お年玉付き年賀はがき(読み)おとしだまつきねんがはがき

知恵蔵の解説

お年玉付き年賀はがき

日本郵便株式会社が発行する、抽選で商品が当たるくじ付きの年賀はがき。通例11月1日に発売され、2014年には通常の郵便はがきと同額である52円のものや、新年や各地の風物をモチーフにした絵入りで寄付金5円が付いたもの、キャラクターをあしらったり、インクジェット写真用など特別な用紙を使ったりする各種のはがきが売り出された。
新年を寿(ことほ)ぐあいさつに書簡が用いられたのは平安時代頃と見られ、貴族の風習として広まったと考えられている。必ずしも元旦に届けるというものではないが、江戸時代には庶民の間でも年賀の書状のやり取りが行われていた。1871年に明治政府が郵便制度を確立し、73年に郵便はがきが発行されると間もなく、年賀状をはがきで送るという習慣が広まった。その数が余りにも増大し通常の郵便業務に支障をきたしかねないことから、90年には年始の集配度数を制限するまでに至る。その対策として99年末から登場したのが「年賀郵便」の特別取り扱い制度で、一定期間内に指定郵便局に持ち込めば1月1日の消印を押捺(おうなつ)するというもの。1935年には年賀切手が発行され、これを私製はがきに貼ったものなども含めて、年賀はがきの枚数はピークを迎える。その後は戦争による物不足や40年の逓信省による自粛呼びかけなどにより激減した。敗戦後に年賀郵便の特別取り扱いが復活したのは48年、「お年玉くじ付き郵便はがき」が発行されたのは翌49年末。50年度用に初めての官製年賀はがきが1枚2円で発売され、同時に寄付金1円が付加されたお年玉くじ付きのはがきも販売された。お年玉くじのアイデアは大阪で洋品雑貨の会社を経営していた民間人が考案、当時の郵政省に何度もかけ合って採用された。この時の賞品は、特賞がミシン、1等は純毛洋服生地、2等以下は学童用グラブや傘などと実用品が主だった。賞品は世相を映し、高度成長期の洗濯機やマットレスなどを経て、娯楽的なものへと移り変わる。平成に入って、海外旅行やマッサージチェアなどいくつかの選択肢から選ぶという余暇を楽しむものが中心となっていた。近年の最高賞である1等は100万枚に1本程度の当選で、かなり高価なものが充てられていたが、2015年度については10万枚に1本となり、商品として現金1万円が提供される。2等はふるさと小包など、末等となる3等は恒例のお年玉切手シートである。携帯端末による「あけおめメール」増加などのあおりで、年賀はがきの発行枚数は04年度の約45億枚をピークに14年度には34億枚程度にまで激減し、15年度用の発行枚数は31億枚を割り込む。この減少傾向を、現金を賞品とすることで押しとどめられるのか注目されている。

(金谷俊秀 ライター/2014年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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