日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゴイティソロ」の意味・わかりやすい解説
ゴイティソロ
ごいてぃそろ
Juan Goytisolo
(1931―2017)
スペインの小説家。1954年『手品』によってナダル文学賞を獲得、若くして文壇にデビューする。その後、スペイン内戦中ある村に疎開した子供たちの異常な体験を描く『エル・パライソの決闘』(1955)や、スペイン社会への批判を込めた三部作『はかなき未来』(1955~1956)を発表、スペイン戦後社会派小説の旗手となった。1957年ごろスペインを離れ、パリ定住に伴い、しだいに傾向を変え、『身分証明』(1966)では、自己およびスペインという国の「アイデンティティ」を追究している。長い外国生活のあと、故郷の田舎(いなか)に戻ったスペイン人ジャーナリストが、過去を追憶しながら自分の属すべき家族、社会、コミュニティの所在を考察する物語である。それまでの社会派小説とは異なる新しい小説の方向を目ざす作品であり、その新奇な文章技巧とともに注目される。これと同じ方向を目ざした作品『ドン・フリアン伯爵の復権』(1970)では、モロッコのタンジールの町に居住する主人公が、ジブラルタル海峡を挟んで対岸に位置する祖国スペインを前に、歴史、文化、言語についてのさまざまな考察を行う。711年回教徒のイベリア半島侵入のきっかけを用意したとされ、スペイン史のなかでは裏切り者のレッテルを貼られた人物ドン・フリアン伯への共感が底流となっている。その後、『マクバラ』(1980)、『孤独な鳥の美徳』(1988)などの作品を経て、湾岸戦争を題材とした『四旬期』(1991)、旧ユーゴスラビア内戦を扱った『サラエボ包囲』(1995)などの作品を発表した。小説のほかルポルタージュものとしては、スペイン南部アルメリア地方の風景と人を織り込んだ優れた紀行文『ニハルの野』(1962)、旧ユーゴ内戦中のセルビア軍によるサラエボ包囲を検証した『サラエボ・ノート』(1993)などがある。
[東谷穎人]
『山道佳子訳『サラエヴォ・ノート』(1994)』▽『旦敬介訳『戦いの後の光景』(1994)』▽『山道佳子訳『パレスチナ日記』(1997)』▽『山道佳子訳『嵐の中のアルジェリア』(1999・以上みすず書房)』