クライエント中心療法(読み)クライエントちゅうしんりょうほう(その他表記)client-centered therapy

最新 心理学事典 「クライエント中心療法」の解説

クライエントちゅうしんりょうほう
クライエント中心療法
client-centered therapy

アメリカの心理学者・心理療法家であるロジャーズRogers,C.R.によって創始され,展開されてきたカウンセリング・心理療法理論技法クライエントclientとは「顧客・依頼者・来談者」の意で,わが国では来談者中心療法と訳されることもある。また,このアプローチ理念の到達点での表現であるパーソン・センタード・アプローチperson-centered approach(PCA)とよばれることも多い。ロジャーズの理論は,いくつかの段階を経て,その呼称と基本的アプローチの適応範囲は変化しており,そのプロセスで深化された基本理念は,継承されて発展している。

【非指示的療法の提起 1940~1950】 ロジャーズは,『カウンセリングと心理療法Counseling and Psychotherapy』(1942)で,カウンセリングと心理療法はいずれも,個人との持続的・直接的な接触による行動・態度の建設的な変容の支援という点で基本的に同じ方法を活用しているとして両語を互換的に用い,その支援の目的は,特定の問題解決ではなく個人の成長と自立であるとして,非指示的療法non-directive therapyを明確に打ち出した。「非指示的」ということばは従来の心理療法,とりわけ心理療法家の「指示的」方法に対するアンチテーゼとして受け取られ,心理学界に大きな論争を起こすことになる。

【クライエント中心療法の展開 1950~1964】 一方,ロジャーズは,「非指示」という用語が方法論の強調と受け取られる誤解を解くために,その真意を『クライエント中心療法Client Centered Therapy』(1951)で展開した。クライエント中心とは,人間の尊厳に対するカウンセラーの姿勢・態度から生まれるアプローチであり,カウンセリングで援助を求めている人は依存的な患者ではなく,かけがえのない個人を生きているクライエントであること,カウンセラーはその個人の価値と意義を尊重し,自己実現傾向を信頼する人間観と基本的態度をもっている人であることを強調した。カウンセリングの技術はそこから必然的に導き出されるものであるとして,以後,カウンセラーの態度とクライエントの変化の探究を続けた。その成果は,「治療におけるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件」(1957,1959)として論じられ,治療に必要で十分な条件として,⑴二者の心理的接触,⑵来談者は傷つきやすく,不安定で自己不一致の状態にあること,⑶カウンセラーは自己一致congruentしており,統合integratedされていること,⑷カウンセラーはクライエントに対して無条件の肯定的配慮unconditional positive regardを経験していること,⑸カウンセラーはクライエントの内的世界に共感的理解を経験しており,この理解をクライエントに伝達するよう努めていること,⑹クライエントがカウンセラーの受容と理解を少なくとも最低限は知覚していること,の6条件が提示された。クライエント中心療法の中核となる仮説は,カウンセラーが関係の中で,クライエントに本来備わっている成長への潜在力を発揮できるような風土づくりをすることであった。

 1960年代後半になると,援助的関係の特質が論じられるようになり,6条件の中の自己一致を真実性realnessあるいは純粋さgenuineness,無条件の肯定的配慮を尊重prizing,受容acceptance,信頼trustと表現を変えながら共感的理解empathic understandingとともに3条件に統合され,最終的には,「純粋さgenuineness」,「配慮caring」,「共感的理解」という概念で定着していった。晩年のロジャーズは,とりわけ純粋さを強調するようになっている。

 一方,ロジャーズはクライエント中心療法の理論を裏づけるために1950~1960年代,仲間とともに実証的データによる組織的な研究調査を多数行なっている。「心理療法とパーソナリティの変化」(1959)と「治療的関係とそのインパクト――統合失調症者との心理療法の研究」(1967)は代表的な論文である。前者は,自発来談の神経症レベルのクライエントの自己概念の測定によって建設的パーソナリティの変化を明らかにしたものであり,連続的な変化のストランズ(より糸)によるカウンセリングの過程尺度process scaleとしてまとめられ,その後のカウンセリング過程研究の道を開いた。後者は,クライエント中心療法の3条件を統合失調症の人びとに適用することにより起こるセラピーのプロセスの変化を測定したものである。この研究仲間の一人であったジェンドリンGendlin,E.T.はその後,情緒的体験過程に焦点を当てたフォーカシングfocusingという自己理解のための方法と心理療法を開発している。面接の録音記録を実証研究に活用する方法はロジャーズに始まったといわれるように,この時代にセラピーの実証研究の可能性を促した。

【エンカウンター・グループ活動 1964~1974】 これらの研究と実践によって確立した援助的関係の特質を支援関係に限らずより広い人間関係へ適用しようとしたのがエンカウンター・グループとよばれる小グループ活動である。1940年代,すでにロジャーズはカウンセラーの訓練に集中的グループ経験を活用しており,その有効性を認めていた。1964年以降,その経験を広げて多様な参加者の対人関係と個人のより豊かな成長に焦点を当てたエンカウンター(出会い)のグループを試みたのである。形式的なリーダーもテーマもない非構成的とよばれる小グループでは,グループの力を信頼したファシリテーター(促進者)と参加者による相互支持の対話が展開され,ありのまま(純粋さ)の自己と他者との出会いの体験となる。その体験はすべての人びとの人格変化,行動変化,社会的問題解決の基本であることが確かめられていった。この活動はそのほかの多様な小グループ活動の先駆となり,ロジャーズ自身「今世紀最大の社会的発明」と指摘したほど世界中で展開されていった。

【パーソンセンタード・アプローチ(PCA)1974~1987】 エンカウンター・グループを支える基本理念は,やがてロジャーズの有機体としての人間とその集まり,コミュニティへの信頼へと深化され,「クライエント中心」を「人間中心person-centered」に変えた新たな展開に移る。1974年に開始されたPCAは,コミュニティの新しいあり方を模索する100人規模の16日間に及ぶ大グループ活動であり,そこで体験される混乱,葛藤,対決,出会い,グループ内治癒力,自己受容は,人びとが属している社会の疎外,人種間緊張,国内・国際摩擦などの深刻な問題に変化をもたらす契機となることが志向される。PCAは北米のみならずイギリス,ブラジル,スペイン,南アフリカ,冷戦時のソビエト連邦,日本などで開催され,国際的多文化間ワークショップ,集団間の緊張緩和のためのグループなどとして,現実の問題解決にも適応範囲を広げて展開され,世界平和への「静かなる革命」とよばれるようになっていった。 →カウンセリング →心理療法
〔平木 典子〕

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