ラテン人(読み)らてんじん(英語表記)Latini ラテン語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラテン人」の意味・わかりやすい解説

ラテン人
らてんじん
Latini ラテン語

本来、古代イタリアのラティウム地方に住み、ラテン語ないしこれと同系の言語を話した種族。紀元前10、9世紀ごろアルバが中心であったが、前7世紀以降プラエネステ、トゥスクルム、アリキア、アルデアなどの都市が建設され、これらの間でラテン同盟(都市国家連合)が結成された。ローマ人も元来はアルバから進出したラテン人の一派であったが、ローマは王政末期までにラティウム随一の都市国家に成長した。前496年ごろローマとラテン同盟はレギルス湖畔で会戦したが、以後両者は協力しラテン植民市を建設した。前340年、両者は再度武力衝突した(ラテン戦争)。戦後(前338)ローマはラテン人の都市にローマ市民権を与えて、これをムニキピウムmunicipium(自治都市)とした。種族ないし民族としてのラテン人の歴史はこれで終わりを告げ、以後ラテン人という呼び名は、その後他の種族を含めて建設されたラテン植民市の市民という法的地位をさす用語になった。

[平田隆一]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラテン人」の意味・わかりやすい解説

ラテン人
ラテンじん
Latini

古代イタリア,ラチウム地方にいたインド=ヨーロッパ系人種。先史時代の先住民族に後代の侵入民族が混交 (こんこう) したものらしい。小共同体が前7~6世紀にかけて統合され,ローマなどのいくつかの都市を形成し,宗教的な結束をもっていた。彼らは独自の言語をもち,それがのちのラテン語となった。前6世紀にはエトルリア人支配を受けたが,ラテン人たちは互いに結束して対抗した。やがてローマが台頭し,他のラテン諸市は個々にローマと条約を結んで一応の独立を保ち,前1世紀初めまでその特権を有した。 (→ラテン同盟 )  

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