改訂新版 世界大百科事典 「知識表現」の意味・わかりやすい解説
知識表現 (ちしきひょうげん)
knowledge representation
知識表現は人工知能と呼ばれる情報処理技術の一分野において重要な役割を果たす基本的概念の一つである。コンピューターは定められた手順を忠実に実行して数値計算を行う機械として開発されたが,1960年ころからこれを問題解決に役立てることを目的とした人工知能の研究が開始された。当初はゲームや定理証明などの汎用の問題解決手順が研究の中心であったが,まもなく問題解決にとって重要な働きをするのはその問題分野の知識であることが認識されるようになり,知識を形式化した記憶装置,それを利用した問題解決システムが重視されるようになった。
人工知能における知識は,問題領域内の諸概念のうち明白に問題解決に必要であり,かつ形式化して機械的な処理が可能なもののみを対象とし,これによって従来は哲学や心理学などの必ずしも実証的とはいえない領域に属していた知識という概念の一部を技術の領域で扱うことを目的とする。ここで必要になるのが形式化で,それが知識表現である。したがって人工知能の最も本質的な部分が知識表現に集約されており,関連する多くの技術が知識表現に基づいて定義されてくる。この中での基本的なものは,表現された知識を問題解決に役立てるための推論方式,外部から新しい知識を取り込む知識獲得方式,知識利用の際の推論を含む処理の制御方式,知識の管理方式などである。これらは知識情報を扱う上で必ず必要とされるものである。
このように,知識をどのように表現するかはそれを扱うシステムの能力に大きな影響を与えるので,知識表現の方式の決定は重要であると同時に非常に難しい。これには少なくとも二つの面を考慮する必要がある。第1は知識表現がもつ記述力である。問題領域に必要な事実や規則を正しくかつ十分に記述しうることは重要な条件である。第2はコンピューター内の知識表現の実装の方法である。知識の構造化,推論処理の効率などが実現法に依存する。
これまで人工知能の分野でさまざまな知識表現が提案されてきた。代表的なものとしてはセマンティック・ネットワーク,述語論理,プロダクション・ルール,フレームなどがある。セマンティック・ネットワークは,概念とその間の関係をネットワーク構造で表す。述語論理は,数学の体系の基礎をなすものとして研究されてきた数理論理に機械的な推論アルゴリズムが付加されたことにより知識表現の一つとして用いられると同時に,知識表現という形式の一般的記述言語としても用いられる。プロダクション・ルールは,知識をパターンとそれによって行う動作の対の形式で表す。フレームは,概念の階層構造を取り入れた形式で知識を表す。
これらの知識表現を用いて実用化をめざした各種のエキスパート・システムが開発され,これらを中心とした知識工学という技術分野が成立している。しかし,これらシステムも実用レベルに達したものは少なく,方式的にまだ完成されていない。このため,知識の構造化や非単調論理,確率的論理など,知識表現により現実に近い意味を与えるためのさまざまな研究が行われている。
執筆者:大須賀 節雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報