アレクシウス1世(読み)アレクシウスいっせい(その他表記)Alexius I Comnenus

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アレクシウス1世」の意味・わかりやすい解説

アレクシウス1世
アレクシウスいっせい
Alexius I Comnenus

[生]1048. コンスタンチノープル
[没]1118.8.15.
ビザンチン皇帝 (在位 1081~1118) 。小アジアの大豪族コムネノス一族の出身。卓越した軍人であると同時に実務的政治家。皇帝ニケフォルス3世に対する反対皇帝としてこれを倒し,即位コムネノス朝を開く。ロベルト・グイスカルド指揮下のノルマン軍をベネチア艦隊の援助によりアドリア海封じ込めに成功 (1085) ,1090年には首都コンスタンチノープル攻撃を敢行したペチェネグ人をクマノイ族の援助を得て撃破,また第1次十字軍と契約を結び,小アジアの西部地方を帝国領とし,西欧騎士団の援助によりセルジューク・トルコの攻撃を撃退 (97) するなどの政治的手腕をみせたが,軍事援助と交換にベネチア,ピサなどの諸都市に関税のない自由貿易権を与えた結果,帝国の商業活動を不振に陥れた。帝国内ではプロノイア制度による封建化が進み,テマ制度は崩壊し,実権は地方豪族に移っていった。国防の任務につく兵士も傭兵中心となり,支出の増加と反比例して防衛能力の低下を招くなど内政面での失政も多く,その外交上の成功も一時的なものに終った。そのほか教義論争をめぐる異端に対する反駁 (はんばく) 論文祈祷 (きとう) 詩などの著作がある。また息子ヨハネス2世への政治的勧告書である詩集ムーサイ (詩神) 』 Mousai史料としても重要。

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