ロゴス中心主義(読み)ろごすちゅうしんしゅぎ(英語表記)logocentrisme フランス語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロゴス中心主義」の意味・わかりやすい解説

ロゴス中心主義
ろごすちゅうしんしゅぎ
logocentrisme フランス語

フランスの哲学者デリダの初期の著作における用語。音声(フォーネー)中心主義、ファルス(父性的象徴としての男根)中心主義などと並んで、西欧形而上学を支配する原理の一つで、広い意味でのロゴス真理一般の起源に据えたり、最終的な収斂の場と考えたりする立場のことをいう。この場合ロゴスとは、たんに狭い意味での「論理」のことだけではなく、無限の理性、宇宙を取りまとめる理法や究極の根拠、神の言葉、学問などを意味し、また「言われたこと」「話し言葉」なども指す。デリダはこのような意味でのロゴスが、プラトンルソーヘーゲルフッサールハイデッガーなどの哲学においてのみならず、ソシュール、レビ・ストロース、ラカンなどの構造主義的な学問においても支配的な役割をもっていたことを指摘し、その脱構築を目指すのである。

 デリダによれば、西欧形而上学は、ロゴスを真理一般の起源として、あるいは真理の歴史を最終的に集約する場として特権化してきた。そしてこのロゴス中心主義は、同時に、西欧のアルファベットを代表とする表音文字を特権化する「音声(フォーネー)中心主義」でもあった。声とは、自己のもっとも近くで「自らが語るのを聞く」という意味での純粋な自己触発(ハイデッガーが有限な存在の時間構造を分析する際に使用した用語)を可能にするものであり、この自己触発において、純粋な意味が意識に現前したり集約させられたりすると考えられてきたのである。その意味でロゴス中心主義は「現前の形而上学」でもある。

 ラカンの構造主義的な精神分析もまた、超越的な「シニフィアン(意味するもの)」としてのファルスや「充実したパロール(話し言葉)」にすべてを集約させるものとして、ロゴス中心主義とみなされる。その意味ではロゴス中心主義は「ファルス中心主義」とも共犯関係にある。ロゴス中心主義の立場からは、自己意識の純粋な自己触発を汚しかねないようなものは、排除されたり、二次的なものと考えられたり、最終的には乗り越えられるべきものと考えられてきた。初期のデリダによれば、その代表がエクリチュール(文字、書記行為)である。エクリチュールに注目することによってデリダは、「差延」「痕跡」「代補(自然なものを汚すと同時に補うもの)」「パレルゴン」など、ロゴス中心主義を逸脱するような働きを暴き出すのである。

 しかしデリダが「脱構築」と呼ぶ作業は、ロゴス中心主義の単純な乗り越えによって果たされることはできない。それはまず、ロゴス中心主義が依拠する二項対立(声と文字、精神と身体、感性知性、質料と形相、男と女など)において従属的なものと考えられているものに注目すると同時に、この対立そのものを可能にする次元を明るみに出し、両者の関係を決定不可能なものにすることにある。そのことによって、ロゴス中心主義の内部と外部の境界そのものを攪乱し、解体しようとする作業こそが脱構築なのである。

 こうしたロゴス中心主義の脱構築は、西欧中心主義の批判に力を与えたばかりではなく、男女の二項対立の超克を目指す一部のフェミニズムなどにも大きな影響を与えた。しかし、彼自身の意図にもかかわらず、初期のデリダの思想はプラトン以来のロゴス中心主義や西欧形而上学を一括して批判しているように受け取られたため、1980年代以降のデリダはこの用語をあまり使用しなくなる。

[廣瀬浩司]

『ジャック・デリダ著、足立和浩訳『根源の彼方に――グラマトロジーについて』上下(1990・現代思潮新社)』『ジャック・デリダ著、高橋允昭訳『ポジシオン』新装版(2000・青土社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロゴス中心主義」の意味・わかりやすい解説

ロゴス中心主義
ロゴスちゅうしんしゅぎ
logocentrisme(仏)

J.デリダが,従来のヨーロッパ思想を一括してとらえ,それを批判の対象とするために用いた概念。プラトン以来,ヨーロッパ形而 (けいじ) 上学は,存在とは現にここにある恒常不変の実体としての現前であると理解してきた (現前性の形而上学) 。すなわち,神の言葉,人間の理性,究極的真理,万物の根源であるロゴスこそ,第一存在である (ロゴス中心主義) とみなしてきた。そして,このロゴスを自己へと現前せしめる声=音声言語は「意識の始源性」と一致するとみなしてきた (音声中心主義 phonocentrisme) 。デリダは,ロゴスと声の特権が前提として疑わなかった一切の根源性を抹消し,近代哲学において堅持されてきた認識と対象,思惟と存在の一致への確信のイデオロギー性を暴露し,このロゴス=音声中心主義の持つ現前性の思考に向けて,脱構築を施そうとするのである。

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