改訂新版 世界大百科事典 「オーバネル」の意味・わかりやすい解説
オーバネル
Théodore Aubanel
生没年:1829-86
フランスの詩人。南仏プロバンス語の抒情詩,劇作で知られる。はじめルーマニーユやミストラルらと,トルバドゥール(中世南仏吟遊詩人)たちの輝かしい伝統を持つプロバンスの言語を刷新し,プロバンス独特の文学をうちたてて故国の顕揚をはかろうと,1854年文学再興運動〈フェリブリージュ〉を結成した。しかしこの会が,当時の王党主義や地方主義などに刺激されて,南フランスの独立,さらには北イタリアやカタルニャ地方などを包含したラテン人による一大連邦国家建設を意図する政治的結社の色彩を帯びるようになると,オーバネルはあくまでも芸術至上主義の立場から文学の純粋性を主張してゆずらず,ついに会を脱退した。この点,彼が象徴詩人マラルメと親交のあったこともうなずける。
〈南仏最大の抒情詩人〉といわれるオーバネルの作品には,抒情詩に,ロマン派や高踏派の詩人を思わせる典雅な恋愛詩集《笑み割るるざくろ》(1860),《アビニョンの娘たち》(1885),《沈める太陽》(1899),韻文の戯曲に,はげしい情欲のとりこになった人間の運命を描いた《罪のパン》(1882),《牧人》(1935),《誘拐》(1948)などがある。これらの作品には,地中海沿岸の風土にはぐくまれ,ラテン人の濃い血を受けた南仏人に共通する明るさと情熱とがうかがいうる。ちなみに,オーバネルの名は,上田敏の《海潮音》に収められた珠玉のような訳詩によって,日本でも早くから親しまれている。
執筆者:杉 冨士雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報