シェルバーン(読み)しぇるばーん(英語表記)2nd Earl of Shelburne, 1st Marquis of Lansdowne, William Petty

日本大百科全書(ニッポニカ) 「シェルバーン」の意味・わかりやすい解説

シェルバーン
しぇるばーん
2nd Earl of Shelburne, 1st Marquis of Lansdowne, William Petty
(1737―1805)

イギリスの政治家。経済学者ペティ子孫にあたり、ダブリンで生まれる。1761年政界に入り、ウィリアム・ピット大ピット)を支持、彼の内閣(1766~1768)で国務相を務めた。辞任後、北アメリカ植民地に対する強圧政策に反対し、アメリカ独立戦争末期の1782年、内相、ついで首相となって戦争を終結させた。翌1783年2月にフォックスにより辞任に追い込まれ、以後官職にはつかなかった。1784年に侯爵ベンサムら学者のパトロンになるなど、開明的な貴族政治家であった。

青木 康]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シェルバーン」の意味・わかりやすい解説

シェルバーン(伯)
シェルバーン[はく]
Shelburne, William Petty Fitzmaurice, 2nd Earl of, and 1st Marquess of Lamsdowne

[生]1737.5.13. ダブリン
[没]1805.5.7. ロンドン
イギリスの政治家。オックスフォード大学卒業後,軍人を経て 1761年上院議員。 63年トーリー党 G.グレンビル内閣で商務院総裁。のちにホイッグ党のピット (大) ,ロッキンガム侯に接近両者のもとで国務相 (1766~68) ,内務相 (82) を歴任。アメリカ植民地との協調を主張し,F.ノース内閣の政策を批判。 82年首相に就任,アメリカと和解をはかったがパリ条約にいたらぬうちにノースと C.フォックスの攻撃を受けて 83年失脚。 84年初代ランズダウン侯となる。

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