日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
アーティスト・イン・レジデンス
あーてぃすといんれじでんす
artist in residence
美術家に一定期間、特定の場所に滞在し、そこで創作活動に専念することのできる環境を提供するプログラムの総称。地方自治体、非営利団体(NPO)、美術館、民間企業など運営主体はさまざまで、国際交流や文化振興、若手アーティストの発掘など、実施目的やアーティストの選考基準も多様である。恵まれた環境をアーティストに提供することによって助成する、現代版のパトロンの役割を果たす制度として広く普及した。また多くのアーティストにとっては有意義なスカラシップであると同時に、滞在歴が展覧会の開催歴や受賞歴などと同様、キャリアとしての意味合いも持つようになったほか、一種の短期留学として海外の施設に滞在するケースも少なくない。
アーティスト・イン・レジデンスのプログラム形態は1970年代の欧米で定着・浸透したものである。そのルーツとしては1950年代、アメリカ、ノース・カロライナ州の山中で音楽家ジョン・ケージらの指導のもと、独創的な芸術・教育活動を行っていた寄宿学校ブラックマウンテン・カレッジの存在が挙げられる。また、ドイツのZKMやオーストリア、リンツのアルス・エレクトロニカ・センターといった美術館が主宰するアーティスト・イン・レジデンスは、まだなじみのないメディア・アートを浸透させるうえで重要な役割を果たした。
世界各地で多くのアーティスト・イン・レジデンスが開設されており、多くのアーティストがよりよい環境を求めて国際的に行き来しているが、資金が潤沢で環境の充実している有名施設の選考は当然のことながら難関で、応募にあたって一定のキャリアが求められることが多い。欧米を比較するならば、私企業が主導権を握るアメリカと、公共機関が主要な役割を担うヨーロッパという性格の違いははっきりとしており、アート・マネジメントのあり方などにうかがわれる文化支援の差異(総じてアメリカは民間主導型、ヨーロッパは行政主導型である)が、ここにも反映されている。
日本のアーティスト・イン・レジデンスは両者の性格を折衷した面が強いが、歴史が浅いためかまだ数も少なく、環境面のサポートにも多くの改善の余地があり、最初から海外施設への滞在を希望する者も多い。諸施設への滞在を望むアーティストは若手を中心に非常に多いが、情報の公開が進んでいるとはいいがたく、事情に精通した一部のアーティストに助成が集中する弊害も指摘されている。また範囲を現代美術に限定することなく、異分野の人間との活発な交流を図ることも課題である。
[暮沢剛巳]
『企業メセナ協議会編『メセナ白書2000』(2000・ダイヤモンド社)』