日本大百科全書(ニッポニカ) 「アート・マネジメント」の意味・わかりやすい解説
アート・マネジメント
あーとまねじめんと
art management
芸術作品を生み出すアーティストとそれを享受する観客との間を仲介し、社会のなかで作品の発信や受容がスムーズに行われるためのシステムを構築するさまざまな業務の総称。ビジネスのマネジメント業に相当することからこのようによばれる。美術、音楽、舞台芸術、映画など芸術全般を対象とし、また国や地方自治体による大規模な文化政策(公共ホールの建設など)から、個人のアート・ビジネスまでを含み、該当範囲はきわめて広い。
アート・マネジメントの最古の形態はヨーロッパ中世末期、各地を巡業していた旅芸人と彼らのパトロンであった貴族や大商人との折衝を通じて生まれた。ルネサンス以降は美術館やコンサートホールなどの出現に伴って、アーティストと観客の間をとりもつマネージャー業務の比重が増し、19世紀なかば以降は、ヨーロッパ諸国では国立劇場を中心に作家、作曲家、役者、演出家などを養成するシステムが構築された。一方アメリカでは、地域社会や裕福な個人篤志家のサポートを前提とした地方劇団が多数結成されるなど、おのおのの地域性に応じて文化政策も独自の発展を遂げることとなった。20世紀を迎え、演劇から生まれたこのマネジメント・システムは芸術全域へと広がった。美術の場合は美術館やギャラリーのシステムと結びついた形で発展を遂げていくが、ヨーロッパ=国家主導、アメリカ=地方、民間主導という性格の違いはその後も残った。だが個人篤志家の善意に多くを依存するアメリカ型の文化支援のあり方(フィランスロピー=社会貢献という概念が用いられる)にしても、それは芸術貢献上の寄付に免税措置を講じている国家の理解なしには成り立たないことを忘れてはなるまい。
日本の場合は、国際交流基金(独立行政法人)や日本芸術文化振興会(独立行政法人)運用による芸術文化振興基金などの各種事業への助成金給付が主流であることから、どちらかといえばヨーロッパに近い形態を採用している。長い歴史をもつアート・マネジメントだが、その一方で、芸術をビジネスと結び付けて語ることへの拒否感が長らく支配的だったこともあり、アート・マネジメントの学問的研究の歴史はまだ浅く、いまだ美学美術史学の体系には組み込まれていない。マネジメントということから、一般には経営学との相似に注目が集まるが、この分野の草分け的な研究者と目されるイギリスのジョン・ピックJohn Pick(1936― )は、アート・マネジメントの本質を「アート」「オーディエンス」「国家」の三者間の仲介とする。一方、「芸術批評、政策、心理学、情報科学、経済学、社会学、そして教育学にもかかわり、いかなる学問分野にも容易にはくみしない」と指摘するなど、それ以外の側面も強くもっている。日本でも1990年代以降、多くの大学でアート・マネジメント講座が開設され、また1999年(平成11)にはアート・マネジメント学会が発足し、研究の発展と専門家の養成が行われている。
[暮沢剛巳]
『佐々木晃彦監修『芸術経営学講座1 美術編』(1994・東海大学出版会)』▽『池上惇ほか著『文化政策入門』(2001・丸善ライブラリー)』▽『John Pick and Malcolm AndertonArts Administration (1980, E & FN SPON, London)』