イソギンチャク(読み)いそぎんちゃく(英語表記)sea anemones

日本大百科全書(ニッポニカ) 「イソギンチャク」の意味・わかりやすい解説

イソギンチャク
いそぎんちゃく / 菟葵
磯巾着
sea anemones

刺胞(しほう)動物門花虫(はなむし)綱六放サンゴ亜綱イソギンチャク目Actiniariaに属する海産動物の総称。世界中に約200属900種が知られている。

[内田紘臣]

形態

すべて単生で、群体をつくる種はない。大きさは、小形種では伸びたときの径1ミリメートル、高さ4ミリメートルのものから、口盤の直径が1メートルに達するものまである。体は基本的には円筒形で、下方の足盤で岩などの基質に付着する。円筒の側面は体壁とよばれる。上面は口盤で、中心に裂状の口を、縁部に触手をもつ。岩や石などに足盤で付着するのが一般的であるが、砂泥地に生息するもののなかには下端が足盤を形成せず、球状に膨らんで、砂泥中に固定するものがある。イシサンゴ類のように骨格をもつことはない。したがって体を支持するために体中に筋肉系が発達している。口から内部へ円筒状の口道が垂れ下がっているが、これは足盤までは達せず、途中までしかない。その下はやや広い室となっていて胃腔(いこう)gastric cavityあるいは腔腸(こうちょう)coelenteronとよばれる。口道には通常二つの管溝が縦に走る。体壁内面には対をなした隔膜mesenteryが放射状に配列するが、そのうち幅が広くて体壁上方で口道にまで達し、そこに付着するものを完全隔膜、口道にまで達せず、内縁が胃腔内に遊離しているものを不完全隔膜という。隔膜にはかならず片面に放射筋、他面に縦走筋があるが、一般に縦走筋はよく発達し、隔膜片面に上下にわたってかまぼこ型の隆起をなす。この筋肉を筋旗(きんき)といい、イソギンチャクが上下方向に縮むときに用いられる。隔膜内縁は口道より下で著しく蛇行し、隔膜糸となり、その内端は三叉畝(さんさうね)状の繊毛帯をもつ。隔膜内に生殖巣を発達させる。

 一般に隔膜対の発達は6の倍数で6+6+12+24+48+……となる。ある類では隔膜の下端に長い糸状の付属物をもち、そこには大形の刺胞(しほう)が密に並んでいて槍糸(やりいと)acontiumとよばれ、身を守るのに用いられる。足盤内部には放射状に走る足盤筋があり、岩などについたり、移動をしたりするのに用いられる。また、触手環の根元の体壁内部には、触手を囲むように周口筋とよばれる強い筋肉環があり、開いたイソギンチャクが急にしぼむときに機能する。

 体壁には胃腔まで達する孔(あな)をもつものがあり、この孔から槍糸を放出するところから槍孔(やりあな)とよばれる。体壁上には袋状の突起物vesicleや小石や貝殻を吸着する吸着疣(いぼ)verrucaをもつものがある。また、体壁上端に周辺球acrorhagiという球状突起をもつ種もあり、周辺球はその表面に細くて非常に長い刺胞を密に分布させ、同種の他クローン個体との闘争や身を守るのに用いられる。胃腔のうち、対をなす2枚の隔膜にはさまれた部分は内腔、対をなさない隣り合った隔膜にはさまれた部分は外腔とよばれ、一般に一つの内腔あるいは外腔の上外端から1本ずつの触手が出る。したがって触手の配列は隔膜の配列を反映して6+6+12+24+48+……と6の倍数として増加していく。イソギンチャクの触手は単純な長円錐状あるいは円筒状のものがほとんどであるが、あるグループのイソギンチャクでは、一つの内腔あるいは外腔にも複数の触手をもつものや、枝分れしたり突起を備えた触手をもつものもある。

[内田紘臣]

分布

すべて海産で一部の種が汽水域からも知られているが、淡水域からは知られていない。また、潮間帯上部から深海まで分布する。生息分布の最深記録は約1万メートル、また南・北両極から赤道に至るすべての海域に生息する。さらに深海の熱水鉱床に特異的に分布する種もある。着生基質は多くの種では岩質であるが、一部の種では砂泥底に生息し、サンゴ礁に生息する種ではイシサンゴ類の死骨格上に付着するものがある。また生きた貝類の殻上や、ヤドカリ類やカニ類が利用する貝殻上に付着するもの、カニ類の甲殻などに付着するもの、さらに八放サンゴのヤギ類に付着するものもある。一方、着底生活をせず一生浮遊生活をするものにウキイソギンチャクMinyasがある。

[内田紘臣]

生活史

イソギンチャクは一般に雌雄異体で、隔膜内に発達した生殖巣から卵および精子が口を通して海水中に放出され、そこで受精がおこり、卵割過程を経て嚢胚(のうはい)となり、さらに細長く伸びてプラヌラ幼生となる。プラヌラは、ある遊泳期ののちに着底し、変態して稚イソギンチャクとなる。遊泳期の間に最初の刺胞が現れる。着底後はじめて触手が発達するが、幼期にクラゲ寄生するヤドリイソギンチャク属Peachiaなどでは遊泳期にすでに触手が発達する。遊泳期の長さは種によって非常に異なるが、まったく遊泳期をもたない種もある。コモチイソギンチャクCnidopus japonicusでは、母体から吐き出された胚はただちに母親の触手によって母体壁の疣(いぼ)の間に押しつけるようにして付着され、小形のイソギンチャクになるまでそこで保育される。また、無性的に増殖する種も知られているが、多くはない。無性生殖には横分裂、縦分裂、出芽、裂片が知られる。ウメボシイソギンチャクActinia equinaでは、胃腔内の隔膜の一部が無性的にちぎれて小型のイソギンチャクとなり、成体の口から吐き出される。イソギンチャク類は一般に長命で、いままで飼育された最長記録は65年に達し、多くの大形のイソギンチャクは野外では100年近く生きるものと考えられる。

[内田紘臣]

生態

イソギンチャクは、体中に海水を流入させて体を膨らませる。刺激を与えると周口筋、隔膜の筋旗、体壁の環状筋、触手の環状筋と縦走筋などをすべて縮め、体中の海水を放出してすばやく小さくなる。イソギンチャクは足盤筋を使って移動できるが、その速度は小さく、速いものでも1時間に数センチメートルである。また、球状の下端(底球とよぶ)をもった砂泥地の種は蠕動(ぜんどう)運動によって移動する。ウキイソギンチャクは足盤内に気体を蓄え、体を逆さにして浮遊生活をするし、オヨギイソギンチャクBoloceroidesなどは触手を打ち振ってすこしの間泳ぐことができる。イソギンチャクは基本的に動物食で、触手に触れた小魚やエビなどの小動物を刺胞毒でしびれさせ、口からまる飲みする。胃腔内で消化・吸収したのち、残りかすはふたたび口から吐き出される。

 イソギンチャクは、全身に刺胞をもっているためか、あまり目だった外敵はいない。しかし、チョウチョウウオ類についばまれ、タラ類にも食べられるという。ヒトデ類にもイソギンチャクを食べるものがあり、ヒトデに襲われたフウセンイソギンチャク属Stomphiaの種は、海水を勢いよく噴き出し、ジャンプして逃げる。ミノウミウシの仲間にはイソギンチャクだけを食べる種が多くいるが、一般にイソギンチャクに比べて体が小さいので寄生に近い。さらに胃腔内には寄生性の橈脚(とうきゃく)類がみつかることがある。

 一方、イソギンチャクはいろいろな動物と共生する。共生の著名な例として、ヤドカリとの共生と、クマノミ類との共生がある。ヤドカリとの共生では互いに相手の種はほぼ決まっていて、日本ではベニヒモイソギンチャクCalliactis polypusがソメンヤドカリの入る貝殻上に着生し、ヤドカリイソギンチャクC. japonicaがケスジヤドカリの入る貝殻上に着生する。また、ヤドカリコテイソギンチャクPycanthus paguriがトゲツノヤドカリの大きいほうの鋏脚(きょうきゃく)上に着生する。クマノミ類は多くのイソギンチャクと共生するが、おもにハタゴイソギンチャクの種類に共生する。本州の中南部ではサンゴイソギンチャク属Entacmaeaにも共生している。そのほか、小形のカニ類が両方のはさみに小さなイソギンチャクを挟んでいたり、クモガニ科の種類の甲殻や脚(あし)に付着する種がある。さらに小形のエビやカニダマシやカニ類がイソギンチャクの触手の間で生活する。浅海性のイソギンチャクでは内胚葉組織中に褐虫藻をもち、その光合成産物を取得するという造礁性イシサンゴ類に見られるような共生をする種が多い。

[内田紘臣]

分類

イソギンチャク目は、隔膜糸端に繊毛帯を欠く原始的なムカシイソギンチャク亜目、繊毛帯をもち内腔に新たな隔膜が発達してくる内腔亜目、繊毛帯をもち外腔に新たな隔膜が発達してくるイマイソギンチャク亜目の3亜目に分けられる。ムカシイソギンチャク亜目には横分裂をして殖え、泳ぐことで有名なマメギンチャク属Gonactiniaが含まれる。内腔亜目にはやや深い所にすみ、厚い中膠(ちゅうこう)をもつ種が含まれる。レモンイエローの蛍光色をもつ紀伊半島特産のオオカワリギンチャクHalcurias levisはこの亜目に属する。大部分のイソギンチャクはイマイソギンチャク亜目に属し、この亜目は、足盤はあるが足盤筋を欠くオヨギイソギンチャク下目、周口筋を欠きかつ槍糸をもつか、中膠性の周口筋をもつ中筋下目、周口筋を欠き、8枚の大隔膜をもつムシモドキギンチャク下目、および内胚葉性の周口筋をもつ内筋下目の4下目に分けられる。

[内田紘臣]

人間生活との関係

九州の有明(ありあけ)湾の砂地にすむイシワケイソギンチャクGyractis japonicaおよびハナワケイソギンチャクNeocondylactis sp.は、なまのまま酢の物にするか、みそ汁の実として食用にされる。地中海産のウメボシイソギンチャク科の種類も食用にされることがあり、太平洋の熱帯地域ではベニヒモイソギンチャクが食用にされるという。イソギンチャクの刺胞毒は有毒クラゲの毒性と比較すると弱く、ほとんどの種は人間に無害である。

 しかし、南西諸島に生息するハナブサイソギンチャクActinodendron arboreumは多数枝分れした触手の先端に長い刺胞を密に分布させ、これに皮膚が触れると赤く腫(は)れあがり、やけどのようにただれる。ウンバチイソギンチャクPhyllodiscus semoniも南西諸島の漁師の間でウンバチ(海蜂)とよばれて恐れられている。そのほか、スナイソギンチャク、カサネイソギンチャク、カザリイソギンチャクなども、強力な刺胞をもつ有害種である。

[内田紘臣]

『内田亨編『動物系統分類学2』(1961・中山書店)』『岡田要他著『新日本動物図鑑』上(1965・北隆館)』『奥谷喬司・武田正倫・今福道夫編『日本動物大百科7』(1997・平凡社)』『山田真弓監修『動物系統分類学』追補版(2000・中山書店)』『内田紘臣著『イソギンチャクガイドブック』(2001・TBSブリタニカ)』


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