アルコール症(読み)アルコールしょう(英語表記)alcoholism

翻訳|alcoholism

改訂新版 世界大百科事典 「アルコール症」の意味・わかりやすい解説

アルコール症 (アルコールしょう)
alcoholism

アルコールの飲用によって精神ならびに身体の活動が障害された状態。一般にはエチルアルコールの飲用が問題とされるが,メチルアルコールによる場合もあり,後者では急性中毒のみが対象となる。

エチルアルコールによる中毒は急性中毒と慢性中毒に分けられていたが,最近では慢性中毒という用語は用いられなくなり,アルコール依存症に代わっている。それは,酒類に含まれるエチルアルコールを持続的に飲用し,その常用量を超えたり,異常な飲用を繰り返すに至ると(〈アルコール乱用〉),酒類の飲用を中止できなくなる状態になるが,それは急性中毒とは違った生体変化によると考えられるので,中毒症状とは区別して〈依存〉と呼ぶことがWHO専門委員会で提唱されたことに基づく。そこでアルコール飲用によって起こる精神身体障害は急性アルコール中毒,アルコール依存症に大別され,アルコール依存症を基礎にしてアルコール精神病alcoholic psychosisが生じるとされる。一方,アルコール飲用に関連して起こる広義の社会的問題,すなわち怠業や酩酊(めいてい)運転などを含む医療問題を超えた福祉や社会政策をも包括するような領域については,〈アルコール関連問題〉という呼び方が提唱されている。〈アルコール関連問題〉を起こす者については,〈アルコール関連障害〉をもつ者といいかえることになる。急性アルコール中毒とは,一般には酔い(酩酊)を指す。

酩酊intoxicationは普通酩酊と異常酩酊に分けられる。普通酩酊とは,飲酒量にしたがい,酔いが段階的に進行し,高揚気分,次いで注意集中困難,運動失調,発語障害,眼球運動障害と進み,睡眠に移行する経過をとるものであるが,酔いの進行はほぼ血中アルコール濃度と並行する。血中アルコール濃度が500~600mg/dlを超えると昏睡状態となり,それを上回ると死に至る。酩酊時に起こる顔面紅潮,心悸亢進などは,アルコールの分解過程で生じるアセトアルデヒドの毒性作用と関係がある。東洋人は西欧人に比し,肝臓でアルコールを分解する酵素のアルコール脱水素酵素のうち,アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の欠損者が多く,酒に弱いとされている。

 異常酩酊は複雑酩酊と病的酩酊などに大別される。普通酩酊とは異なり,酔いの経過中に突然興奮したり,急に激情的になり,粗暴・暴力行為に及ぶ場合がある。その異常行動がそのときの状況から無理からぬことと思われるにしても,興奮の激しさが並外れていて,その間のことを後にほとんど覚えていない(健忘)ときは,複雑酩酊という。一方,まったく興奮の理由がわからず,また,明らかに意識がもうろうとしているか,せん妄状態になっていて,興奮がさめた後に完全な健忘を残す場合は病的酩酊という。複雑酩酊や病的酩酊下で,しばしば暴行,傷害,殺人などの犯罪が行われることがある。一般に,複雑酩酊になる人は日ごろから激情的になりやすい性質の人が多いが,病的酩酊になる人は小心,きちょうめんな人が多い。酒量は一定しないが,病的酩酊の場合は少量飲酒でも起こりうる。異常酩酊の一つにアルコール不耐性がある。これは,アルコールを一口飲むだけで激しい身体反応を呈する人で,アルコール過敏性特異体質による。

アルコールを飲まないと満足に仕事ができないようになり,怠業,欠勤,家族への暴力の問題行動があり,絶えず飲む状態になれば〈アルコール乱用〉というが,アルコールが切れると禁断症状(離脱症状)が起こるようになるのを〈アルコール依存〉という。完全にアルコールを断つには至らないが,短時間の中断や量を減らしただけでも離脱症状は出る。手の震えや不眠症などがそれである。アルコール依存は,精神依存,身体依存,耐性の三つの要素が強さの差こそあれ,いずれも存在する状態であり,この状態にある人は〈アルコール依存症〉と診断される。アルコール乱用,アルコール依存のいずれの状態においても,大なり小なり神経症候や臓器障害を伴う。神経症候としては,アルコール性弱視,手先・足先のしびれ,アルコール性多発神経炎などがみられ,臓器障害としては,アルコール性心筋炎,アルコール性肝炎,膵炎,胃炎などが合併する。アルコール依存症の場合は,耐えがたい飲酒欲求のために飲酒抑制ができないこと,飲酒に起因する精神・身体的症状,経済的破綻(はたん),犯罪などの法的問題が生じているにもかかわらず飲みつづけること,断酒できる期間はわずかで,一度飲みはじめると24時間以上にもわたって飲酒をつづけること,飲酒→酩酊→入眠→覚醒→飲酒の繰返しになることなどの条件がそろう。

アルコール依存が成立している場合,断酒または節酒によって禁断症状(離脱症状)が出現することはすでに記したが,離脱時に精神神経病状態が突然出現することがある。最も典型的なものは次の三つである。振戦せん妄,アルコール離脱痙攣(けいれん)発作,アルコール幻覚症がそれである。振戦せん妄とは,突然の飲酒中断後,意識混濁が生じ,虫やネズミなどが多数現れる小動物幻視,複数の会話調幻聴などを伴うせん妄状態を呈するもので,ときには被暗示性の亢進,眼球を圧迫すると幻視を生じるリープマン現象,日ごろ手なれた仕事をやっているような動作を示す作業せん妄が出現することもある。飲酒中断後48時間から72時間の間に生じやすい。手指の振戦(震え),失見当,幻視が振戦せん妄の3主徴候である。まれに1週間以上もせん妄がひきつづくが,多くは3~4日で回復する。アルコール離脱痙攣発作とは飲酒を突然中断した後48時間以内に強直性-間代性の痙攣発作を起こす場合のことで,過去にはアルコールてんかんと呼ばれ,てんかんの一亜型に考えられていたが,今日では離脱時にのみみられ,一次性てんかんとは異なるとされるに至った。アルコール幻覚症とは,飲酒していないときに,意識混濁が認められないのに,しばしば複数の人の会話や自分を呼ぶ人声などの幻聴が現れる現象である。一般に被害的内容のもので,数日ないし数ヵ月つづく。

 長期に及ぶアルコール依存状態の持続によって,脳に器質的,永続的な病変が起こると,記銘力・判断力の低下,知能障害などが出現する。この状態をアルコール性痴呆(アルコール性認知症)という。この状態になると,感情も鈍り,活動性も乏しく低下し無為な生活を送るようになる。また,前記の振戦せん妄後に,脳の器質的変化が著しくなり,物忘れがひどくなる記銘障害,場所・時間がわからなくなる失見当識,作話症の3主徴候を呈する場合を,この主徴候の発見者の名を入れて,アルコール性コルサコフ精神病と称する。多くの場合,アルコール性コルサコフ精神病に先行して,ウェルニッケ病という眼球運動障害(眼振,外直筋麻痺,起立・歩行失調)と意識混濁を伴う精神神経症候が現れ,意識回復後にコルサコフ精神病に移行する。振戦せん妄の反復により,まれには小脳変性症,中心性橋髄鞘崩壊症などが起こることがある。なお,飲酒をつづけるうちに妻などの不貞について嫉妬する妄想が生じることもある。一度生じた妄想はなかなか消失せず,妻に対する暴力行為などがみられることもある。これはアルコール性嫉妬妄想と称せられる。この妄想については,アルコール飲用との関連が必ずしも明確にされてはいない。

急性アルコール中毒で治療を要する場合は,若年者の一時的大量飲酒,小児の誤飲など,また,まれにアルコール依存症者の大量飲酒時であるが,いずれも血中アルコール濃度を下げる対症療法と心臓保護療法を行う。メチルアルコール中毒もこれに準ずる。病的酩酊などでは,入院保護を要することもある。アルコール乱用,アルコール依存の治療は一般には入院加療が建前となるが,アルコール精神病に移行しない例では,外来治療も不可能ではない。ただし,本人が治療意欲をもたないと外来治療は成功しない。外来治療の場合は,嫌酒療法として断酒薬(アンタブース,シアナマイドなど)が用いられ,同時に精神療法が試みられる。入院治療の場合,アルコール病棟といって,アルコール依存症者専門の病棟が利用される傾向が強くなっている。精神病様状態以外は,一般には開放的に取り扱われることが多い。ここでは集団精神療法や作業療法が取り入れられ,酒害からの回復が図られる。しかし,入院治療だけでは不十分で,退院後も外来通院治療を受け,さらに地域の断酒会やAA(alcoholics anonymousの略,匿名禁酒会)に参加し,息の長い断酒への努力がなされなければならない。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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