日本大百科全書(ニッポニカ) 「オセアニア音楽」の意味・わかりやすい解説
オセアニア音楽
おせあにあおんがく
メラネシア、ミクロネシア、ポリネシアの3地域の音楽。西洋文明の移入およびキリスト教の布教活動により、とくに20世紀に入って、オセアニアの音楽慣習は大きく変化した。たとえば、西洋風の賛美歌歌唱が多くの地域で取り入れられ、その歌唱様式は世俗的な歌唱にも影響を与えてきた。また、欧米の大衆音楽の要素と各地域固有の音楽の要素とを融合させ、ギター、ウクレレ、ハーモニカ、竹筒などの伴奏で歌われる世俗歌のジャンルは、パン・パシフィック・ポップと総称され、オセアニア全体でとくに若い世代に人気を博している。
音楽文化のこうした大きな変容のもとで、いまなお存続するオセアニア伝統音楽に共通の特徴としてあげられるのは、器楽より声楽が優勢であること、楽器のなかでは体鳴楽器の種類が多く弦鳴楽器が少ないこと、音楽や楽器と踊りとが密接なかかわりをもつこと、身体打奏が多用されること、などである。
[山田陽一]
メラネシアの音楽
メラネシアは、3地域のなかで、民族、言語、音楽がもっとも多様であり、社会の組織化のうえでいまなお音楽が重要な機能を果たしている例が多いなど、伝統的脈絡のなかでの音楽演奏慣習が比較的多く保持されている。歌唱は、朗唱的な独唱から五声部歌唱まで多様な様式が存在するが、なかでも、1人の先導者とコーラスの間での応唱的な集団歌唱が顕著にみられる様式である。伝統楽器には、割れ目太鼓、搗奏(とうそう)水太鼓、搗奏竹筒、口琴、木琴、がらがら、擦奏板、相互打奏棒、砂時計型・円筒型片面太鼓、一絃琴(いちげんきん)、楽弓、竹製横笛と縦笛(鼻笛もある)、パンパイプ、巻き貝トランペット、木製トランペット、拡声用竹筒、オカリナ、ブルロアラー、ダブルリード気鳴楽器、シングルリード気鳴楽器など、多くの種類があるが、部族単位で用いられている楽器の種類は少ない。
メラネシアでは、声楽だけでなく楽器や楽器音自体にも特別な価値が置かれていることや、非常に精緻(せいち)な器楽合奏が発達していることが注目される。たとえば、パプア・ニューギニアでは、搗奏水太鼓は精霊の体現とみなされているし、割れ目太鼓や竹製横笛の音は祖先霊の声として認識されている。こうした楽器には、通例、精巧な装飾や彫刻が施され、ほとんどの場合その演奏は成人男性だけに限られている。またソロモン諸島には、3~12台の異なる大きさの割れ目太鼓(それぞれ2本の棒で横たたきする)による複雑なポリリズム合奏や、筏(いかだ)型(1列、2列)や円環型の多種多様なパンパイプを、さまざまな奏法(構え方や息の吹き込み方など)を組み合わせて吹奏するデリケートな合奏形態が存在する。
歌唱と楽器演奏が行われるとき、しばしば踊りも同時に生起する。踊りは集団的で、集団全体が行進したり円運動したりするのが特徴である。各踊り手は多彩な身体装飾を施し、おもに胴と脚とをリズミカルに動かすが、その際、手足や腰につけた木の実飾りなどの発する音も音楽の一部を構成する。
メラネシアにおける特異な楽器や演奏形態として、パプア・ニューギニアでは、2人の男性が竹製横笛(指穴なし)をペアで吹き交替的に音表出を行うもの、カブトムシの羽音を口の中で増幅させ倍音を得るもの(原理的には口琴と同じ)、5人の男性が腰を振って、ペニスケースの先端を腹部につけた木の実に当て、ポリリズムを生み出しながら五声部歌唱を行い、これに、やはり5人の男性が木製トランペットをポリフォニックに吹いて伴奏するもの、などがあげられる。ソロモン諸島には、1人の奏者が片手に4本ずつ、片足に1本ずつ、合計10本の竹筒を指の間に挟み、それらを地面上に置いた石にリズミカルにたたきつけてポリフォニックな音構成を行うという独特な搗奏様式がある。バヌアツ(ニュー・ヘブリデス)は、割れ目太鼓の種類が多いことで知られるが、とくに大形の直立割れ目太鼓(先端に彫刻をもつ)は、所有者の権威を表すものとして高く評価されている。フィジーには、踊り、歌、器楽伴奏、身体打奏を組み合わせたメケとよばれる集団パフォーマンスがあり、そこにはメラネシア音楽とポリネシア音楽の両要素が盛り込まれている。
[山田陽一]
ミクロネシアの音楽
伝統的ミクロネシア音楽は、声楽が圧倒的に優勢で、独唱やユニゾン、オクターブ、多声による集団歌唱など、さまざまなスタイルをとる。楽器は伝統的に重要視されず、以前には口琴、がらがら、砂時計型片面太鼓、巻き貝トランペット、横笛、縦笛、鼻笛などが分布していたが、今日では、踊り手が用いる相互打奏棒のほかはほとんど用いられない。歌唱と踊りとのかかわりは密接で、1人の人間が歌唱(あるいは朗唱)、身体や打奏棒を用いたリズム伴奏、そして舞踊運動を同時に行うことが多い。踊りでは棒踊りが多く、とくに手と腕の動きが重要である。
中央カロリン諸島には、同じ歌詞が、異なる状況(浜辺にいるときや航海中など)に応じて、特別に選ばれたテンポ、リズム、旋律輪郭、発声で歌われるという独特な歌唱慣習がある。ヤップ諸島の立踊り、座(すわり)踊り、棒踊りからなる伝統的舞踊と舞踊歌とは、中央カロリン諸島から貢ぎ物としてもたらされたもので、現在も舞踊コンテストなどでしばしば行われている。ベラウ(パラオ諸島)では、政治的集会における集会歌や、互酬的祭礼での男踊りと女踊り(それぞれ立踊り、座踊り、棒踊り、踏(ふみ)踊りからなり、舞踊歌がつく)が特徴的である。歌唱の旋律とリズムはジャンルごとに規定されており、歌い手は既存の旋律に装飾変化をつけながら、自由に歌詞をのせていく。また、マトマトンとよばれる行進踊りは、ベラウの伝統的音楽様式(足の踏み鳴らしや身体打奏を含む)に、日本や欧米の大衆音楽の要素を取り入れたものである。
ポナペとチューク諸島(トラック諸島)では、大規模な四声部賛美歌歌唱に人気があり、翻訳だけでなく、新たな歌詞も現地の人々によって盛んにつくられている。キリバスティ(ギルバート諸島)の伝統的舞踊(立踊りと棒踊り)と舞踊歌とは、呪術(じゅじゅつ)儀礼に由来し、今日に歌い継がれている歌の内容も、霊を動かしたり、魚群を漁場に引き入れたりしようとする呪術的性格をもつものが多い。マリアナ諸島では、伝統音楽はほとんど絶滅したが、チャモリタとよばれるスペイン・アメリカ起源の旋律をもつ有節歌唱は、今日も存続している。
[山田陽一]
ポリネシアの音楽
ポリネシアは、地理的に広大な範囲からなるにもかかわらず、言語や歌唱様式の面で共通性、相互関連性が強い。たとえば、シラビックな朗唱(歌詞の1音節に旋律の1音が対応する)とメリスマ的叙唱(一つの母音を旋律化して伸ばして歌う)の2種類の独唱、そして平行かドローン(持続低音部)をもつ多声歌唱(2声か3声)の三つの歌唱様式が共存することや、歌唱技法としてできる限り音をとぎれさせまいとする傾向があり、独唱では長いフレーズを一息で歌ったり、多声歌唱では各声部のブレスをずらしたりすることなどが、ポリネシア全体に共通する特徴としてあげられる。楽器は、相互打奏棒、割れ目太鼓、巻き貝トランペット、横吹きの竹製鼻笛など、ポリネシア中に遍在するものもあるが、他の楽器については、搗奏竹筒(ハワイ)、木琴(東ポリネシア)、がらがら(ハワイ、東ポリネシア)、口琴(ニュージーランド、ハワイ)、円筒型片面太鼓(東ポリネシア)、片面締太鼓(ハワイ)、木製トランペット(ニュージーランド、マルケサス諸島)、パンパイプ(トンガ)、横笛(ニュージーランド)、オカリナ(ハワイ、タヒチ)、竹製クラリネット(マルケサス諸島)、ブルロアラー(ハワイ、ニュージーランド)など、限られた分布状態にある。踊りは定着的な座踊りが多く、手と腕の動きで歌詞の内容を表示する。東ポリネシアでは、立踊りでの腰の動きが特徴的である。
マルケサス諸島は、50以上の歌のジャンル名や16種類の膜鳴太鼓の名称、それぞれ3種類に分類される男性と女性の声や手拍子の打ち方など、音楽に関する広範な語彙(ごい)が存在することで知られる。タヒチはヨーロッパ文化導入の中心地であり、賛美歌歌唱のほかに、激しい動きの集団舞踊の伴奏として行われる、さまざまな音色、音高、リズム型からなる割れ目太鼓の合奏や、パン・パシフィック・ポップが現在優勢な音楽である。ハワイには、ポリネシアでもっとも多くの種類の楽器が存在する。有名な踊り「フラ」の伝統的様式は、踊り手が歌い手と伴奏者(がらがらや打奏棒を用いる)を兼ねる点で、ポリネシアの他地域の踊りと異なっている。サモアには、フィジーやタヒチからもたらされた大中小3種類の割れ目太鼓があり、古くからキリスト教会の行事を知らせるのに用いられている。また優雅な動きの集団舞踊(立踊り)には、座った合唱者と、床敷を丸めて棒でたたく伴奏者がつく。ニュージーランドの先住民マオリは、勇壮な踊り「ハカ」で知られる。これは元来、戦闘舞踊であったが、今日では訪問者の歓迎用や娯楽用に行われる。足や腕の力強い動きと、舌を突き出す終わり方が特徴的で、ポリネシアのほとんどの踊りにみられる手首の優雅な動きを欠き、伝統的朗唱スタイルでの速いテンポの歌唱が伴う。
[山田陽一]