やウイルス学に加えて,他の研究分野も細胞培養法に負うところが大である。培養細胞を用いた細胞融合は,遺伝的組成の異なる核の融合による雑種細胞hybrid cellの形成を可能にし,ヒトを含めた高等動物の遺伝子発現機構の解析,染色体地図の作製,ハイブリドーマhybridomaの作製など,体細胞遺伝学や細胞工学の発展の基盤となり,それを利用したモノクローナル抗体の産生や細胞表面レセプターの解析,細胞分化や細胞間相互作用の解析などが可能になり,免疫学や発生学の研究に大きく寄与している。そのほか,医療や産業の面でも,羊水から採集した細胞の培養による染色体解析から,胎児の遺伝的異常を予知することが可能であり,ウイルス感染も宿主細胞の単層細胞培養により,量的または質的に検定される。…
※「細胞融合」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
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