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ウルグアイの軍人,政治家。バンダ・オリエンタル(スペイン植民地時代のウルグアイの旧称)の名門に生まれ,牧畜業に携わったのち農村警護隊の士官となる。1811年ブエノス・アイレス市の自治政府と協力して独立運動を起こしたが,連邦制によるラ・プラタ地域の統一を主張したため,中央集権制に固執するブエノス・アイレス市政府との対立を深めた。14年王党派が敗退すると,翌年バンダ・オリエンタルからアルゼンチン軍を一掃して初の自治政府を築き,のちにウルグアイを分離独立(1828)させる素地をつくった。アルゼンチン国内でも連邦主義のリーダー格だったが,ポルトガル軍の侵略を受け,17年に政権の座を追われてから,その影響力も低下。20年ポルトガル軍との戦闘に敗れてパラグアイに逃れ,同国で30年間の亡命生活を送った。独立の英雄として遺体が祖国に迎えられたのは死後5年のことであった。
執筆者:松下 洋
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南アメリカ、ウルグアイ北部、ブラジルとの国境の都市。人口5万2500(2002推計)。アルティガス県(人口7万8075。2001)の県都。穀物、野菜、果樹、ウシ、ヒツジなどを主とする農業、牧畜地域の小中心地である。カライン川を隔てて対岸のブラジルの町カライと相対し、橋で結ばれる。ブラジルとの商取引が盛んに行われている。
[山本正三]
…1726年スペインはモンテビデオ市を建設し,76年リオ・デ・ラ・プラタ副王領の設置に伴ってバンダ・オリエンタルはその一部となり,翌年のサン・イルデフォンソ条約によりスペインの領有が確認された。
[独立へ]
1810年ブエノス・アイレス市で独立運動が開始されると,それに呼応してバンダ・オリエンタル農村部の有力者アルティガスが蜂起し,14年までに王党派を追放することに成功した。しかしながら,独立後の国造りをめぐって旧リオ・デ・ラ・プラタ副王領全体の連邦制を主張したアルティガスは,中央集権制に固執するブエノス・アイレス市と鋭く対立し,この対立に乗じたポルトガルはバンダ・オリエンタルを侵略して21年7月シスプラティーナ州として併合した。…
※「アルティガス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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