漢方で「膈(かく)の病」と呼ばれていた病気と考えられる。
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
胃の粘膜に発生する悪性腫瘍。尾崎紅葉が30歳代の若さで胃癌になったときに,〈セント・ヘレナの古英雄をもたおせし不治の胃癌〉といったように,ナポレオン1世は胃癌で死んだといわれている。ナポレオンの家系には胃癌が多かったようだ。日本では徳川家康の家系に胃癌が多いといわれている。この病気は最近まで治らないものと考えられてきたが,今では,早く発見して適切な治療をすれば,ほとんどが助かる病気の一つに数えられるようになった。もちろん,進行した場合は治療は困難である。胃の壁は,粘膜,粘膜下層,筋層,漿膜下層,漿膜の5層からできているが,胃癌は粘膜から発生する悪性腫瘍である。癌細胞がまだ粘膜あるいは粘膜下層だけにとどまっている段階のものを早期胃癌とよび,それよりも進んだものを進行胃癌という。また,胃癌の進行状態をⅠ期からⅣ期までの病期(ステージ)に分けて,〈第何期の胃癌〉と表現することもある。
世界で胃癌の多い国は,日本,中南米諸国,旧ソ連,中国などである。アメリカでは白人よりも黒人に多い。同じ日本人でも,アメリカ在住の日本人のほうが胃癌が少ない。日本では女よりも男に多い。従来,男女ともすべての癌のうちでは胃癌が最も多かったが,最近,男性では肺癌が最も多くなり,胃癌は2番目に多い癌になった。女性では相変わらず胃癌が最も多い。年齢別にみると,50~60歳代が多いが,その他の年代でも決してめずらしくはない。日本で胃癌の多い地方は,秋田県,新潟県,奈良県,香川県などであり,少ないのは沖縄県,岩手県,静岡県,鹿児島県などである。胃癌の頻度は,その地方の食習慣と関係があるらしい。日本人の癌による死亡は全体でみると近年増加しているのに,胃癌による死亡は減る傾向にある。生活様式とくに食生活の変化と,診断や治療の進歩によって治る場合が多くなったことがその原因と思われる。胃癌の原因はまだ不明だが,食物が重要な因子の一つであることは疑いない。塩からい食物や焼肉,焼魚などを多く食べる人に胃癌が多く,牛乳や生の緑黄色野菜をたくさんとる人には胃癌が少ない。またタバコを吸う人には肺癌だけでなく胃癌の頻度も明らかに高い。酒と胃癌との関係ははっきりわかっていない。食品添加物として使われている亜硝酸塩と食物中の第二アミンが反応してできるニトロソ化合物には強い発癌性があり,とくに重視されている。また焼魚のこげた部分や自動車の排気ガスの中にある3,4-ベンツピレンや,魚や肉を焼いたときにアミノ酸が分解してできる物質Trp-p-1などにも発癌性がある。実験動物に胃癌を作ることは長い間むずかしかったが,1967年に杉村隆らがMNNG(メチルニトロニトロソグアニジン)という物質を使ってネズミの胃に癌を作ることに成功した。その後,イヌにも実験胃癌が作れるようになり,胃癌の基礎的な研究が進んだ。他の病気との関係では,悪性貧血患者に胃癌が多いことが知られている。胃潰瘍や胃ポリープが胃癌に変化すると考えられた時代もあったが,現在では,その可能性はむしろ少ないと考えられている。一方,胃粘膜の中に腸型の上皮が出現してくる腸上皮化生とよばれる変化は,胃癌と密接な関係があると考えられている。近年,胃の中に存在するヘリコバクター・ピロリとよばれる細菌が,これに関係し,ひいては胃癌の発生にも関与しているとの説が有力になっている。
胃癌の組織は,ほとんどが腺癌とよばれるもので,まれに扁平上皮癌や腺扁平上皮癌もみられる。腺癌はさらに分化型腺癌と未分化型腺癌とに大別されることが多い。胃癌は肉眼的な形によってもいくつかに分類される。胃癌の肉眼型はその診断や治療成績と関係が深いために重要視される。早期胃癌については,1962年に日本消化器内視鏡学会で採用された肉眼分類が広く用いられている。この分類は,隆起型(I型),表面隆起型(IIa型),平坦型(IIb型),表面陥凹型(IIc型)および陥凹型(III型)を基本型とし,これらの組合せで肉眼型を表現するものである。一方,進行胃癌については,ドイツのボールマンR.Borrmannによる分類が用いられる。これは,進行胃癌を限局した腫瘤型から瀰漫(びまん)性の浸潤型までの4型に分けたものである。とくに粘膜下を中心に広がる浸潤型の癌は,硬性癌あるいはスキルス胃癌とよばれ,診断も治療もむずかしい。胃癌研究会が作った《胃癌取扱い規約》(1962)によると,胃は上部,中部,下部の三つの部分に分けられるが,胃癌が最も多いのは下部で,次に中部が多い。とくに胃角部および前庭部小彎(しようわん)にできるものが多い。胃癌は進行すると,漿膜から直接腹腔内へ癌細胞が散らばったり,リンパや血液の流れにのって他の部位へ転移することがある。とくに,左鎖骨上窩リンパ節への転移をフィルヒョーの転移,ダグラス窩への転移をシュニッツラーの転移といい,転移性の卵巣腫瘍はクルッケンベルク腫瘍とよばれている。
胃癌は胃の粘膜から発生し,徐々に胃壁の深い部分へ進んでいく,その進行の程度によって症状にちがいがある。また,癌がどの部位にできたか,隆起した形か潰瘍を伴う癌かによっても症状が異なる。早期胃癌は症状に乏しいことが多く,とくに隆起型の胃癌でははっきりした症状が少ない。潰瘍を伴う癌では,しばしば胃潰瘍に似た痛みがみられる。かなり進行した胃癌でも無症状のこともまれではないが,貧血や体重減少などが比較的よくみられる。噴門部の進行癌では嚥下障害やつかえ感がある。幽門輪の部分の癌では,幽門狭窄のために,食後に腹がはったり吐いたりする。胃癌が崩れてくると,吐くものや大便に血液が混じることがある。腹部にしこりを触れるのは,進行した癌である。癌が胃の外に広がったり,転移すると腹水がたまったり,黄疸が出たりもする。
症状をあてにして胃癌を診断するのは危険である。胃癌だけに特有な症状はないと考えたほうがよい。したがって,治せる段階のうちに胃癌を発見するには,症状がなくても定期的に検査をする以外によい方法はない。しかも,血液,尿,胃液などの検査はほとんど役に立たない。胃癌の診断はX線と内視鏡を用いた検査によって行われる。X線検査はバリウムを含む造影剤を用いて胃のレントゲン写真を撮るもので,日本で開発された二重造影法は優れた検査法である(胃X線検査)。内視鏡検査は,ファイバースコープを用いて胃の内面を直接観察したり,カラー写真を撮ったりする方法である。胃粘膜の色のわずかな変化や,こまかな凹凸まで診断ができ,早期胃癌の診断には欠かすことができない。胃癌を最終的に診断するためには胃生検が必要である。これは,胃の疑わしい部分から小さな組織片を切り取り,顕微鏡を用いて癌か癌でないかを判定する検査である。従来,X線や内視鏡で胃潰瘍を経過観察していて,潰瘍が小さくなる場合は,癌ではなく良性の潰瘍だと考えられていた。しかし,潰瘍を伴う早期胃癌では,その潰瘍がしばしば小さくなることがわかってきた。小さくなった癌性潰瘍は時がたつとまた大きくなる。潰瘍が小さくなったり大きくなったりを繰り返しながら癌が徐々に進行していくと考えられるところから,この現象は悪性サイクルmalignant life cycleとよばれている。潰瘍を伴う早期胃癌の診断にあたってきわめて重要な現象である。一見良性と思われる潰瘍でも胃生検が必要なのはこのためである。
胃癌の治療方法として最もよいのは,早期発見をして胃を切り取ることである。しかし,内視鏡検査の進歩により,最近ではきわめて小さな早期の胃癌も診断できるようになり,この場合は開腹しなくても,内視鏡を用いて癌の部分を含めた粘膜だけを切り取る方法(内視鏡的粘膜切除術)で治すことも可能になった。手術後の生存率は,癌の細胞が胃壁のどこまで深く達しているかの程度(深達度)と深い関係がある。粘膜あるいは粘膜下の癌が早期胃癌とよばれるのはこのためである。早期胃癌の術後5年生存率はほぼ100%に近い。胃癌の手術では,癌の存在する部位に応じて,胃の幽門側あるいは噴門側を部分的に切り取ったり,ときには胃を全部切除する。それと同時に,胃の周辺の転移をおこしやすいリンパ節も取り除く。癌の胃を切除するのに初めて成功したのはオーストリアのビルロートC.A.Billroth(1829-94)である。彼の行った手術方法は,現在でも胃切除の基本となっている。癌の進行がひどすぎて手術ができない場合や,手術をしたが完全に癌を取り除くことができなかった場合には,制癌剤を用いた化学療法が行われる。現在のところ確立された方法はなく,化学療法だけで胃癌を完治させることはむずかしい。
胃癌を予防するためには,まず食事の内容に注意することである。極端に熱いものばかり食べないこと,保存食品や添加物の多い食品をとりすぎないほうがよい。焼肉や焼魚ばかりの偏った食事はよくない。緑黄色の生野菜を多く食べることはよい。タバコは胃癌や肺癌だけでなく,他の部位の癌の発生にも関係が深いのでぜひやめるべきである。とくに若いうちからタバコを吸うのは危険が大きい。しかし,食事や嗜好品に気をつけても胃癌を完全に予防することはできない。第2の対策は,早期胃癌の段階で発見して治療を受けることである。そのためには症状がなくても定期的な検診がたいせつである。一つの方法として胃の集団検診(胃集検)がある。集団検診では0.15~0.30%の人に胃癌が発見される。集団検診には地域単位のものと職場単位のものとがある。いずれの場合も,ある年齢以上の人を対象としたX線検査による検診が大部分である。この検診には,費用,診断の精度,放射線被曝などの点で問題もある。そこで集団検診に内視鏡検査を用いることによって放射線被曝をなくし,診断の精度を上げようという試みもある。職をもっていなかったり,地域的に集団検診を受けられない人は,専門病院で定期的な検査を受けるのが望ましい。とくに,症状のある人や家族に癌が多発している人は進んで検査を受けるべきである。
→癌
執筆者:吉森 正喜
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…本法はとくに隆起性病変の検査にすぐれた方法である。現在のX線診断は小さな胃潰瘍とか微小早期胃癌のある種のものはX線検査およびX線診断では明りょうに描写されているにもかかわらず,手術によって胃漿膜からは病変部を確認できず,切開して胃壁を露出して初めて病変を確認したり,病理組織標本で確診に結びつく場合が多くなった。これほどに胃X線検査およびX線診断の技術は進歩している。…
…胃潰瘍は消化性潰瘍といわれるが,胃酸分泌過多,胃壁を保護する粘液の減少,それにストレスなどの神経要因が加わって,胃酸による粘膜の自己消化が進行し,潰瘍形成に至る。胃潰瘍と鑑別すべきものに,胃癌の潰瘍化がある。これは,胃癌の中心部分が循環障害のために壊死に陥り自潰して潰瘍をつくったものである。…
… 癌は,これら悪性腫瘍の総称名であるが,狭義に癌腫を意味して使われることも多い。胃癌といえば,胃の癌腫=上皮性悪性腫瘍を意味するのがふつうである。 腫瘍細胞は,一般にそれが由来した母細胞の特徴を保持している。…
…またメスが及ばないと断念されていた肝臓癌も,術中超音波診断による切除範囲決定や,レーザーメスの開発で広範囲切除も可能となっている。胃癌の手術に関しては,日本の成績は世界に誇りうるものである。
[救急外科,形成外科の進歩]
20世紀における2回の世界大戦や幾多の戦乱は,医学の面に限っていえば,ショックや感染症などに対する知見を豊かにし,破傷風や熱傷などに対する救急的外科処置が大いに改善された。…
※「胃癌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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