ルテニア人(読み)ルテニアじん(英語表記)Ruthenen ドイツ語

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ルテニア人」の意味・わかりやすい解説

ルテニア人
ルテニアじん
Ruthenians

古代キエフ・ルーシ (→キエフ公国 ) の住民に対するラテン語名。近代になると,(1) ウクライナ人 (小ロシア人) ,(2) ブコビナガリチアウクライナ語を母国語とする住民,(3) ウクライナ語系の言語を話すハンガリー北東部の住民をさすようになった。本来この語はオーストリア人,ハンガリー人,チェコ人,スロバキア人ポーランド人によって使用され,ルテニア人自身はむしろ「ウクライナ人」と自称する場合が多い。 18世紀のポーランドの分割以後はロシアとオーストリアの支配下におかれ,現在ウクライナに属する。大半がギリシア正教徒かブレスト・リトフスク教会合同 (1596) による帰一教会に属する。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ルテニア人」の意味・わかりやすい解説

ルテニア人
るてにあじん
Ruthenen ドイツ語

オーストリア・ハンガリー帝国内に住んだウクライナ人のドイツ語名。カルパティア・ウクライナ人とも称され、大部分は東ガリツィアでポーランド人と、ブコビナでルーマニア人、ドイツ人と混住する。オーストリア・ハンガリー帝国の総人口5139万(ボスニア・ヘルツェゴビナを含む)のうち、ルテニア人の人口は、オーストリア地域で352万、ハンガリー地域で46.4万であった(1910)。住民の多くはギリシア正教徒で、オーストリア政府の民族政策に利用されつつ、19世紀後半しだいに民族意識に目覚める。第一次世界大戦後、ルテニア人居住地域は、連合国の承認のもとにポーランド、ルーマニア、チェコスロバキアに分割支配されたが、第二次世界大戦中にソ連の手で、ウクライナ共和国に編入された。

[稲野 強]

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ルテニア人」の解説

ルテニア人(ルテニアじん)
Ruthenen

ポーランド南東部からウクライナ西部にわたるガリツィア(ルテニア)地方に住むスラヴ系住民のドイツ語名。19世紀にハプスブルク帝国内の西ウクライナ人の公式呼称として使用。自称はルシン人。カルパト・ウクライナ人の別称

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

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