最新 心理学事典 「問題解決」の解説
もんだいかいけつ
問題解決
problem solving
問題解決研究では,一般に問題解決は次のように定義される。「問題」とは望むべき状態(ゴールgoal:目標状態と訳されることもある)と現状(初期状態initial state)が一致していない状況を指す。そして「解決」とはこの二つの状態が一致したことを指す。この二つを一致させるためには,状態を変化させる必要がある。状態を変化させるための内的・外的行為をオペレータoperator(操作子と訳されることがある)とよぶ。問題解決のさまざまな時点で,利用できるオペレータは異なってくる。これをオペレータ適用制約とよぶ。
初期状態に対して適用可能なあるオペレータを適用することで,新しい状態が生まれる。この新しい状態に対してさらに適用可能なオペレータを用いることで,また別の状態が生み出される。一般にある時点で適用可能なオペレータは複数存在することがほとんどなので,単純な問題に関しても状態はかなりの数になることが多い。こうして生み出された状態の集合を問題空間problem spaceとよぶ。
問題の中には,問題の記述から問題空間がほぼ一意に決まる問題がある。これを良定義問題well-defined problemとよぶ。一方,問題の記述からどのようなオペレータが利用できるかが不明確である,あるいはゴールが曖昧であるなどの理由で問題空間が一意に定まらない問題もある。これを不良定義問題ill-defined problem(悪定義問題と訳されることもある)とよぶ。
【探索による問題解決】 問題空間が一意に決まる良定義問題を解く場合には,探索searchが用いられる。つまり,多数の状態を含む問題空間の中で初期状態からゴールへと至る経路(オペレータの系列)を見つけ出すことが問題解決ということになる。やみくもに探索していたのでは解にたどり着くことはできないので,探索の仕方をうまく制御する必要がある。初期の人工知能研究では,深さ優先探索と幅優先探索というしらみつぶしの探索が行なわれていた。しらみつぶしの探索であるから,ほぼ確実にゴールにたどり着くことができる。しかし,こうした方法は膨大な記憶と時間が必要とされ,人間は特殊な場合以外はこれらの探索を行なうことはない。
人間はゴールに必ずたどり着くという保証があるわけではないが,大方の場合効率的にゴールにたどり着くような探索,すなわちヒューリスティック探索heuristic searchを用いていると考えられる。1970年代は,パズルなどの良定義問題を用いたヒューリスティック探索の研究が数多く行なわれた。ヒューリスティック探索の一つに山登り法hill-climbing methodがある。これはゴールとの距離についての情報が利用できる場合に用いられるもので,複数のオペレータが適用可能な場合はそのゴールとの距離をできるだけ短くするものを選ぶ方法である。ただし,この方法では解決できない問題は多数存在する。
ニューウェルNewell,A.とサイモンSimon,H.A.は『人間の問題解決Human Problem Solving』(1972)において,問題解決一般にかかわるヒューリスティックスとして手段-目標分析means-ends analysisを定式化した。これに従えば,問題解決における探索は次のようにまとめることができる。ある状態xであるオペレータaを用いればゴールが達成できることがわかったとすると,状態xに到達することをサブゴールとして設定する。そして,この状態xに到達するためには状態yでオペレータbを用いればよいということがわかれば,状態yに到達することをさらなるサブゴールとする。こうしたサイクルを繰り返していくことで問題を解決するのが手段-目標分析である。ここではゴールからの後ろ向き探索backward searchが行なわれている。
この認知モデルは,プロダクションシステムproduction systemというコンピュータ・プログラムの一種である。プロダクションシステムは,人間の長期記憶にあたるルールベース,短期記憶にあたるワーキングメモリ,およびインタープリタの三つからなる。第1のルールベースには,知識がプロダクションルールという形で蓄えられている。プロダクションルールは「もしもAならば(条件),Bを行なう(行為)」というif-thenの形式で表わされている。第2のワーキングメモリには,外界からの情報や作業中の情報が一時的に保存される。第3のインタープリタは,ワーキングメモリの中の情報と,プロダクションルールの条件部分(A)とを照合する。照合の結果,両者が一致すればプロダクションルールの行為部分(B)が実行される。その結果,ワーキングメモリ内の情報が書き換えられ,今度はこの新しい状態に対応した条件部分をもつプロダクションルールが実行される。このように「もしもAならばB」「もしもA'ならばB'」といったサイクルを,ゴールが達成されるまで繰り返す。1980年代の商業用AI(商業用人工知能)で用いられたエキスパートシステムは,おおむねプロダクションシステムをベースにしたものであった。また,人間の認知モデルとして現在も開発が続けられているACT-R(adaptive control of thought-rational)などの基盤ともなっている。
【問題理解とスキーマ】 探索が可能な問題は,一般に問題空間が固定した良定義問題である。しかし,パズルや論理学の問題以外,つまり学校も含めた現実世界で出会う多くの問題は不良定義問題である。こうした問題を適用可能なオペレータを逐一探索する方法や,ゴールからサブゴールを逐次作成するという方法でだけで解くことは著しく困難である。また,同じ問題空間をもつ良定義問題であっても,カバーストーリーを変えるだけで解決にかかる時間が大幅に異なることも明らかになった。こうしたことから,1980年代に入ると問題理解の重要性が認識されるようになった。問題理解においては,問題の中から必要な情報が抽出され,それらが一貫した形で関連づけられ,最終的には問題表象problem representationが生み出される。この意味で,問題表象は問題状況についての問題解決者の理解を表わしているといえよう。
この表象に基づいて解決,探索のためのプランが立てられることになる。ここでは,どのようなオペレータが利用できるのか,またそれらをどんな順序で組み合わせていくのかが検討される。探索に先立って行なわれる問題理解によって,利用できるオペレータが特定され,探索の範囲が限定されるので,限られた時間と記憶容量の中でも人間は問題解決を行なうことができるのである。
問題理解の過程では,関連する知識,背景知識などによるさまざまな推論が行なわれている。したがって,この過程で利用可能な知識によって,生み出される問題表象はずいぶんと異なったものになる。人間はよく出会うような定型的な問題については,ある程度まで抽象化された知識(スキーマschema)を獲得している。そして,そうした問題が再度現われた場合には,このスキーマを直接適用し解決を行なう場合が多い。
問題解決に関連した知識は大きく問題スキーマproblem schemaと行為スキーマaction schemaに分けられる。問題スキーマは問題文の記述から重要な部分を抜き出し,それらを組み合わせ,その状況のモデル=問題表象を作り出す際に使われる。この意味で問題スキーマは問題の見方,理解の仕方にかかわる知識といえる。行為スキーマは,問題解決のためのプランや実際の操作に関する知識を表現している。いわゆる解き方に該当するのがこのスキーマである。一般にある領域で経験を重ねるにつれて,人間は数多くの問題スキーマ,行為スキーマを獲得するようになる。その領域での標準的な問題が出る限りにおいては,このスキーマを直接適用することによりサブゴールの生成や探索が大幅に軽減され,効率的に問題が解けるようになる。また熟達が進むと,これらのスキーマの組織化が行なわれるようになる。このような段階になると,問題のパターンの知覚から解決まで一挙に進むことになる。こうした推論を前向き推論forward reasoningとよぶ。
【類推による問題解決analogical problem solving】 スキーマのような抽象化された知識を利用するのではなく,単一の事例についての記憶を用いて問題解決を行なう場合もある。この場合は,記憶された事例と現在の問題との間の類似の度合いが鍵となる。こうした問題解決は類推による問題解決,あるいは事例に基づく推論case-based reasoningとよばれる。類推的問題解決では既知の事例のことをベース(あるいはソース),現在の問題をターゲットとよぶ。ターゲットが与えられた際に,これと類似点を多くもつベースを長期記憶から検索する。そしてベースとターゲットの要素間で対応づけ(写像)を行ない,ベース中にある有用な要素をターゲットに転移させ問題を解決する。電気回路を学ぶ際に使われる水の流れ(ポンプ付きの水路)や,原子の構造を理解する際に使われる太陽系の構造などは類推のベースとして働く。類推ではベースとターゲットの間になんらかの類似が存在することが必須である。ゲントナーGentner,D.らによる構造写像理論structure mapping theoryは,表面的類似と構造的類似を区別し,有効な類推が行なわれるためにはベースとターゲットの間の類似性は表面上のものではなく,それらの二つが共有する構造に基づく必要があることを主張した。ホリオークHolyoak,K.J.とサガードThagard,P.らによる多重制約理論multiconstraint theoryでは,人間の類推を説明するためには,構造の一致だけでなく,意味的類似,実用的な中心性も必要であることが主張されている。
うまく類似点を見つけて適切なベースを検索できれば,今まで出会ったことのない新奇な問題であっても解決可能になる。また,まったく領域の異なるベースを利用することで,創造的な解が生み出されることがある。こうしたことから,類推は1980年代後半から注目を集めた。これらの研究の結果,ベースとターゲットとの間に強い類似性が存在するとき以外は,類推による問題解決は著しく困難であることが明らかになった。ただし,いくつかの類似した経験によって抽象的なスキーマが形成されれば類推は容易になる。
【外的資源と問題解決】 これまでに述べてきたヒューリスティックス,スキーマ,類推のベースはいずれも問題解決者が経験の中から獲得し,長期記憶に貯蔵している内的な資源である。しかし,人間は外部にある情報も問題解決のための資源として用いている。メモを取る,問題を表やグラフの形で図式化する,問題文に下線を引く,人に相談する,ソフトを用いてシミュレーションをするなどは,自分の記憶外の資源,すなわち外的資源external resourceを用いた問題解決である。またソフトを使うとか,コピー機でコピーを取ることなどは,そもそも外部にあるものの表示や形状を理解したり,操作したりすることを含んでおり,これも外的資源を用いた問題解決といえる。
外的資源を用いることは,問題解決にさまざまな影響を与える。まずメモを取ったり,必要な事柄を書き出したりすることは,問題解決中の作業記憶への負荷を軽減する。これによって保持のために使われていた内的な資源を,プランニングやモニタリングなどの活動に利用することができ,結果として問題解決がより効率的,生産的になることがある。
他者との共同で問題を解決する場合には,自分の知らない知識や他者からのフィードバックを利用できる。さらに共同問題解決collaborative problem solvingは,問題解決の認知プロセス自体も変化させる場合がある。共同問題解決では,自らの考えを言語的に説明する必要がある場合が多い。これによって説明活動が促され,自らの問題表象自体が洗練されたものに変化し,結果として問題解決が促進される可能性が高まる。また,役割の分担が自然に生じる。二人での問題解決の場合には,実行役とこれをモニターする役に自然に役割が分化し,結果として優れた解が生み出されたり,抽象化が促進されることがある。ただし,共同で行なうことがいつでも問題解決に有効というわけではない。同調行動や責任の分散など,解決にとってネガティブな影響を与える可能性も存在している。
図はさまざまな問題解決場面で有効に働く。情報を内部に保持せず外在化することで,再認が容易になる。また図の場合には,見ればわかることが多いので,それについての推論を行なう必要がなくなる。これらのことから,問題解決における探索が容易になり,結果として問題解決が促進されるのである。
現代ではさまざまな情報機器を用いて問題解決を行なうことが日常的である。よりよい問題の見方,解き方,情報の提示や整理の仕方を提供する情報機器を用いることにより問題解決は促進される。こうした意味で,外的資源を用いた問題解決に関するこれらの知見は,情報機器のインタフェースのデザインにとって重要である。
【問題解決の研究方法】 問題解決の研究は,関与する知識の性質の解明,プロセスの解明,問題解決に影響を与えるそのほかの要因(たとえば作業記憶容量や感情状態)の解明を目的として行なわれる。用いられる方法は多様である。よく用いられるのは,正答率や解決時間の比較である。たとえば同じ解法を用いるような二つの問題であっても,正答率や解決時間が大きく異なる場合がある。このような場合,問題理解に用いられる知識が異なる可能性があり,これを基にスキーマ(とくに問題スキーマ)の構造を検討することができる。
単に正解したか否かだけではなく,同じ正解であっても解決の仕方が異なる場合もある。パズルなどでいえばどのような状態をたどって正解にたどり着いたのか,数学などの問題でいえばどのような解法を用いたのかを分析し,これと独立変数との関係を探るという方法もよく用いられる。
問題解決のプロセスを詳細に分析する方法としてプロトコル分析protocol analysisが用いられる。プロトコル分析は発話思考法think-aloud methodともよばれるように,問題解決中に被験者に考えていることを発話させることによって得られる言語データを分析する。プロトコル分析は,問題解決中の発話を分析することに注意すべきである。これは事後報告(解決後にどのように解いたかを聞くこと)には信頼性がないことが知られているからである。
近年は眼球運動計測,視線追跡装置が改良され,きわめて簡単に眼球の変化(たとえば瞳孔の拡大,縮小),注視点の記録を取ることができる。これらの装置から得られるデータを用いることで,問題解決者が問題のどこを注視しているのか,どの時点で気づきが生まれているのかを明らかにすることができる。ただし,これらのデータはきわめて膨大であり,処理の仕方について工夫が必要である。
また,近年の認知神経科学の急速な発展により,問題解決中の脳活動を機能的磁気共鳴画像(fMRI)や近赤外光(NIRS)を用いて計測する試みも始められている。特定の脳部位が担当する心理機能がある程度明らかにされてきているので,問題解決中の活動部位をこれらの方法で特定することで,そのときに用いられる心理機能を明らかにすることができる。ただし,脳活動計測から得られるデータも膨大である。よって瞬時の判断の分析には適しているが,あまり長い時間の問題解決の分析に用いることは現状では難しい。
コンピュータ・シミュレーションcomputer simulationでは,まず当該問題の解決についての仮説や知見を組み合わせ,これをコンピュータ・プログラムとして表現する。そして,その動作と人間の行動・認知とを比較することで,仮説の検証を行なう方法である。ある特定の出力を出すプログラムは複数構成することができるので,シミュレーションは厳密な意味での検証とはならない。しかし,さまざまな仮定や知見の整合性をチェックする方法,また問題解決のプロセスの全体像をモデル化する方法として,独自の利点をもっている。
【問題解決研究の展開と今後の課題】 問題解決は最も高次の認知機能であり,その他の諸機能を統合する役割を果たしていると考えられてきた。こうした見解のもとでは,問題解決は意識的で,言語的に記述可能であるとみなされてきた。しかし,問題解決は無意識レベルの情報処理を多分に含んでいることが明らかになってきている。たとえば,洞察問題解決などの一部の問題解決では,被験者がまったく意識できないレベルの刺激(閾下刺激subliminal stimulus)の呈示により,パフォーマンスが大きく変化することが知られている。また,言語化により問題解決の成績が悪化するという研究も報告されている。これらの知見は意識,言語と問題解決との関係についての従来の見方に,見直しを迫っているといえよう。
また問題解決は理性的であり,身体や感情とは独立に行なわれるかのようなイメージがある。しかし,近年の研究はこうした考え方とは鋭く対立する知見を数多く提出してきた。ジェスチャーなどの身体的運動や姿勢は,問題解決にとって重要な情報を提供し,それによってパフォーマンスが変化することもある。また感情の状態によって,問題解決の効率が異なってくるという知見もある。これらの知見は,問題解決を含む思考が身体の状態,感情と密接に関係していることを示唆している。
これまでに述べてきた問題解決は,いずれの場合にも問題は所与のものであった。しかし,現実世界において問題はいつでも与えられているわけではなく,問題解決者自らが発見し,設定することが必要な場合も多い。問題設定problem posingには,問題への気づき,定義が必要となる。なんらかの不具合,異変,現状の改善の可能性などに気づくことは問題解決の出発点となる。そして,現状(初期状態)の分析,望むべき状態(ゴール)の確定を通して問題の設定が行なわれる。ただし,この分野の研究は現状では著しく少なく,今後の研究課題となる。問題解決と身体,感情,無意識とのつながりをさらに明らかにしていくこと,また問題設定のプロセスを解明することが必要になるだろう。 →思考 →スキーマ
〔鈴木 宏昭〕
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