海潮音(読み)かいちょうおん

精選版 日本国語大辞典 「海潮音」の意味・読み・例文・類語

かいちょう‐おん カイテウ‥【海潮音】

[1] 〘名〙
① 遠くから打ち寄せる海の波の音。ひたひたと寄せて来るうしおの響き。
※宝覚真空禅師録(1346)乾・山城州東山建仁禅寺語録「海潮音裡別宮商底、不出来
② 仏語。仏、菩薩の、時をたがえず衆生を導き恵みを与えることを、海水が時を定めて干満するのにたとえた語。
※落梅集(1901)〈島崎藤村〉寂寥「波羅蜜の海潮音をとどろかし」 〔法華経‐普門品〕
[2] 訳詩集。上田敏訳。明治三八年(一九〇五)刊。ヨーロッパの詩人二九人の作品五七編を収める。象徴派高踏派重点を置き、日本象徴詩先駆となる。ベルレーヌの「落葉」、ブッセの「山のあなた」、ブラウニングの「春の朝(あした)」など名訳が多い。

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デジタル大辞泉 「海潮音」の意味・読み・例文・類語

かいちょう‐おん〔カイテウ‐〕【海潮音】

波の音。潮の響き。潮音。
仏語。仏・菩薩ぼさつの広大な慈悲の音声があまねく聞こえることを波の音にたとえた語。潮音。
[補説]書名別項。→海潮音

かいちょうおん【海潮音】[書名]

上田敏の訳詩集。明治38年(1905)刊。西欧の詩人29人の作品57編を訳したもの。日本の近代詩、特に象徴主義導入に大きな影響を与えた。

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改訂新版 世界大百科事典 「海潮音」の意味・わかりやすい解説

海潮音 (かいちょうおん)

上田敏の訳詩集。1905年(明治38)本郷書院刊。《明星》を中心に発表してきた西欧29詩人の詩57編を集めたもので,フランス詩壇の最新思潮である高踏派,象徴派に重点が置かれている。原詩の気息を生かした柔軟な翻訳で,ルコント・ド・リールの〈象〉など高踏派の壮麗な詩体は雅語を連ねた重厚な調べに移され,G.ダヌンツィオの華麗な〈燕の歌〉,R.ブラウニングの清新な〈春の朝〉,カール・ブッセの浪漫的な〈山のあなた〉など,いずれも名訳の誉れが高い。しかしこの集の意義は何といっても象徴主義の紹介にあり,序文ではE.ベルハーレンの〈鷺の歌〉を例にして象徴詩論が試みられており,これは以後日本の象徴詩の指標となった。作品ではC.ボードレールの〈薄暮(くれがた)の曲〉,S.マラルメの〈嗟嘆(といき)〉,P.ベルレーヌの〈落葉(らくよう)〉など,いずれも原詩の情趣をよく伝え,訳詩の極致とされている。日本の近代詩はこの《海潮音》によってはじめて文学意識を獲得し,面目を一新したのであった。北原白秋らの〈パンの会〉の新風はここに生まれた。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「海潮音」の意味・わかりやすい解説

海潮音
かいちょうおん

上田敏(びん)の訳詩集。1905年(明治38)10月、本郷書院刊。近代ヨーロッパの29人の詩人の、57編の作品を収める。「秋の日の/ヸオロンの/ためいきの」と始まるベルレーヌの「落葉(らくえふ)」、「山のあなたの空遠く/『幸(さいはひ)』住むと人のいふ」と歌い出されるカール・ブッセの「山のあなた」、さらにはブラウニングの「春の朝」など人口に膾炙(かいしゃ)した名編が多い。訳された詩人はイギリス、ドイツ、イタリアなど多彩な顔ぶれだが、なかでもフランスのボードレール、マラルメ、ベルレーヌ、ベルハーレンなど象徴派の作品の翻訳は、日本への最初の紹介として重要である。親しみやすい用語のなかに情感を盛り込んだ翻訳は、訳者の豊かな学識と柔軟な感性や美意識をみごとに結び合わせたもので印象深い。詩における「象徴」の意味を説く「序」も重要で、近代詩の流れを大きく動かす働きをした。薄田泣菫(すすきだきゅうきん)、蒲原有明(かんばらありあけ)、北原白秋(はくしゅう)らへの直接の影響も見逃せないが、その韻律のなかに西洋の香りをみごとに定着した文学世界が、近代日本人の感性に与えた影響も、また計り知れないものがあろう。

[中島国彦]

『『上田敏全訳詩集』(岩波文庫)』

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百科事典マイペディア 「海潮音」の意味・わかりやすい解説

海潮音【かいちょうおん】

上田敏の訳詩集。1905年刊。フランスの高踏派象徴主義の詩を中心に,英,独,伊,プロバンスの詩人29人の詩57編を収める。名訳として知られ,ブッセの《山のあなた》やベルレーヌの《落葉》などが名高い。また序文に象徴詩論を収めて日本象徴詩運動に理論的根拠を与え,詩壇に大きな影響を与えた。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「海潮音」の解説

海潮音
かいちょうおん

上田敏(びん)の訳詩集。1905年(明治38)刊。英・独・仏などの29人の詩57編を収録。浪漫主義的抒情が支配的となりつつあった詩壇に西欧の象徴主義詩風を移植し,若い詩人たちの詩作方法に多大な影響を与えた。訳者による「序」や「解説」での象徴主義の紹介も,詩壇の流れを変える大きな役割をはたした。マラルメ,ベルレーヌら象徴派詩人の詩のほか,高踏派(パルナシアン)の詩も多い。ベルレーヌ「落葉」,ブッセ「山のあなた」などは有名。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「海潮音」の意味・わかりやすい解説

海潮音
かいちょうおん

上田敏 (びん) の訳詩集。 1905年刊。 02年頃から手がけたフランス象徴派,高踏派の訳詩を集め,序として解説を施したもので,日本の象徴詩運動の先駆となった。

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旺文社日本史事典 三訂版 「海潮音」の解説

海潮音
かいちょうおん

明治後期,上田敏の訳詩集
1905年刊。イギリス・フランス・ドイツ・イタリアの訳詩57編を収録。特にフランスの高踏派・象徴派の詩をよくこなれた卓抜な翻訳によって紹介し,明治の詩壇に大きな影響を与えた。

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世界大百科事典(旧版)内の海潮音の言及

【オーバネル】より

…これらの作品には,地中海沿岸の風土にはぐくまれ,ラテン人の濃い血を受けた南仏人に共通する明るさと情熱とがうかがいうる。ちなみに,オーバネルの名は,上田敏の《海潮音》に収められた珠玉のような訳詩によって,日本でも早くから親しまれている。【杉 冨士雄】。…

【詩】より

…明治30年代にはまた,与謝野寛(鉄幹)・晶子らが浪漫主義の旗をかかげ,新詩社を母胎に雑誌《明星》を創刊,一方,河井酔茗,横瀬夜雨,伊良子清白ら《文庫》派の詩人たちも清新な抒情詩の秀逸を数多く発表した。薄田泣菫の《白羊宮》(1906),蒲原有明の《春鳥集》(1905)は,新体詩の達しえた高度に複雑な言語美の世界を示したが,彼らの高踏的・象徴的詩風は,フランス高踏派や象徴派に主眼をおいた訳詩によって日本近代詩史に甚大な影響を及ぼした上田敏の《海潮音》(1905)と同じ精神の土壌から発していた。訳書としての《海潮音》が明治末期の詩界で果たしたのと同様な役割を大正末期・昭和初期に果たしたのは,堀口大学の訳詩集《月下の一群》(1925)である。…

【ブラウニング】より

…純真な女工の歌により4人の悪人が改心する物語について,複数の登場人物が自分の立場から意見を述べる〈劇的独白〉の手法がいかされている。この作品は上田敏の《海潮音》に〈春の朝(あした)〉として訳出されている。 46年には女流詩人エリザベスと結婚,フィレンツェで幸福な生活を送り,傑作《男と女》(1855)を完成させた。…

【ロセッティ】より

…晩年,精神的・肉体的障害に苦しみ麻酔剤クロラールの中毒にかかり,多彩な生涯をとじた。日本では蒲原有明《独絃哀歌》(1903)や上田敏《海潮音》(1905)にロセッティのソネット数編が訳され,有明の恋のよろこびと恐れを観念的・象徴的にうたう詩風には〈生命の家〉の影響がみられる。【湊 典子】【松浦 暢】。…

※「海潮音」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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