ある種の化学物質が生体内に入り、臓器や組織の正常な活動に障害を生じて種々の症状をもたらすことをいう。中毒は、毒物の生体との接触期間や発症経過から、慢性中毒と急性中毒に大別される。中毒をおこす有害物質としては、医薬品、農薬、工業用薬品、家庭用薬品のほか、動植物毒、細菌毒などがある。
[鵜飼 卓]
慢性中毒のなかには、薬物を使用することによって一時的に気分爽快(そうかい)となるために、嗜癖(しへき)性をもつに至るものがある(たとえば麻薬、覚醒(かくせい)剤、シンナー、アルコールなど)。また、慢性職業性中毒では、有機溶剤中毒と鉛中毒のほか、水銀、ヒ素、マンガン、クロムなどの中毒がよく知られている。このほか、アニリン系色素による膀胱癌(ぼうこうがん)や塩ビモノマーによる肝血管腫(しゅ)など、低濃度長期間の接触によって腫瘍(しゅよう)性病変を生じるものもある。環境汚染によって生じた中毒として有名なのが、水俣(みなまた)病とイタイイタイ病である。工場排水中のメチル水銀が有明(ありあけ)海の魚貝類に蓄積し、その魚貝類を多く食べた人に発症したとみなされているのが水俣病で、イタイイタイ病は鉱山から流出したカドミウムが神通(じんづう)川流域の土壌に蓄積し、カドミウムを多量に含む農産物を長期間喫食した人の骨などに障害を生じたとされた。
慢性中毒のほとんどは、近代工業の発展に伴って、いわば人為的につくりだされてきたものである。劣悪な環境との因果関係が明らかになった中毒性疾患に関しては、漸次対策が施されてきた。しかし、現在では原因不明の難病・奇病とされているものが、今後の研究によって中毒と断定されることもありうるであろうし、新しい化学物質によって新しい中毒性疾患が生み出される可能性もある。
[鵜飼 卓]
急性中毒の発生状況は時代の変遷とともに変化している。昭和20年代後半にはメタノール(メチルアルコール)中毒が多発したが、昭和30年代になると自殺企図としての睡眠薬中毒が多くなった。ところが、昭和40年代後半からは、都市ガスによる一酸化炭素中毒(都市部における自殺企図)が増加する。やがて都市ガスの天然ガスへの切り替えとともに、一酸化炭素中毒は減少した。ところが、2002年(平成14)からインターネットを介した集団自殺が相次いでおきており、その手段は練炭等を用いた一酸化炭素中毒である。また、1994年に長野県松本市で、95年に東京で発生したサリン事件によって、サリンやタブン、ソマン、VXなどの化学兵器が一躍世界の注目を浴びることとなったが、これらの化学兵器は「貧者の核兵器」ともよばれ、テロリズムの手段として使用される可能性がある。
中毒に対する治療法の進歩と医薬品などの販売規制により、睡眠薬や向精神薬による急性中毒の死亡率はきわめて低くなったが、農薬による急性中毒はまだ死亡率も高い。
[鵜飼 卓]
中毒の救急処置は、(1)毒物の除去と排泄(はいせつ)の促進、(2)呼吸や循環管理など対症的な生命維持療法、(3)毒物に対する拮抗(きっこう)薬や解毒薬の投与、という基本原則に従って行われる。
具体的な救急処置としては、次のような方法があげられる。(1)有毒ガスを吸入した場合は、できるだけ早く清浄な空気あるいは酸素を吸入させる。(2)液状の毒物を浴びたときには、すばやく衣服を脱がせて水や温水で皮膚をよく洗う。(3)都市ガスやプロパンガス中毒者を救出するときは、不用意に電灯のスイッチを入れず(誘爆の危険を伴うため)、すべての窓や扉を開放して換気を図り、すばやくガスの発生源を止めて救出する。(4)経口中毒のときには、意識がはっきりしていたら、嘔吐(おうと)させたり、胃洗浄を行う。病院では吸着薬や下剤を投与して毒物を消化管からできるだけ早く除去する。
中毒に対する解毒薬・拮抗薬として効果的なものは、数万種にもおよぶ中毒原因物質に対してわずか数種類だけである。すなわち、有機リンに対するプラリドキシムヨウ化メチル(PAM)とアトロピン、重金属に対する各種キレート剤、青酸に対する亜硝酸・チオ硫酸、メチルアルコールに対するエチルアルコール、アセトアミノフェンに対するアセチルシステインなどである。
血中に吸収されてしまった毒物を血液中から取り除く方法として、強制利尿法と各種の血液浄化法(血液透析、血液吸着、血漿濾過(けっしょうろか)、交換輸血など)がある。しかし、毒物の分子量や代謝、体内での分布の仕方、たんぱく質や脂肪との結合度などによって、これらの毒物除去方法の効果もさまざまである。
重症の急性中毒患者の救命ができるようになったのは、呼吸・循環を主とする全身管理法の進歩によるところが大きい。また、数万から数十万種ともいわれる多数の化学物質がわれわれの生活を取り巻いている状況では、有害物質に関する情報の集約と伝達が非常に重要である。1986年設立された財団法人日本中毒情報センターでは中毒治療に必要な情報収集と提供を行っており、年中無休で中毒に関する相談電話を受け付けている。
[鵜飼 卓]
『日本中毒情報センター編『中毒対処マニュアル――イザというとき役に立つ!』(1995・リヨン社)』▽『日本中毒情報センター編『急性中毒処置の手引――必須272種の化学製品と自然毒情報』第3版(1999・薬業時報社)』▽『日本中毒情報センター編『症例で学ぶ中毒事故とその対策』改訂版(2000・じほう)』
文字どおり〈毒〉にあたることで,有害な物質によって,生体の生理的機構が障害され,生理的現象に変調をきたすことをいう。生体には通常,有害な毒物を解毒し,排出する機能があり,これによって健康を維持しているが,この作用が低下したり,毒物の毒性が強いときや量が多いとき,あるいは作用期間が長いと中毒を起こし,ときには死に至ることもある。
中毒は一般にその原因となる物質によって,一酸化炭素中毒,カドミウム中毒,青酸中毒などのように,原因物質の名を冠して呼ばれることが多いが,作用期間や原因物質の種類,中毒発生の状況によって,分類される。
まず,作用期間によって,中毒は急性中毒と慢性中毒に大別される。急性中毒は毒物の毒性が強いか,量が多いことなどによって,急激に発症するものをいい,慢性中毒は毒物が長時間,持続的に作用することによって,徐々に発症してくるものをいう。次に,医薬品,工業薬品,農薬,重金属,種々のガスなど,原因物質の種類によって分類され,薬物中毒,工業薬品中毒,農薬中毒,重金属中毒,ガス中毒などがある。
一方,これらとは別に中毒は,それを起こす状況による分類もある。これには,産業現場で取り扱われる種々の物質によって起こる産業中毒や,食物に含まれる毒物が原因となって起こる食中毒などがある。
一般に中毒といえば,主として,これら外因の物質によるものをいうが,アシドーシス,ケトージスなどのように,内的原因によって,体内に毒素が産生され,蓄積されて起こる障害も,広義の中毒に含まれる。なお本態は不明だが,自家中毒,妊娠中毒などの中毒症もある。
→農薬 →薬害
中毒を起こす毒物の量を中毒量toxic doseという。中毒量は物質によって異なり,ごく微量で中毒作用を起こすものから,相当多量に用いなければ作用を現さないものまである。医薬品の場合には〈極量maximum dose〉といって,それ以上用いると中毒作用を起こす可能性のある量が決められているが,これら中毒量は年齢,体質,毒物摂取時の体の状態など,人によって,またそのときの健康状態によって,かなり異なる。なお,毒物の生体に対する作用機構については〈毒〉の項を参照されたい。
中毒の場合,最も緊急を要するのは,急速にしかも激しい症状をもって発症する急性中毒である。急性中毒も慢性中毒と同様に,原因となる毒物の種類や量によって症状は異なるが,いくつかの共通点がある。すなわち,気道には種々の刺激症状がみられ,消化器では嘔吐や下痢が,循環器では脈拍微弱,不整脈,血圧低下,神経系では興奮,痙攣(けいれん),意識障害などがみられる。したがって,ふだん健康な人に,突然このような症状がみられたときは,中毒が十分に疑われる。さらに体表や衣服に毒物による腐食があったり,周囲に毒物が残っていれば,また胃内容物や血液,尿から毒物が検出されれば確診となる。しかし,毒物が微量であったり,本人が意識を失っているようなときには,原因物質の確定が困難な場合が多い。
原因物質が明らかなときには,その原因に即した治療を行うが,不明の場合には,現れている症状に対する対症療法と,毒物除去療法を並行して行う。毒物除去療法としては,催吐や胃洗浄による胃内容物の除去,腸洗浄や下剤の使用による腸内容物の除去,強制利尿などを行い,拮抗薬や緩和薬などの解毒薬を使用する。さらに症状によっては,透析療法や交換輸血を行うこともある。
中毒を防ぐためには,原因となるような毒物を生活の場に置かないようにすることが第1で,とくに子どもや老人がいる場合には,いっそう注意が必要である。万一,急性中毒が発生した場合には,ただちに医療機関に運ぶようにする。なお,1986年に(財)日本中毒情報センターが設立され,〈大阪中毒110番〉と〈つくば中毒110番〉を通じて毒性や治療についての情報を提供している。
→解毒
執筆者:菊池 祥之
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…急性アルコール中毒とは,一般には酔い(酩酊)を指す。
[酩酊]
酩酊intoxicationは普通酩酊と異常酩酊に分けられる。普通酩酊とは,飲酒量にしたがい,酔いが段階的に進行し,高揚気分,次いで注意集中困難,運動失調,発語障害,眼球運動障害と進み,睡眠に移行する経過をとるものであるが,酔いの進行はほぼ血中アルコール濃度と並行する。…
…酒に酔うこと,いわゆる酒酔い。アルコール飲料を飲用したときに起こる精神身体的変化のことで,医学的には急性アルコール中毒をさし,アルコール飲料に含まれるエチルアルコールが中枢神経機能を抑制することによって起こる。酒酔いに似た酩酊状態は,精神安定剤やシンナーなど,中枢抑制作用をもつ薬剤を使用しても起こるが,これらは薬物酩酊という。
[酩酊の症状]
酩酊時にみられる諸症状の発現には,アルコール飲料の量や濃度,飲酒の速度,食物との関係など飲酒状況のほか,アルコールに対する感受性や代謝能力などの個人差が関与し,一律ではない。…
…植物体の全部あるいは一部に有毒成分を含み,人間や動物がそれを食べたりさわったりすると,中毒や皮膚炎をおこさせる植物。広義にはキノコを含むこともある。…
※「中毒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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