安芸(市)(読み)あき

日本大百科全書(ニッポニカ) 「安芸(市)」の意味・わかりやすい解説

安芸(市)
あき

高知県東部、土佐湾に臨む市。1954年(昭和29)安芸町と土居(どい)、井ノ口、川北、伊尾木(いおき)、東川畑山(はたやま)、赤野の7村が合併して市制施行。1955年西川村の一部を編入。土佐湾沿いに国道55号(土佐街道)が通じる。2002年(平成14)には、国道55号と併行して土佐くろしお鉄道阿佐線(ごめん・なはり線)が開通した。北部の山間部は国有林、民有林も多く、林業が盛ん。安芸川、伊尾木川下流に展開する安芸平野は、小規模だが条里地割り遺構が明瞭(めいりょう)で、『和名抄(わみょうしょう)』の丹生(にゅう)、布師(ぬのし)、黒鳥(くろとり)、玉造(たまつくり)の4郷がこの地に推定されるなど古代から開発が進み、土佐国東部安芸郡の中心地であった。戦国時代には、土居に居城する安芸氏の拠点であったが、国虎(くにとら)のとき、長宗我部元親(ちょうそがべもとちか)の支配下に入り、近世土佐藩も家老五藤氏を土居に配し、政治の拠点とした。土居には近世の武家屋敷景観の残存もみられる。2012年に土居廓中(かちゅう)は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。平野は第二次世界大戦前から水稲二期作、蔬菜(そさい)の促成栽培も盛んで、現在もナスピーマンなどの施設園芸が行われる。砂丘上には戦国時代以来、港市町を発達させ、近代以降も、官公署、学校、商店などを集積する街区が東西に展開して、安芸郡の中心地として機能してきた。かつては土佐電気鉄道安芸線の終点であったが、1974年に廃線となった。瓦(かわら)、陶器(内原野(うちはらの)焼)、酒などの伝統産業もある。井ノ口に岩崎弥太郎(いわさきやたろう)の生家が保存されている。また、童謡作曲家弘田龍太郎の出身地である。伊尾木洞(いおきどう)のシダ群落は国の天然記念物。面積317.21平方キロメートル、人口1万6243(2020)。

[大脇保彦]

『『安芸市史』全4巻(1976~1981・安芸市)』


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