上田敏の訳詩集。1905年(明治38)本郷書院刊。《明星》を中心に発表してきた西欧29詩人の詩57編を集めたもので,フランス詩壇の最新思潮である高踏派,象徴派に重点が置かれている。原詩の気息を生かした柔軟な翻訳で,ルコント・ド・リールの〈象〉など高踏派の壮麗な詩体は雅語を連ねた重厚な調べに移され,G.ダヌンツィオの華麗な〈燕の歌〉,R.ブラウニングの清新な〈春の朝〉,カール・ブッセの浪漫的な〈山のあなた〉など,いずれも名訳の誉れが高い。しかしこの集の意義は何といっても象徴主義の紹介にあり,序文ではE.ベルハーレンの〈鷺の歌〉を例にして象徴詩論が試みられており,これは以後日本の象徴詩の指標となった。作品ではC.ボードレールの〈薄暮(くれがた)の曲〉,S.マラルメの〈嗟嘆(といき)〉,P.ベルレーヌの〈落葉(らくよう)〉など,いずれも原詩の情趣をよく伝え,訳詩の極致とされている。日本の近代詩はこの《海潮音》によってはじめて文学意識を獲得し,面目を一新したのであった。北原白秋らの〈パンの会〉の新風はここに生まれた。
執筆者:河村 政敏
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上田敏(びん)の訳詩集。1905年(明治38)10月、本郷書院刊。近代ヨーロッパの29人の詩人の、57編の作品を収める。「秋の日の/ヸオロンの/ためいきの」と始まるベルレーヌの「落葉(らくえふ)」、「山のあなたの空遠く/『幸(さいはひ)』住むと人のいふ」と歌い出されるカール・ブッセの「山のあなた」、さらにはブラウニングの「春の朝」など人口に膾炙(かいしゃ)した名編が多い。訳された詩人はイギリス、ドイツ、イタリアなど多彩な顔ぶれだが、なかでもフランスのボードレール、マラルメ、ベルレーヌ、ベルハーレンなど象徴派の作品の翻訳は、日本への最初の紹介として重要である。親しみやすい用語のなかに情感を盛り込んだ翻訳は、訳者の豊かな学識と柔軟な感性や美意識をみごとに結び合わせたもので印象深い。詩における「象徴」の意味を説く「序」も重要で、近代詩の流れを大きく動かす働きをした。薄田泣菫(すすきだきゅうきん)、蒲原有明(かんばらありあけ)、北原白秋(はくしゅう)らへの直接の影響も見逃せないが、その韻律のなかに西洋の香りをみごとに定着した文学世界が、近代日本人の感性に与えた影響も、また計り知れないものがあろう。
[中島国彦]
『『上田敏全訳詩集』(岩波文庫)』
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上田敏(びん)の訳詩集。1905年(明治38)刊。英・独・仏などの29人の詩57編を収録。浪漫主義的抒情が支配的となりつつあった詩壇に西欧の象徴主義詩風を移植し,若い詩人たちの詩作方法に多大な影響を与えた。訳者による「序」や「解説」での象徴主義の紹介も,詩壇の流れを変える大きな役割をはたした。マラルメ,ベルレーヌら象徴派詩人の詩のほか,高踏派(パルナシアン)の詩も多い。ベルレーヌ「落葉」,ブッセ「山のあなた」などは有名。
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…これらの作品には,地中海沿岸の風土にはぐくまれ,ラテン人の濃い血を受けた南仏人に共通する明るさと情熱とがうかがいうる。ちなみに,オーバネルの名は,上田敏の《海潮音》に収められた珠玉のような訳詩によって,日本でも早くから親しまれている。【杉 冨士雄】。…
…明治30年代にはまた,与謝野寛(鉄幹)・晶子らが浪漫主義の旗をかかげ,新詩社を母胎に雑誌《明星》を創刊,一方,河井酔茗,横瀬夜雨,伊良子清白ら《文庫》派の詩人たちも清新な抒情詩の秀逸を数多く発表した。薄田泣菫の《白羊宮》(1906),蒲原有明の《春鳥集》(1905)は,新体詩の達しえた高度に複雑な言語美の世界を示したが,彼らの高踏的・象徴的詩風は,フランス高踏派や象徴派に主眼をおいた訳詩によって日本近代詩史に甚大な影響を及ぼした上田敏の《海潮音》(1905)と同じ精神の土壌から発していた。訳書としての《海潮音》が明治末期の詩界で果たしたのと同様な役割を大正末期・昭和初期に果たしたのは,堀口大学の訳詩集《月下の一群》(1925)である。…
…純真な女工の歌により4人の悪人が改心する物語について,複数の登場人物が自分の立場から意見を述べる〈劇的独白〉の手法がいかされている。この作品は上田敏の《海潮音》に〈春の朝(あした)〉として訳出されている。 46年には女流詩人エリザベスと結婚,フィレンツェで幸福な生活を送り,傑作《男と女》(1855)を完成させた。…
…晩年,精神的・肉体的障害に苦しみ麻酔剤クロラールの中毒にかかり,多彩な生涯をとじた。日本では蒲原有明《独絃哀歌》(1903)や上田敏《海潮音》(1905)にロセッティのソネット数編が訳され,有明の恋のよろこびと恐れを観念的・象徴的にうたう詩風には〈生命の家〉の影響がみられる。【湊 典子】【松浦 暢】。…
※「海潮音」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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