ソシュール(読み)そしゅーる(英語表記)Horace Bénédict de Saussure

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ソシュール」の意味・わかりやすい解説

ソシュール(Ferdinand de Saussure)
そしゅーる
Ferdinand de Saussure
(1857―1913)

スイスの言語哲学者。1907年、1908~1909年、1910~1911年の3回にわたってジュネーブ大学でなされた「一般言語学講義」は、同名の題Cours de linguistique générale(1916)のもとに、弟子たちによって死後出版された。そこに読み取られることばの本質をめぐる多様な思索は、人間諸科学の方法とエピステモロジー(認識論)における「実体論から関係論へ」というパラダイム変換を用意した。

 ソシュールはまず人間のもつ普遍的な言語能力・シンボル化活動をランガージュlangageとよび、これをその社会的側面であるラングlangueと個人的側面であるパロールparoleとに分けたが、後二者が相互依存的であることを忘れてはならない。人々の間にコミュニケーションが成立するためには間主観的沈殿物としての価値体系・社会制度が前提となるが、歴史的にはつねに個々人の発話行為が先行し、パロールがラングを変革するからである。

 ソシュールは次いで、言語の動態面の研究を通時言語学linguistique diachronique、静態面の研究を共時言語学linguistique statiqueとよび、この二つの方法論上の混同を戒めた。

 彼はまたプラトンや聖書以来の伝統的言語観である言語名称目録観(ことばは事物や観念の名のリストであるという考え方)を否定し、言語以前には判然とした認識対象は存在しないことを明らかにする。言語とは、人間がそれを通して混沌(こんとん)たる外界を非連続化するプリズムであり、恣意(しい)的ゲシュタルトにほかならない。したがって、ことばの意味は言語記号に外在するのではなく、そのシニフィアンsignifiant(表現)とシニフィエsignifié(内容)はシーニュsigne(記号)の分節とともに共起的に産出される。これは、ギリシア以来の西欧形而上(けいじじょう)学を支配していたロゴス中心主義への根底的批判であり、この考え方が、20世紀の文化記号学の基盤となった。

丸山圭三郎 2018年7月20日]

『小林英夫訳『言語学原論』(1928・岡書院/改題『一般言語学講義』1972・岩波書店)』『丸山圭三郎著『ソシュールの思想』(1981・岩波書店)』『丸山圭三郎編『ソシュール小事典』(1985・大修館書店)』『Robert GodelLes sources manuscrites du cours de linguistique générale (1957, Droz, Genève/Minard, Paris)』『Rudolf EnglerCours de linguistique générale : Edition critique, Vol.Ⅰ,Ⅱ(1967~1968, 1974, Harrassowitz, Wiesbaden)』


ソシュール(Horace Bénédict de Saussure)
そしゅーる
Horace Bénédict de Saussure
(1740―1799)

スイスのジュネーブ生まれの地質学者。ジュネーブアカデミー教授。1786年にヨーロッパ・アルプス最高峰モンブランに初登頂したパッカールMichel-Gabriel Paccard(1757―1827)とバルマーJacques Balmat(1762―1834)の応援をし、翌1787年には自らも登頂した。山岳古典として有名な『アルプス紀行』Voyages dans des Alpes(1780~1796)の著があり、近代登山の父といわれている。

[徳久球雄]

『近藤等訳『アルプス紀行』(『世界山岳全集 第1巻』所収・1961・朋文堂)』


ソシュール(Nicolas Théodore de Saussure)
そしゅーる
Nicolas Théodore de Saussure
(1767―1845)

スイスの植物生理学者。ラボアジエによって基礎づけられた近代化学の定量的方法を用いて、初めて植物体をつくっている物質やその起源について研究し、その結果を『植物の化学的研究』(1804)にまとめて発表した。そのなかで、植物体にみられる炭素は、根によって土中から吸収されるのではなく、空気中の二酸化炭素が光の存在下で吸収され、水と結合して植物体の重量増加をもたらすこと、また、吸収される二酸化炭素量は、放出される酸素量と等しいことも確かめ、光合成の化学的研究の基礎をつくった。父のオラス・ベネディクトHorace-Bénédict de Saussureは地質学者で、近代登山の創始者でもあった。

真船和夫

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ソシュール」の意味・わかりやすい解説

ソシュール
Saussure, Ferdinand de

[生]1857.11.26. ジュネーブ
[没]1913.2.22. ジュネーブ
スイスの言語学者,ジュネーブ大学教授 (1901~13) 。 20世紀の言語学に決定的な影響を与え,構造主義言語学の祖とも呼ばれる。みずからは印欧語比較文法の分野で少数論文を残しただけであるが,そのなかでは印欧祖語に新しい音素を設定した『インド=ヨーロッパ諸語の母音の原体系についての覚え書』 (1878) が特に有名である。言語学史上,重要な意義をもつのは,ジュネーブ大学での講義を彼の死後 C.バイイと A.セシュエが編集して出版した『一般言語学講義』 Cours de linguistique générale (1916) で,ここでは,言語活動をラングパロールに分け,言語学はまずラングを対象とするものであり,その研究法として共時言語学通時言語学とを峻別すべきことを説く。そして,言語の本質は互いに対立をなしておのおのの価値をもつ要素から成る記号体系であると強調する。これらの学説は,当時歴史的な面に集中していた言語研究を記述言語学へと向わせ,個別的なものの寄せ集めになりがちだった記述に構造,体系の骨組みを与えるうえに決定的な役割を果し,直接的にジュネーブ学派の祖となるとともに,間接的には欧米の構造言語学の出発点となった。

ソシュール
Saussure, Nicolas Théodore de

[生]1767. ジュネーブ
[没]1845. ジュネーブ
スイスの植物学者。父は高名なアルプス探検家。植物の養分摂取や炭酸同化について広範な研究を行なった。とりわけ,生長のみならず植物の生存にとっても二酸化炭素 (炭酸ガス) が必須であり,炭酸同化の際に植物が酸素を放出すること,光が当っていなければそれが起らないことを明らかにしたのは重要な業績とされる。また,植物を焼いたあとに残る灰は根が土中より吸収した無機物に由来することを立証し,それら無機物が植物の生長にとって本質的な役割を果すことに気づいた。以上のような結論はすべて定量的な実験に基づいて引出されており,著書『植物に関する化学的研究』 Recherches chimiques sur la végétation (1804) は,植物の栄養生理に関する研究にとって礎石の一つとなった。

ソシュール
Saussure, Horace Bénédict de

[生]1740.2.17. ジュネーブ
[没]1799.1.22. ジュネーブ
スイスの物理学者,地質学者,アルプス登山の祖。1762年にジュネーブ・アカデミーの物理学,哲学教授に就任。1766年,おそらく世界初の電位計を開発した。30年以上に及ぶ地質学研究の成果をまとめた著作 "Voyages dans les Alpes"(1779~96)第1巻で,「地質学」ということばを初めて使用した。1783年,ヒトの毛髪を使った湿度計(毛髪湿度計)を考案した。花崗岩の起源の調査実験なども行なった。

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