生物の細胞・組織を能率的に操作し,さらにその他の新技術を駆使して遺伝的な変異を拡大したり,効率よい選抜を行ったりして育種をすすめるための応用生物学のこと。新しい学問分野の一つの総括体系であり,厳密な定義には至っていない。微生物の育種はもともと細胞レベルのものであり,この分野の育種技術が遺伝子操作などのように最近急速に発展してきたことから,高等生物の育種やその基礎研究の分野で細胞工学とか,細胞工学育種とかしばしばいわれるようになってきた。常脇恒一郎は細胞工学を,機会的におこる遺伝子の組換えや突然変異にのみ依存するのでなく,あらかじめ設計した計画にしたがって,基礎研究や実用に役だつ遺伝質をつくりだす応用生物学の一領域として提案している(1973)。この考え方は,従来の通常の分離育種,交雑育種,突然変異育種などが機会的に起こる遺伝子の組換えや突然変異にのみ依存するのに対して,細胞工学では有用遺伝子の新しい組合せを創造するにあたって,当初から多少とも方向性をもたせて染色体や遺伝子を取り込んで,計画的に育種をすすめていくことが大きな特徴とみていることによる。一方,高等生物に限るならば,これまで望めなかった異種間の交雑を可能にしたり,育種操作の質的な変革により飛躍的な能率向上を可能にしたりする新育種法という見方からすると,最近著しく発展した細胞・組織培養技術を利用していく育種分野を細胞工学育種のなかに一括して加える考え方もある。どちらの考え方にしても,細胞遺伝学,分子遺伝学,細胞・組織培養学などの著しい発達を背景として育種学の分野に新生面をひらこうとするものである。
執筆者:武田 元吉
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