新撰 芸能人物事典 明治~平成 「コロムビア・トップ」の解説
コロムビア・トップ
コロムビア トップ
- 職業
- 漫才師
- 肩書
- 参院議員,漫才協団名誉会長
- 本名
- 下村 泰(シモムラ ユタカ)
- グループ名
- 旧コンビ名=コロムビア・トップ・ライト
- 生年月日
- 大正11年 5月6日
- 出生地
- 東京市 浅草区(東京都 台東区)
- 学歴
- 北辰電機青年学校〔昭和15年〕卒
- 経歴
- 昭和17年陸軍に入隊、加藤隼戦闘隊員として各地を転戦。復員後の21年、抑留中に知り合った池田喜作(初代ライト)と漫才コンビを組み、“青空トップ・ライト”としてデビュー。25年初代ライトが亡くなると2代目ライト(本名・島屋二郎)とコンビを結成。27年コロムビアレコード専属となり、コンビ名を“コロムビア・トップ・ライト”に改称、社会・政治を風刺した時事漫才で人気を集める。49年参院選全国区に初当選し、政界入り。漫才コンビは解消し、議員活動の傍ら一人で芸能活動を続ける。50年から二院クラブに所属。55年落選、57年コンビを復活するが、58年野坂昭如の衆院選出馬により繰り上げ当選。平成元年3期目の当選を果たし、二院クラブ代表も務めた。7、10年落選し政界を引退。昭和57年からあゆみの箱代表理事を務めるなど一貫して障害者福祉問題や老人問題に取り組み、20にのぼる福祉厚生関連法案の立法化に関わった。また39年東京の漫才師で作る漫才研究会(漫才協団)会長に就任、東京漫才の大御所として活躍し、門下から“青空千夜・一夜”“青空球児・好児”“青空はるお・あきお”らを輩出。晩年は胃癌や食道癌、中咽頭癌との闘病生活の傍ら、司会や漫談、内海桂子との“熟年漫才”コンビなどで活動を続けた。
- 所属団体
- 漫才協団(名誉会長)
- 受賞
- 芸術祭賞奨励賞〔昭和38年〕,日本文芸大賞(特別賞 第9回)〔平成1年〕「オレは芸人議員だ」
- 没年月日
- 平成16年 6月7日 (2004年)
- 家族
- 三男=下村 彰宏(俳優)
- 伝記
- 「東京漫才」列伝 内海 桂子 監修,富沢 慶秀 著(発行元 東京新聞出版局 ’02発行)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報