原形質膜または形質膜plasma membraneともいう。細胞の生きている原形質の最も外側に形づくられた厚さ8~10nmの境界膜である。原形質の物質環境を保つため外部環境に対して物質の出入を調節する境界膜が想定されながら,電子顕微鏡の技法が細胞構造の観察に適用されるまでは細胞膜の存在は確かめられなかった。ロバートソンJ.D.Robertson(1960)は,電子顕微鏡像から細胞膜を含む細胞の膜構造はみな3層からなる単位膜unit membraneであるとする説を唱え,以後単位膜の用語が広く用いられた。電子顕微鏡の観察では生体試料を固定し,また電子線透過のコントラストをつけて写真を撮る必要から,酸化オスミウムOsO4溶液が用いられている。オスミウムOsは,生体膜の脂質層表面に沈着し,電子線を透過しにくいので電子顕微鏡像の生体膜はOsの沈着しない中層を挟んだ3層構造に見える。当時として,このような3層構造は細胞の各種の膜構造に共通し,電子線を透過しがたい外層がタンパク質の層にあたり,中層はリン脂質の炭化水素鎖であると解釈された。その後,電子顕微鏡法の検討が進み,また生体膜の物理化学的研究から,中層のリン脂質にタンパク質が両側から挟む形で結合するような単位膜は,実際の生体膜の構造を説明できないことがしだいに明らかになった。
生体膜を固相と見るのではなく,液相-固相のモザイク系と考えたほうがより妥当だとする流動モザイクモデルfluid mosaic modelがシンガーS.J.SingerとニコルソンG.L.Nicolson(1972)によって提唱された。背中合せ2層のリン脂質とこの脂質部分に組み入れられた各種タンパク質はモザイク的配列をとっており,また膜自体が流動的で構成分子は膜内部を拡散し移動できるように,分子間に非共有結合だけが働いていると考える。細胞膜が流動的な性質をもつことを明らかにした次のような実験がある。ハツカネズミの細胞膜の表面タンパク質に赤色蛍光色素を特異的に結合させ,またヒトの細胞膜の表面タンパク質には緑色蛍光色素を結合させた2種類の細胞を培養する。これら細胞は蛍光顕微鏡で観察すると,染色した細胞膜によって赤色または緑色の色彩を放つコロナ状に見える。両種細胞を混ぜ,培養液にセンダイウイルスを加えると,ウイルス粒子の仲介で細胞が融合して,大きな雑種細胞ができる。雑種細胞は初め赤色の色彩を放つハツカネズミの細胞膜部分と緑色の色彩を放つヒトの細胞膜部分とは離れていて区分されるが,しだいに両方の色素が混ざり,細胞膜の発するコロナは中間の色調で光るように変わる。この現象から,生体膜は基本的には液相であり,膜タンパク質は移動し拡散できることがわかる。また流動モザイクモデルを支持する生体膜構造として,フリーズエッチング法によって凍結破砕した細胞試料の膜構造を電子顕微鏡で観察すると,脂質層にうずまった形状の違うそれぞれの膜内在タンパク質は部域によって分布が異なり,また膜面における非対称分布が見られる。
細胞膜は細胞の分化とともにその構造と機能が分化し,また部域によって形状の異なる特殊な構造部分が発達する。神経細胞のシナプス部分,各種細胞間の結合部分に発達するデスモソームdesmosomeやギャップ結合,腸上皮細胞の微細絨毛(じゆうもう)などは容易に観察できる細胞膜部分である。分化した細胞の細胞膜は,膜成分であるリン脂質組成,膜内在タンパク質の種類とその分布,膜外表面に結合する糖鎖の種類とその分布などが機能分化に応じて異なっている。したがって,表面抗原性も特異になる。
細胞膜を含めて細胞内の膜構造は,互いに離合集散を繰り返すダイナミックな状態にあり,とくに核膜-粗面小胞体,滑面小胞体-ゴルジ体,ゴルジ体-細胞膜などの間の移行は,全体として膜流動membrane flowと呼ばれる。細胞膜の生成は,粗面小胞体でリン脂質と膜内在タンパク質が合成され,膜流動にしたがって,ゴルジ体の膜系を通って細胞膜に新たに加わる結果である。
→細胞
執筆者:腰原 英利
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
細胞の表面にあって,外界との境をなす膜で,厚さは約7~10 nm で,約60% のタンパク質と40% の脂質からなっている.脂質はリン脂質がおもで,ホスファチジルコリン,リソレシチン,ホスファチジルエタノールアミン,ホスファチジルセリンなどである.ただし,バクテリアではレシチン(ホスファチジルコリン)がなく,ホスファチジルグリセリンが多い.多くの細胞膜は,KMnO4あるいはOsO4で固定し,電子顕微鏡で観察すると,暗明暗の3層構造をもち,単位膜の考え方で説明されてきたが,いまだに細胞膜の決定的構造が示されていない.しかし,S.J. Singerの提出した流動モザイクモデルが,もっとも適当であると考えられている.植物細胞や微生物では,外側にさらに細胞壁がある.細胞膜の機能は,細胞を閉曲面内に閉ざして独立に保たせることのほかに,物理化学的受動輸送や,エネルギーを必要とする選択的物質透過,すなわち能動輸送を行う.神経の細胞膜ではイオンポンプにより刺激の伝達を行う.さらに動的な構造の変化により,ピノサイトシスやファゴサイトシスを行い,高分子の導入をも行う.また,細胞膜はバクテリアなどでDNAの複製や細胞分裂に関与する.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
細胞の最外層を取り囲む膜で、形質膜、原形質膜ともいう。この膜は、1960年のロバートソンJ. D. Robertsonの説以来3層とされるが、その分子構造は、1972年にシンガーS. J. SingerとニコルソンG. L. Nicolsonが発表した「流動モザイク説」では次のように説明されている。膜はリン脂質の2分子層からなっているが、その中にタンパク粒子がモザイク状に存在する。タンパク粒子には内在性と表在性の2種類がある。内在性タンパク粒子は、液晶構造をもつリン脂質の2分子層の中を自由に流れ動くことができる。表在性タンパク粒子は、膜の細胞質側の表面に存在して、内在性タンパク粒子の分布を調節している。能動輸送に関係する酵素タンパクや、ホルモンの刺激により活性化される酵素タンパクは内在性タンパク粒子に含まれている。
細胞の表面、すなわち細胞膜の外側は、細胞に特有な糖衣(多糖類)で包まれ、細胞どうしの認識や結合に役だっている。また、糖衣の負荷電は多量の陽イオンを細胞表面に引き付ける。細胞表面の多糖類は細胞表面抗原をもち、細胞性免疫(体液性抗体によらず、胸腺(きょうせん)由来のT細胞による細胞性免疫をいう)に大きな役割を果たしている。
[小林靖夫]
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