日本大百科全書(ニッポニカ) 「インクジェット用色素」の意味・わかりやすい解説
インクジェット用色素
いんくじぇっとようしきそ
inkjet colorant
インクジェットプリンターに用いられる色素。電子印刷に用いられるいろいろなプリンターのなかで、もっとも普及しているものは、この方式のプリンターである。日本郵便の資料によれば、2013年(平成25)用の年賀葉書のうち、インクジェット紙の発行は普通紙のそれを上回り、全体の約3分の2に達している。インクジェットプリンターのうち、もっとも普及しているタイプでは、色素として、水性の染料または顔料(がんりょう)が用いられる。染料系のインクとしては、直接染料または酸性染料という型の色素が用いられる。この型の染料は水溶性を賦与するためにスルホン酸のナトリウム塩の基(-SO3Na)を含んでいる。その単離には、多量の無機塩を溶解させて析出させる塩析という工程を経る。この工程では、無機塩の混入が避けられない。繊維や布の染色の場合はそのまま用いられるが、インクジェット用色素として用いる場合は、無機塩等の不純物を徹底的に除く精製過程が不可欠である。インクはきわめて細いノズルからジェット状に吐出されるので、ノズルの詰まりを防ぐ必要があるためである。もともとの染料自体は安価であるが、このような高度の精製が必要なために、きわめて付加価値の高い色素である。耐水性や耐光性を向上させるための分子設計が必要なことも、高価な製品となる原因である。顔料系のインクは、耐水性や耐光性はもともと高いが、微粒子の水中での安定性、ノズルの目詰まりの防止、プリントの耐摩擦性の向上などにくふうがこらされている。インクジェットプリンターは、紙以外にも、ペットボトル、捺染(なっせん)(布地)、電気回路(プリント基板)、ディスプレーや撮像素子(カラーフィルターなど。カラーフィルターは赤・緑・青RGBの3原色の微細なフィルターの集まり)、食品・医薬品(可食インクによる直接印刷)など、数多くの分野で用いられている。これらに対応するインクとして、水性ばかりでなく、油性のものも一部には用いられている。フォトクロミック色素、サーモクロミック色素、不可視色素、感光性樹脂をインクとして用いる試みも行われている。
[時田澄男]
『安西光利著「インクジェット用色素」(有機合成化学協会カラーケミカル事典編集委員会編『カラーケミカル事典』所収・1988・シーエムシー出版)』▽『中島一浩著「中島一浩のインクジェット・プリンタ論」前後編(『日経バイト』2004年5月号、6月号所収・日経BP社)』▽『山本高夫著「インクジェット(IJ)用色素」(時田澄男監修『エレクトロニクス用機能性色素』所収・2005・シーエムシー出版)』▽『藤江賀彦・花木直幸他著「インクジェットインク用高耐候性シアン,マゼンタ染料技術の開発」(『Fuji Film research & development No.54』所収・2009・富士フイルム)』