社会または社会集団における、着目する社会事象に関するデータを、主として現地での観察や面接によって収集し、記述(分析)する過程、あるいはその方法をいう。社会調査を特徴づけるのは、現地におけるデータ収集活動(フィールドワークfield work)である。実験などのように、データを得るための条件を厳格にコントロールすることは不可能だから、攪乱(かくらん)的要素がデータのなかに入り込む可能性を否定できないが、逆に、自然でありのままのデータが得られるという利点がある。もちろん、そのデータ収集は(さらに、処理、記述・分析を含めて)、客観的、体系的な方法によって行われなければならない。社会調査の結果が、ルポルタージュとか探訪記などとは異なっているのは、この点にある。
[原 純輔]
今日、社会調査はさまざまな用途に用いられている。大きくは、行政調査、社会福祉(事業)調査、市場調査、世論調査、学術調査などに分けることができるが、その起源は、それぞれ異なっている。
政府や地方自治体が行政上の資料を獲得することを目的として行う行政調査、とりわけ国勢調査(センサスcensus)は、もっとも古い起源を有している。すでに紀元前の中国やエジプトなどの古代国家、日本でも大和(やまと)朝廷のころから、徴兵や徴税のための戸口調査が行われていた。近代的な国勢調査の開始については諸説があるが、アメリカ(1790)およびイギリス(1801)で行われたものが、比較的初期の本格的調査といえるだろう。日本では、1920年(大正9)以来、5年ごとに行われてきたが、現在では、農林業センサス、経済センサスなども行われている。
社会福祉(事業)調査とは、種々の社会問題の実態と要因を明らかにすることによって、社会改革を目的とする調査である。社会福祉調査の起源とされるのは、18世紀後半から19世紀にかけてヨーロッパの社会事業家たちが行ったものである。これは、資本主義経済の浸透に伴って社会問題が深刻化した時期に一致している。イギリスのJ・ハワードの刑務所の実態についての調査(1777)、ル・プレーのヨーロッパ諸国の労働者家族調査(1855)、C・ブースのロンドンの労働者調査(1892~1903)は先駆とされている。20世紀に入るとアメリカにおいても盛んになり、ケロッグPaul Underwood Kellogg(1879―1958)のピッツバーグ調査(1909~1914)、ハリソンShelby Millard Harrison(1881―?)によるスプリングフィールド調査(1920)をはじめ、急速な工業化がもたらす都市の社会問題を中心に据えた多くの調査が行われた。日本では、高野岩三郎の「東京ニ於(オ)ケル二十職工家計調査」(1916)が本格的な社会福祉調査の初めといえるだろう。
少数のエリートにかわって、社会の主人公となった大衆の商品購買動向などの市場調査、政治的問題などに関する世論調査のように、営利的・サービス的目的をもった調査は、アメリカにおいて始められた。市場調査はカーチス出版社が1911年に、世論調査は、すでに19世紀末に大統領選挙予測調査を『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙が行っている。そして1930年代には多くの専門調査機関が生まれている。日本にアメリカから本格的に導入されたのは第二次世界大戦後であるが、今日ではマスコミ各社、専門調査機関により膨大な数の調査が実施されている。市場調査や世論調査は、その精粗が直接、企業や調査機関の経営を左右しかねないという性格をもっている。その意味で、この分野が社会調査技術の発展に大きく寄与したのも当然であろう。また、行政調査や社会福祉調査がいわゆる実態調査を中心とするのに対し、社会心理学的調査が中心であるという特色をもっており、この面での寄与も大きい。
社会調査は学術研究の手段でもある。とりわけ社会学、社会心理学、文化人類学など、一般に実験を行うことが困難な分野では、実証のための主要な用具となっている。その目的は、実態調査から仮説の厳密なテストに至るまで多岐にわたっている。学術調査としての社会調査は、これまで述べた種々の用途の調査の方法的成果を総合する形で、1920年代のアメリカで始められた。社会学を例にとると、W・トマスとF・ズナニエツキによるポーランド移民の研究(1918~1920)、E・バージェスらによるシカゴの調査(1925)、また、リンド夫妻による小都市共同体の調査(1929、1937)などは、古典的な業績として知られている。その後、第二次世界大戦中に多くの研究者が動員されて、戦時の緊急問題解決のための種々の調査にあたったことも、学術調査技術の発展の契機となった。なお、学術調査についても、日本に本格的に導入されたのは戦後のことである。
[原 純輔]
社会調査では、社会や集団自体、あるいは、それらを構成する個人や世帯が対象となるが、その範囲と、それに伴うデータ処理の方法によって、事例調査と統計調査に分けられる。事例調査とは、着目している社会事象についての、比較的少数の典型的な事例(ケース)を選び出して、さまざまな角度から調査を行う方法である。社会病理現象の分析などによく用いられる。統計調査とは、世論調査など、比較的大量の事例について調査を行い、社会や集団の特性を統計的(数量的)に把握する方法である。事例調査の結果についても、統計的に処理することは不可能ではないが、事例が少ないので、実際に行われることはまれである。両者を比較すると、事例調査では、対象についての深い分析が可能となるが、その結果の一般性の程度がつねに問題となる。逆に、統計調査は、一般性という面では優れているが、分析が平板になりがちだという欠点がある。そこで、二つの方法を組み合わせて調査が行われることも多い。
なお、統計調査において、社会や集団を構成しているすべての個体(個人、世帯など)について調査を行う方法を全数調査という。元の個体全体(これを母集団とよぶ)から一定数を標本として選び出して調査を行い、その結果から母集団の状態を統計的に推測する方法を標本調査という。このとき、標本を確率的に選び出す作業を標本抽出(サンプリングsampling)という。標本調査には誤った推測を行う可能性が存在しているが、全数調査でも、個体数が多いだけに、全体としては膨大なミスの可能性が付きまとう。したがって、調査の費用を考えると、全数調査はあまり効率的な方法とはいえない。
[原 純輔]
社会調査は、データ収集の方法により、大きくは観察と狭義の調査とに分けられる。さらに後者は面接調査と自記調査とに分けられる。
観察の方法には非参与観察と参与観察とがある。非参与観察は、調査者(観察者)が第三者として対象から距離を置いて観察する方法である。観察の客観性を保ち、大局的な観察を行うのには適しているが、長期にわたる場合、対象者の行動に影響を与えやすい、心理的・情緒的な側面までは理解しにくいなどの欠点がある。そこで、社会調査として行われる観察は、対象とする社会や集団のなかに、その一員として入り込み、内部から観察する参与観察法が採用されることが多い。文化人類学的調査はその典型である。
面接調査とは、調査者(あるいは、その代理としての調査員)が口頭で質問し、対象者(回答者)に口頭で答えてもらうものである。面接の方法には指示的面接と非指示的面接とがある。指示的面接とは、質問内容と質問の仕方が明確に定められている方法で、通常は、質問文と回答の選択肢が記載された調査票が用いられる。手続が客観的で、調査者の違いによる影響が少ないので、多くの事例を比較することが可能である。今日、社会調査の多くがこの形態をとっているが、とりわけ質問の仕方によって回答が変わりやすい社会心理学的調査では、この方法が必須(ひっす)である。非指示的面接とは、調査者が臨機応変に質問していく方法で、指示的面接に比べて、より深みのある情報を得る可能性があるが、多分に調査者の面接能力に依存しており、客観性にも乏しいという欠点がある。聞き取り調査ともよばれる。なお、面接は、個別訪問面接が原則であるが(簡単な調査の場合には電話調査を行うこともある)、非指示的面接の場合には、活発な回答を引き出すために集団面接の形をとることもある。
自記調査とは、回答者自身に調査票を読んで答えを記入してもらう方法である。一般に、調査員が調査票を配布・回収して回る留置(とめおき)(配票)調査か、郵送調査の形で行われる。費用が安くすむが、回答者の誤りや虚偽をチェックしにくい、回答の記入者が対象者本人であることを確認できないなどの欠点がある。しかし、かならずしも特定の個人に記入してもらう必要がなく、また、時間をかけて正確に記入してもらったほうがよい、世帯についての実態調査などには向いていよう。なお、学校の生徒や企業の従業員などに対しては、1か所に集まってもらって一斉に自記調査を行う集合調査という方法もある。
以上のようないわば古典的な調査にかわって、今日の市場調査や世論調査でよく用いられるのは、電話およびインターネットによる調査である。電話調査は戸別訪問面接調査と、インターネット調査は郵送調査と似た性質をもっているが、相対的に安価であり、広い範囲から短時間のうちに大量のデータを集められるという長所をもっている。しかし、固定式から携帯式へという電話利用法の変化や、インターネット非利用者の数は決して無視できないという事実から、いずれの方法についても調査結果の代表性に関して否定的な研究者が多い。
[原 純輔]
『G・イーストホープ著、川合隆男・霜野寿亮監訳『社会調査方法史』(1982・慶応通信)』▽『原純輔・浅川達人著『社会調査』改訂版(2009・放送大学教育振興会)』▽『R・M・グローブス他著、大隅昇監訳『調査法ハンドブック』(2011・朝倉書店)』
社会調査とは,実際の社会的場面における人間行動に関するデータを収集し,それを解析することによって,対象とする人間行動について記述と説明をすることにある。データ収集を現地(フィールド)で行うことから,現地調査とほぼ同じものとされるが,データ解析をも含むことから,広く経験社会学とみなしてよい。社会調査は,人間行動に関する広範な研究法の一つであるが,あらかじめ実験的場面を設定せず,実際の社会的場面における人間行動をありのままに調査研究するところに大きな特色がある。この結果,社会調査では,実験的研究のように,仮説の厳密なテストが不可能であるばかりでなく,社会調査の実施過程において,種々の調査誤差に直面することとなる。それにもかかわらず,社会調査は,一般に社会問題として総称されるような対象について,仮説を構成し,それをテストするモデルを選択し,それが唯一の真理であるとは確証しないまでも,少なくとも他の仮説やモデルよりも有効であることを示すことができる。
社会調査は,大きく分けてデータの収集とデータの解析という二つの段階から構成されている。データ収集の段階は,(1)問題の設定と仮説の構成,(2)調査設計(調査票の作成や標本抽出の設計などが含まれる),(3)データ収集の実施過程から構成されている。データ解析の段階は,(1)データの整理と構造化,(2)解析設計(モデルの選択などが含まれる),(3)データ解析による結果の提示,から構成されている。形式的にみれば,すべての人間行動に関する経験理論的研究と方法的には何ら変わるところはない。データ収集については,人口調査(センサス)の例にみられるようにきわめて長い歴史をもっているが,データ解析については,多数の試行錯誤のうえようやく科学的と呼ばれる段階に到達してきているといってよい。
社会調査は,実際の社会的場面における調査研究という特色から,調査誤差から免れることはできない。そのために,データ収集の段階においては,社会調査の標準化を促進してきた。それは,調査票の標準化,すなわち質問文の言い回し,回答文の作り方,質問文の順序,フェース・シート(対象者の基本的属性)の項目の選択等々をできるだけ画一化し,調査データを相互に比較可能にして,調査データの信頼性をテストすることである。さらに標本抽出の設計を無作為標本抽出として,それも画一化すれば,標本抽出の精度も測定可能となる。このように,調査データの収集段階における標準化は,調査データの精度を高めることに大きな貢献をなした。しかし,調査データの解析の段階においては,いまだ開発途上にある。社会調査で収集されるデータのタイプは,多種多様であり,概念をはじめとして,データのタイプを意義づける理論も欠如している。したがって概念と指標との関連,指標の測定水準の区別(名義尺度,間隔尺度,比率尺度等々),適合する統計的モデルの選択等々,データの解析は一義的には決定されず,それぞれにもっとも適合したものを発見し,適用していくことが必要である。
あえて単純化すれば,社会調査のデータ解析では,量的データと質的データの二つに大別される。量的データにおいては,種々の多変量解析の方法が適用され,質的データでは,クロス分析から最近の対数線型モデルまで種々の方法がある。しかし調査データそのものが,実際の社会的場面から収集されたものである以上,われわれに未知なる要因がデータに含まれていることはいうまでもない。したがって解析の結果からのみ,それを真理として提示することはできないことに留意する必要があろう。
なお,これら社会調査の方法には,社会現象を量的に把握し統計的に調査する〈統計調査法〉,ある社会集団の詳細な記述のなかから一般的法則を見いだそうとする〈集約的調査法〉,調査票をもとに面接によって質問し記述する〈面接調査法〉,調査者自身が対象に入り込んで,その一員として行動しながら観察する〈参加観察法〉などがある。
執筆者:直井 優
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…1912年東京帝国大学哲学科を卒業し,富山薬学専門学校講師,東大助手を経て,19年大原社会問題研究所所員となる。20年東大講師となり,欧米へ留学し,社会調査を研究する。22年帰国,助教授となり,その後47年まで東京帝国大学で社会学を講じ,実証的学風の確立に努めた。…
※「社会調査」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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