グラウコス(読み)ぐらうこす(英語表記)Glaukos

日本大百科全書(ニッポニカ) 「グラウコス」の意味・わかりやすい解説

グラウコス
ぐらうこす
Glaukos

ギリシア神話、および伝説にしばしば登場する神や英雄の名。

(1)海神。もとはボイオティアの町アンテドンに住む漁師であったが、薬草を食べて不死となり、海中に身を投じて海神の仲間入りをした。預言能力をもち、船乗りたちの守護者でもある。アルゴ遠征隊のためにも種々尽力し、アルゴ船の建造者とも、また遠征に同行したともいわれる。彼は海神フォルキスの娘スキラを愛したが拒絶され、怒って彼女を六つの頭と12本の足をもつ怪物に変えた。一説には、彼女を怪物に変えたのはグラウコスに恋していたキルケの嫉妬(しっと)であったともいう。メネラオストロヤからの帰途マレアの岬に差しかかったとき、オレステスの母殺しを告げ知らせたのはこのグラウコスである。アイスキロスに、悲劇『海のグラウコス』(断片)がある。

(2)エフィラコリントスの古名)の王シシフォスとアトラスの娘メロペとの息子。妻はエウリノメで、ベレロフォンの父とされる(実の父はポセイドン)。テバイテーベ)近郊のポトニアイに住み、人肉を餌(えさ)に1頭の悍馬(かんば)を飼育していたが、イオルコスで催されたペリアス葬礼競技の際にこの馬を駆って戦車競技に出場し、イオラオスに敗れた。のちに狂ったこの馬に食われて死んだ。アイスキロスに悲劇『ポトニアイのグラウコス』(断片)がある。

(3)ベレロフォンの子ヒッポロコスの息子。したがって(2)のグラウコスの曽孫(そうそん)にあたる。サルペドンとともにリキア勢を率い、トロヤ軍中もっとも勇敢な将の一人とされた。戦闘中、かつて祖父ベレロフォンが友好の契りを交わしたオイネウスの孫ディオメデスと相まみえ、互いに武具を交換して両家の変わらぬ友好関係を確認したが、その際ディオメデスの武具は青銅製であったのに、グラウコスのほうは黄金製であったため相手に利を与える結果となった。のちにテウクロスに傷つけられるが、アポロンに治癒された。最後はヘクトルとともにパトロクロスの遺体をめぐる戦闘に出陣し、アイアス(大)に討ち取られたが、その死体はアポロンによってリキアへ連れ戻された。

(4)クレタ島の王ミノスの息子。母はパシファエ。まだ幼児のころ、ネズミを追って遊んでいるうちに誤って蜜(みつ)を入れる大甕(おおがめ)の中に落ち、溺死(できし)した。息子が行方不明になったのに驚いたミノスは、占い師を集めて行方を探らせたが、そのなかの1人ポリエイドスがグラウコスを発見し、薬草を用いて生き返らせた。またミノスは息子に預言術を教え込むようポリエイドスに強要し、そうするまでは故国アルゴスに帰さなかった。しかたなくポリエイドスはグラウコスに預言術を授けたが、いざ帰るというとき、自分の口中に唾(つば)を吐くようグラウコスに命じ、彼はいわれたままにそうしたのでたちまち預言術を忘れてしまったという。グラウコスの生命を救ったのはアスクレピオスだとする説もあり、これに取材してアイスキロスに『クレタの女』、ソフォクレスに『占い師』または『ポリエイドス』、エウリピデスに『ポリエイドス』があるが、すべて小断片である。

(5)トロヤ王プリアモスの数多い息子のうちの1人。妾腹(しょうふく)の子。

(6)同じくトロヤのアンテノルの息子。トロヤ落城の際、危ういところを父アンテノルとのよしみでオデュッセウスとメネラオスがこれを助けた。

(7)オデュッセウスの妻ペネロペイアに言い寄る数多くの求婚者のうちの1人。ドゥリキオンの島の男。

(8)ウェルギリウスの『アエネイス』に登場するイムブラソスの息子。トゥルヌスの槍(やり)に討たれて死ぬ。

(9)スパルタ人エピキデスの子。人から預かった金を詐取せんとしてデルフォイの神託を試したため、のちに一族の破滅を招いた。

[丹下和彦]

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改訂新版 世界大百科事典 「グラウコス」の意味・わかりやすい解説

グラウコス
Glaukos

もともと古代ギリシア語の〈青緑,灰色,銀ねず色〉を意味する形容詞で,この名をもった数人の神話・伝説中の人物がいる。おもなものは,(1)海神。オウィディウスの《転身物語》によれば,彼はもとボイオティア地方のアンテドンの漁夫であったが,たまたま口にした薬草のおかげで,上半身は人間,下半身は魚の姿をした海神となった。その後,まだ美少女だったスキュラSkyllaに求愛したものの相手にされなかったため,魔女キルケに助力を請うたところ,彼女はスキュラを海の女怪に変じてしまったという。この話はイギリスの詩人キーツの長詩《エンディミオン》の中でも,海神みずからの口から語られている。(2)英雄。コリントス王シシュフォスの子で,ベレロフォンの父。彼はボイオティアのポトニアイに住み,数頭の牝馬を人肉で飼育していたが,イオルコス王ペリアスの葬礼競技で戦車競走に出場して敗れたあと,自分の馬に食われて死んだ。その理由は,彼がイオルコスに逗留(とうりゆう)中,人肉を与えなかったためとも,牝馬をつがわせなかったので,女神アフロディテの怒りを買ったためともいう。アイスキュロスは彼を主人公にした悲劇《ポトニアイのグラウコス》を書いたが,断片しか現存しない。(3)リュキアの英雄。ヒッポロコスの子で,ベレロフォンの孫。したがって(2)のグラウコスの曾孫にあたる。彼はいとこのサルペドンとともにリュキア勢を率いてトロイアに出征,ギリシア軍と戦った。戦場でギリシアの英雄ディオメデスにまみえて名のりあったとき,互いの先祖の交誼を知って戦いを放棄,鎧を交換して別れた話はホメロスの《イーリアス》で有名。のちアキレウスの死体をめぐる戦闘で大アイアスに討たれた。(4)クレタ王ミノスと妃パシファエの子。幼いころ,蜜の大甕に落ちて死んだが,アルゴスの予言者ポリュエイドスPolyeidosが生命を蘇生させる草を身体にあてて生き返らせたという。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「グラウコス」の意味・わかりやすい解説

グラウコス
Glaukos

ギリシア神話の海神。もとはボイオチアのアンテドンに住むただの漁民であったが,あるとき偶然発見した不死の薬草を食べて海に飛込むと,ネレイデスたちに清められ,下半身が魚の形で,緑色の毛とひげのある体を海藻でおおわれた海神となり,予言の能力をもつようになった。もとは美しいニンフだったスキュラが,キルケの魔法によって恐ろしい怪物に変えられたのは,グラウコスの熱心な求愛を拒み続けたことが原因であったとされる。

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世界大百科事典(旧版)内のグラウコスの言及

【不老不死】より

…プロメテウスは,毒矢を射られたケンタウロスのケイロンから不死の命を譲り受けたといい,エンデュミオンはゼウス(一説には恋人である月神セレネ)に不老不死を願って許される。またグラウコスは薬草を食べて不死となる。神々の食物アンブロシアや神酒ネクタルも不死にする力をもつことで知られる。…

※「グラウコス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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