健康、生命、財産、自然環境などに、事故、災害、犯罪などの危害が及ばないことを安全といい、危害の発生のしがたさ(度合い)を安全性という。対象とされるものはきわめて広範であるが、ここでは、危害の発生を防止し、安全性を高めるための原理的な事項について、主として工業生産にかかわって述べる。
[石谷清幹]
安全な場所とされる家庭においてさえも、幼児が浴槽に落ちて溺死(できし)するといった類(たぐい)の事故があるということは、厳密な意味での絶対安全がありえないことを示している。一方、かつてのヒンデンブルク号の惨事でとどめを刺された硬式飛行船の例にみられるように、危険すぎるものは淘汰(とうた)される。この「絶対安全はありえない」「危険すぎるものは淘汰される」という2点に立脚して安全性を考えるとき、(A)どこまで安全であればよいか、(B)どうすれば安全性を改善できるか、この2点が基本問題となる。
ところが、(1)安全性は技術、社会、自然の諸条件により変化する、(2)これら諸条件が与えられても、まったく思いがけないことから多くの事故や災害が起こる、ことで明らかなように、人知の有限性による不確実性がつきまとうことと、その事象に関係する人の立場の差(一般的には展開者と受容者と第三者の差。例示的には売り手と買い手と第三者、あるいは加害者と被害者などの差)による差異がつきまとう、という二つの原理があり、安全性の評価という基本問題に明確な解答を与えることは本質的に困難なのである。
[石谷清幹]
原始人も石器の生産や住居の建設中に負傷したであろう。古代文明期にも橋が落ちたり、舟が転覆したであろう。つまり安全性の歴史は人間の歴史と同じ長さをもつ。生産技術の始まった当初から、生産の維持には道具や施設とともに、労働力も再生産されることが必要であった。したがって、ある財の生産に要した直接・間接の労働量の再生産もできないほど事故や災害の多い技術は淘汰されてきた。人権無視の奴隷労働といえども、度を過ぎた安全無視は経済上からもできないし、これに死や負傷を忌避する人間共通の本能が、人権思想の強弱による差異を伴いつつも当然作用する。つまり、安全性(逆にいえば危険性)は、その当時の社会的自然的条件を前提としつつ、生産技術のなかに組み込まれる、という法則が成り立つのである。
しかし、技術への組み込まれ方が経験的であるため、前記の2点の基本問題に答えることは容易ではなく、まして支配者側の古記録から安全性(危険性)の実態を探ることは困難である。日本古来のたたら製鉄場に祀(まつ)られた金屋子神(かなやごがみ)が、神道では例外的に死の穢(けがれ)をいとわず、むしろ喜んだとされること、合祀(ごうし)される天目一個(あまめひとつ)神の目が一つであることは、古代製鉄の不安全さを象徴するものであろう。また明治期の北海道開拓の前線となった鉄道建設で死んだ囚人労働者の鎖塚(くさりづか)の例や、1833年にイギリスで工場法が採択される動機となったサドラー報告が「国内に奴隷制がある」とした例なども、安全性(危険性)を物語るものとして想起される。
しかし、どのような実態であったとしても、その時点で必要とされるだけの安全性は、その当時の当該技術の死命を制する重要性をもつ。そこから、人類史と同じ古さをもつ安全技術史のなかで、一つの経験則が定着した。それは、「実績が出るまでは軽々に新技術の安全性を信用できない」とする原則である。
この原則を今日の実状に照らしてみると、新技術の採用に際しては、量産品では、試作品による徹底的な実用試験を行ったのちに市場に出すという方法がとられ、また先端技術、たとえば宇宙開発では、まず機械だけを打ち上げ、次にサルやイヌを乗せた宇宙飛行実験を行って、その後に特殊訓練を経た宇宙飛行士を短時間だけ飛行させ、漸次滞空時間を延ばすといった方法がとられる。これらとは逆に、実績が出る以前に理論におぼれ、開発の早さを優先させたために安全上の問題を引き起こしたのが原子力発電である。
一般に安全性の向上には費用と手数を要するが、必要な安全性とのバランスのとり方に古人の知恵がうかがえる例も多い。たとえば、たたら製鉄では、高度の熟練を要しない種類の仕事に近在の農民を雇用して現金収入の道を与え、そのかわりに砂鉄採取による河川汚濁が容認され、また砂鉄の採取期間を秋の彼岸から春の彼岸までに限定して水田への被害を軽減した。
[石谷清幹]
15世紀の冒険航海から発展した16世紀の遠洋航海は、成功すれば巨利が得られたが危険も大きく、そのために海上保険事業が1547年までに成立した。ぼろ船に保険を付与すれば保険業者がこうむる被害が大きいため、民間企業家たちは試行と努力を重ね、1834年にロイド船級協会Lloyd's Register of Shippingがイギリスで設立された。船級協会は、メーカー、ユーザー、許認可官庁、乗組員代表、保険会社のいずれでもなく、純然たる第三者機関で、専属の有能な検査員を有し、検査員は単なる書類審査でなく、現物の船にあたって公正な検査を実施し、自らの判断で合格とした船に船級を与えた。その判定は公的国際的権威をもち、船級のない船には保険も付与されず、乗組員も乗船しないため、結局航行できなくなった。この制度は他の主要海運国に波及し、日本にも日本海事協会がつくられた。
一般的にいえば利害関係のない第三者は傍観者になるしかないが、そうした第三者をして、造船所や海運会社の専門技術者に劣らぬ有能な検査員をもち、しかも厳正中立な立場の検査機関ならしめる制度を創出したことは、安全技術上の一大革新といえる。何事によらず当事者自身には公正な判断は困難で、立場の違いはあらゆる職業を貫いており、科学者や技術者も例外ではありえない。それは、たとえば公害裁判で両当事者からそれぞれ提出される科学的鑑定書が正反対の鑑定結果を示すことによっても明らかである。こうした事情と専門的学識経験の必要性との矛盾を解決したのが第三者検査制度である。
18世紀後半から産業革命の進行と技術の発達により各種の産業災害が多発し始めた。とくに目だったのは19世紀初頭からのボイラー破裂である。前日まで何事もなく使用されていたボイラーがある日突然爆発し、重大災害を引き起こす事故が急増し、アメリカでは1901年には年間400件に達した。そしてこうした事故を防ぐために、(1)材質、構造、工作を規制すること(たとえば、鋳鉄のようなもろくて弱い材料のボイラー本体への使用は、大気圧と同程度の低圧のものに限定する)、(2)重要な付属機器に冗長度をもたせること(二重に設置して、一つが故障しても他方でまにあわす)、(3)各種安全装置をつけること(たとえば、圧力が上がりすぎれば自動的に蒸気を放出して圧力を調整する安全弁をつける)、(4)第三者検査制度を導入すること、などが提案された。この(4)は船舶でその実績が証明されていながら、陸上では新たに再発見されなければならなかった。20世紀初めから各国で前記の四つの対策がボイラーのすべてに適用されると、1世紀にわたったボイラー破裂問題は急転直下解決に向かった。
日本では、近代産業社会への離陸が遅れ、明治以来官庁主導型産業体制であること、海運産業と比べて国際性が弱かったことなどのため、陸上部門ではいまだに官庁が許認可部局ごとに検査部門をもち、国際的権威のある第三者検査機関は未発達である。官庁組織の改定は至難とされるが、現体制改善の主張も出始めている。
[石谷清幹]
日本の労働災害の度数率(延べ労働時間100万時間当りの死傷者数)は、1975年(昭和50)から1980年の間に4.77から3.59に漸減したが、労働者1人の労働時間を年間2000時間(1日8時間×250日)とみると、1人1年当り1%から0.7%への減少で大差はなかった。2001年(平成13)時点では、労働災害の度数率が1.79に、1人1年当りでは0.4%となりかなり好転してきたといえる。また死傷事故の型別分類は、1979年の第1位が「はさまれ・巻き込まれ」、2位が「墜落・転落」、3位が「飛来・落下」、4位が「転倒」、5位が「切れ・こすれ」となり、以上合計が全死傷事故の71%を占めた。2001年では第1位が「墜落・転落」、2位が「はさまれ・巻き込まれ」、3位が「転倒」、4位が「切れ・こすれ」、第5位が「飛来・落下」となり、以上合計が全死傷事故の70%を占めている。この順位や比率に変化はあるが、大幅なものではない。この五つの事故の全死傷事故に占める割合は、1979年もそれから20年ほど後の2001年もほぼ70%である。つまり、個々の災害はいずれも特殊なものであるが、大局的にみれば、関係者の努力にもかかわらず、災害、事故、故障(機器が規定能力を発揮できない状態)、損傷(無事に働いていた機器を開いてみて要修改箇所が発見される状態)などの安全関連事象の発生確率分布は非常に変わりにくいのである。
一般に災害や事故は、単一の原因では発生せず、二つ以上の原因が重なって初めて起こる。さらにその発生は、大災害、小災害、事故、故障、損傷の順に確率が大きくなる。つまり、大災害は突発するものではなく、かならず前兆がある。「霜を踏んで堅氷至る」とは安全関連事象にも当てはまる法則である。
[石谷清幹]
(1)現代の生産力の巨大化は災害大型化の因子となりうる。巨大災害の発生確率は、規模の2乗以上に反比例させることが望ましいが、その達成には非常な努力を必要とする。
(2)確率で論じうる災害規模にも限界がある。人類全体を破滅させるような大規模災害の確率は絶対にゼロにしなければならない。
(3)安全に関しては、もれなく対策をたてたつもりであっても、たとえば踏切事故をなくすためには立体交差にして踏切をなくしてしまうように、原因を除去しない限り、いつかは事故が発生する。
(4)人権の伸長とともに、被害者に対する加害者の支払うべき賠償金の額が大きくなっているが、これが安全性向上の重要な推進要因となっていることも事実である。
[石谷清幹]
『崎川範行著『安全性の科学――新しい技術が新しい事故を用意する』(1970・ダイヤモンド社)』▽『エネルギー総合工学研究所巨大技術安全グループ編『巨大技術の安全性――事故・災害は不可避か』(1987・電力新報社)』▽『日本建築学会編『安全性の評価手法』(1987・彰国社)』▽『ジョン・G・コリア、ジョフリー・F・ヒューイット著、中西重康ほか訳『原子力エネルギーの選択――その安全性と事故事例』(1992・コロナ社)』▽『国際標準化機構編『機械の安全性――基礎概念、設計原則』『機械設備の安全性――緊急停止、設計原則』『機械の安全性――リスクアセスメントの原則』(1993、1996、2000・日本規格協会)』▽『遠藤浩著『飛行機はなぜ落ちるか――設計者からみた航空システムの安全性』(1994・講談社)』▽『日本機械学会編・刊『物流システムの自動化はいま――安全性に配慮して』『プラントの設計の合理化と安全性の向上』(1997・丸善発売)』▽『武谷三男著『安全性の考え方』(岩波新書)』
従来安全性は天災などによる被害を最小にする対策,あるいは食品,医薬などの人体への悪影響の防止,工場従業員の作業安全の確保などが主対象であったが,近年,工業製品の複雑化,システムの巨大化につれ事故も大型化したため,人間の死傷のほか財産の損失をも含めて広い意味に使われるようになった。JIS(ジス)では,安全性を〈人間の死傷又は資材に損失若しくは損傷を与えるような状態のないこと〉と定義している(JIS Z 8115(1981))。一般にシステムあるいは製品を新しく開発するに当たっては,所要の性能を確保し,所定の寿命の間は,その使命の達成を阻害する機能上の故障を起こさず(信頼性),使用者あるいは一般大衆の生命,財産に危険を与えないこと(安全性)が要求される。信頼性では使命達成を妨げる故障を主対象とするのに対し,安全性では不可抗力の天災,あるいは人間が予期しない事象または不注意によって起きる危険な状態(ハザードhazard)を対象とし,このような状態になったとき,人命あるいは資材の損失または損傷を伴う事故の発生を防止するか,万一事故が発生したときは,それによる被害を最小にするための事後処理を含め,使用者および一般大衆の生命と財産を守ることを目的とする。安全性に関する問題は開発の後期になって発見されるほど,その対策には困難さが増すうえ,時間と費用がより多くかかるので,主として設計段階で製品に安全性を組み込む必要がある。安全性確保のため安全性工学と呼ばれる技術が用いられるが,その骨子となる安全性解析について開発の進展に応じ次にのべる。
初期設計の段階に行う解析で,過去の類似システムの経験から動力,電気,燃料などのエネルギー源に着目し火災,爆発などの原因となるハザードと安全上注意すべき領域を見いだし,対策を決める。
詳細設計段階に行う最も重要な解析で,機器,構成品,場合によっては部品,さらに結合部ならびに人間要素の影響を含めハザードを生ずる可能性のある領域を見いだし,そのシステムへの影響の厳しさと予測発生確率に基づいて致命度の等級を付け,対策決定の優先度を決めるのに用いる。この段階では次の解析方法を組み合わせ用いる。
FMEAは主として信頼性解析で用いる方法で,設計の不完全さや潜在的な欠点を見いだすため構成要素ごとに故障モード(入力)とそのシステムへの影響(出力)を調べる定性的な方法である。信頼性解析ですでにFMEAが実施されていれば,安全性の見地から致命度の再評価を行い,安全性上必要な解析を追加した場合は〈故障ハザード解析〉といわれる。
FTAは,その発生が好ましくない事象(出力)を頂点に取り上げ,木の枝のようにしだいに源泉の方に図式に展開して,その発生源(入力)およびその発生経路を解析する方法で,すべての入力の発生確率が定量的に推定できる事象(基本事象という)まで分解できると定量的に出力を推定することができる。
ETAは,FTAとは逆に構成要素に故障(入力)が発生したとして,時間の経過をたどり,どんな事象(出力)に発展するかを解析する図式解法で,各事象の発生確率が推定できると定量的な解析もできる。
製造,試験,訓練,運用の各段階における機器,人員,手順のハザードを見いだすために行う。
安全性解析で見いだしたハザードに対しては,ハザードの等級を考慮しながら通常次の優先順序で対策をとる。
致命度の大きいハザードに対しては,それを除去するように設計を根本的に変更するか,フェールセーフなどの冗長設計を取り入れ,ハザードの発生確率が許容水準以下になるように設計を変更する。
設計変更が困難な場合は,ハザードの発生を許容水準以下にしうる安全装置を付加する。
設計変更や安全装置の付加が困難な場合には,ハザードの発生またはその前兆を検知し,これを避けるための緊急処置がとれるように適切な信号または音の警報を出す装置をつける。
以上の対策を実施したうえ,万一事故が発生した場合を想定し,事故による被害を最小にするため,防護具の使用,緊急避難などの手順および方法をあらかじめ定め,適切な訓練を実施する。
故障が発生しても,システムの安全性が保たれるように配慮してある設計のこと。たとえば航空機の油圧発生ポンプが故障しても,油圧レサーバー中に蓄えられた高圧油により脚出し操作が可能であるうえ,他の故障のため油圧操作系統全体が作動しなくても,手動の別系統により脚出しができるように配慮されているのはこの例である。
人為的に不適切な行為や過失などが起こっても安全性が保たれるように配慮すること。たとえば航空機では通常操縦者が脚出し不完全に気付かずに着陸しようとしてエンジンの出力を低下させるとブザーが鳴り,操縦者に注意を与える。また自動焦点の電子回路を用いたカメラで,照度が不足のときシャッターが切れない配慮などもこの例である。
一般に安全性を損なう事故の発生原因として,英語の頭文字Mをもつ次の四つがあげられる。
(1)Material(機材) 材料,部品,構造など
(2)Media(環境) 天候,雰囲気など
(3)Man(人間) 忘却,誤操作など
(4)Management(管理) 経営,監督,賞罰など
このうち前2者は統計的データの収集,合理的な設計基準の整備あるいは関連技術の進歩などにより解決しうる問題が多いが,後2者に関しては人間工学的な設計の導入,安全管理規定の整備,規律厳守あるいは士気高揚などの方法が必要となる。
執筆者:上山 忠夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
(重川純子 埼玉大学助教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…たとえば,宇宙船の信頼度90%とは,打ち上げた10台の宇宙船のうち1台が故障(機能喪失)するということを意味している。類似の概念に安全性がある。信頼性は機能に重点が置かれ,安全性は人命,財産の確保に重点が置かれているが,工学的方法や管理は共通性が高い。…
※「安全性」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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