改訂新版 世界大百科事典 「ジェボーダン」の意味・わかりやすい解説
ジェボーダン
Gévaudan
フランス中南部の旧地方名。マシフ・サントラル(中央山地)の南東端,北はオーベルニュ,西はルーエルグに接する。ロート川により南北に二分されるが,北はオーブラックAubracおよびマルジュリドMargerideの山地,南はコース高地Caussesの荒涼とした石灰岩の台地とカミザールの乱で名高いセベンヌ地方である。中心都市はマンドMende,現在の行政区画ではロゼールLozère県に対応する。一般に穏やかなフランスの自然の中で,その荒々しい景観は強い印象を与える。土地の瘦せたこの地方は,穀作には適さないが,大規模な牧羊で名高く,冬は半年近く雪に閉ざされるため,秋口には羊の群れを地中海沿岸の越冬地に移す移牧が行われている。フランス革命前から,家に織機をもたぬものはないといわれたほど,織布生産が盛んであった。第2次世界大戦後は牧畜が斜陽化し過疎が進んで,地域の生活も大きく変容を迫られている。北部のオーブラック地方は,牧畜社会の変容をテーマとしたフランス国立科学研究センター(CNRS)の大規模な共同調査の対象となった。
ジェボーダンの名を聞いて,フランス人がまず思い起こすのは,〈ジェボーダンの怪獣〉であろう。ルイ15世の治世末年の1764年より68年にかけて,ジェボーダンの山間の放牧地で,牛飼いの女や羊の番をする若い娘が,恐ろしい形相の怪獣に襲われ食い殺されるという事件が続発した。それは半ばハイエナに,半ばライオンに似ると伝えられ,牛や羊の放牧のため人里離れた高地にとどまらざるをえない土地の人びとを大恐慌に陥れた。人びとは,狼男の出現を噂し,妖術使いの介入を疑った。マンドの司教は,これこそまさに神のたたりなりとして,悔い改めよとの布告を発する。このニュースは,かわら版や民衆向けの青表紙本で虚実とりまぜて伝えられ,〈ジェボーダンの怪獣〉の名は,オランダやドイツにまで広まった。ルイ15世はついに,王室の狼狩りの名射手を現地に派遣するが,怪獣の跳梁を絶つことができない。かえって,妖術使いの疑いをかけられていた土地の農夫ジャン・シャステルが,とどめの一撃を発し,5年にわたる騒動は結着を見るのである。この事件は,当時の人びとの心性のありようを示して興味深いが,ジェボーダンはこのような恐ろしい怪獣が出没する奥深い山里として,永く語りつがれることとなった。
執筆者:二宮 宏之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報