「いつでも、どこでも」ほしい情報が得られ、大量の情報を交換でき、だれもが利用しやすいコンピュータ環境をつくること。ユビキタス・コンピューティングともいう。ユビキタスということば自体はラテン語で「(神は)あまねく存在する」の意であるが、コンピュータ科学の概念としては、ゼロックス社(アメリカ)パロアルト研究センターXerox Palo Alto Research Center(PARC)のマーク・ワイザーMark Weiser(1952―99)が1988年に研究プログラム名に用いたのが最初で、続いて91年の『サイエンティフィック・アメリカン』誌上の論文で公式には初めてユビキタス・コンピューティングを「21世紀のコンピュータ」として提唱した。彼はユビキタス・コンピューティングを、かつての大型コンピュータ中心の「第一の波」、今日の個人単位のパソコン利用による「第二の波」に続く、未来社会で遍在するコンピュータが人間中心の環境をもたらす「第三の波」と位置づけ、「存在を意識しない、生活のなかに溶け込んだ形の数百ものコンピュータが部屋にもあって、それらが有線・無線のネットワークで相互に接続されており、着脱容易な端末でいろいろなサービスを享受できる」空間をイメージしている。
日本では、明日の社会の基盤技術としてのユビキタス・ネットワークとそれに囲まれたユビキタス社会の実現を重点計画にとり上げ、総務省を中心に産学官で2001年(平成13)から調査・検討を開始した。
[岩田倫典]
近未来のユビキタス社会では、仕事場や家庭内にあるさまざまな機器をインターネットなどの情報ネットワークに接続し、外出先からでも携帯電話などの情報端末やカーナビゲーションからネットワークを通してコントロールしたり、移動しながらでもパソコン並の映像を楽しんだり、電子ショッピングなどの経済活動が日常的に可能となる。ネットワークのブロードバンド化と通信衛星をも巻き込んだ広域化によって、放送メディアはデジタル化され、多様な娯楽や公共サービス向けに整備された大容量のデータバンクが利用でき、手元の情報端末で国際的なマルチメディアからのサービスを楽しむこともできる。人工知能をももったICチップの連携により、各個人は移動場所に応じてつねに快適に保たれる生活空間さえ期待できる。
ユビキタス開発の具体的プロジェクトは、大学や企業が中心となってのものが多いが、国家レベルとしては、アメリカのDARPA(ダーパ)(Defense Advanced Research Projects Agency)によるユビキタス・コンピューティング、アメリカ標準技術研究所のパーベイシブ・コンピューティングpervasive computing計画、ヨーロッパ連合(EU)のディスアピアリング・コンピュータdisappearing computer計画がある。日本では総務省が、コミュニティの活動支援、災害時の連絡支援、高齢者の生活支援や買い物・配送サービス支援などさまざまな行政サービス・モデルの開発を進めている。
[岩田倫典]
コンピュータが現実社会にあまねく溶け込んでいるというユビキタス社会(理想とするユビキタス社会)を実現するには、現在利用され始めたネット家電、接続容易でお互いに協調し合うモバイルとブロードバンドの高速ネットワーク、安全性を確保する洗練されたセキュリティー技術、目だたない持ち運び容易な情報端末、提供されるサービス内容の充実、埋め込み型の超小型ICチップなどのいっそうの充実が必要となる。
情報端末としては、非接触ICカード、手のひら大の「タブ」、ノート大の「パッド」、コンピュータ画像を机上に投影したまま処理できる「デジタルデスク」、黒板大の「ライブボード」、壁にセンサーや無線端末を埋め込んだ「スマートルーム」、リモコンを兼ねた携帯電話のほかに、オフィス内での各個人の位置を知らせる「アクティブバッジ」、透明画面に情報を表示するメガネ型ディスプレー、頭部に透過型ディスプレーと空間位置センサーの付いた「カルマシステム」、「電子布地」などさまざまなウエアラブル端末(身につけられる端末)も活躍することになるだろう。さらに、超小型チップによる薬剤・食品の品質保持と管理、高度な個人認証システムによるさまざまな可能性、バリアフリー環境の安全性の確保など想定される波及効果はとても大きい。
[岩田倫典]
『坂村健著『ユビキタス・コンピュータ革命』(2002・角川書店)』▽『坂村健著『21世紀日本の情報戦略』(2002・岩波書店)』▽『野村総合研究所著『ユビキタス・ネットワーク』(2000・野村総合研究所広報部)』▽『野村総合研究所著『ユビキタス・ネットワークと新社会システム』(2002・野村総合研究所広報部)』
(斎藤幾郎 ライター / 西田宗千佳 フリージャーナリスト / 2007年)
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