デジタル大辞泉
「ジャヤプラ」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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ジャヤプラ
Jayapura
インドネシア東部,イリアン・ジャヤ(西イリアン)州の州都。ニューギニア島北岸のフンボルト湾に臨む港市。人口19万2961(2003)。オランダ領時代はホーランディアと呼ばれ,その後コタ・バル,スカルナプラと改称され,1969年以後現在名となる。付近はココヤシ農園が開け,西イリアンの政治・経済の中心地である。第2次大戦ではその戦略的位置から日本軍の基地とされた。西イリアン開発のためチェンドラワシ大学が設置されている。
執筆者:別技 篤彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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ジャヤプラ
Jayapura
インドネシア,ニューギニア島西部の北岸にある町。パプア州の州都。フンボルト湾に面する良港を擁する。ファンレース山脈に続く高原地帯を後背地とする。オランダ統治時代にはホランディア Hollandia,インドネシア帰属後はコタバル Kotabaru,スカルナプーラ Sukarnapuraと名を変えた。第2次世界大戦では日本の軍事拠点が置かれた。家具,織物,飲料,化学製品,輸送機器などの工業が行なわれる。空港とチェンデラワシ大学(1962)がある。人口 23万3859(2010速報値)。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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ジャヤプラ
じゃやぷら
Jajapura
インドネシア、西イリアン(ニューギニア島西部)北岸の港湾都市。パプア州(旧イリアン・ジャヤ州)の州都。人口19万2791(2005)。フンボルト湾に臨む良港で、オランダ領時代はホランディアHollandiaとよばれ、西イリアンのインドネシア帰属とともにスカルナープラSukarnapura、さらに1969年にはジャヤプラと改称された。地方の政治、経済の中心地で、西イリアンでは比較的よく開けており、付近ではココヤシの栽培が行われる。第二次世界大戦での日米の激戦地の一つである。
[別技篤彦]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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ジャヤプラ
インドネシア東部,イリアン・ジャヤ州(西イリアン)北東部,フンボルト湾に臨む港湾都市で同州の州都。オランダ領時代はホーランディアと呼ばれ,1963年コタ・バルと改称。さらにスカルナプラと改称,1969年現名。イリアン・ジャヤの政治・経済の中心。第2次大戦中,日本軍の基地があり,日米両軍の激戦地。付近はココヤシ栽培が盛ん。25万6705人(2010)。
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