西インド,マハーラーシュトラ州中部の都市。人口87万3311(2001)。アジャンターおよびエローラの石窟への観光基地として知られる。また,町の北郊のビービー・カー・マクバラーBībī-kā-makbarāは,1679年タージ・マハルを模してムガル朝のアウラングゼーブ帝(在位1658-1707)が建てた王妃の廟。その北方の丘の南腹に5窟ずつ,やや距離をおいて掘られた2群の仏教窟院がある。第4祠堂(チャイティヤ)窟のみ紀元前後にさかのぼり,他はすべて6~7世紀の僧院(ビハーラ)窟で,仏殿化への変容をとげた末期の形式をとるものが多い。柱はたいてい華麗な浮彫で飾られ,また窟内にも彫刻が多い。第3窟の〈スタソーマ本生〉浮彫,第7窟の〈観音八難救済〉や歌舞供養像が優れ,第9窟には四臂蓮華手菩薩のような密教系尊像もある。
執筆者:肥塚 隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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