翻訳|time machine
〈航時機〉とも訳される。過去や未来を訪れるための空想的な装置で,H.G.ウェルズ《タイム・マシン》(1895)にはじめて登場する。しかしウェルズ作品の主眼は文明批評にあり,その点では機械によらぬ時間遡行を扱ったマーク・トウェーン《アーサー王宮廷のヤンキー》(1889)と同様に,タイム・マシンの純論理的分析を行ったものではなかった。その後,一部の科学小説作家は,過去の改変による未来への影響という〈タイム・パラドックス〉に着目し,ここにタイム・マシンはSF文芸の一翼をになう大きなテーマに成長した。その逆説の代表格が〈親殺しのパラドックス〉である。これは,過去へさかのぼって結婚前の親を殺せば自分はどうなるかという設問で,すなわち,親を殺せば自分は生まれないから親を殺すことはできないという論理上の堂々めぐりにおちいる。これをさらに発展させたのが,歴史の改変をもくろむ時間犯罪者と,改変を防ごうとする時間警察の闘争という図式で,アンダーソンP.W.Anderson《タイム・パトロール》(1955),小松左京《地には平和を》(1963)など多くの力作がここから生まれた。
タイム・マシンの形状は,目下のところ純然たる空想であるだけに,ウェルズのスクーター型にはじまり,携帯式の小型のものから大型の時空変換装置までさまざまだが,近年理論物理学界の一部で,回転するブラックホールに生じるワームホールworm hole(宇宙に虫食い穴状にできる一種の時空トンネル)にタイム・マシン効果があるのではないかと推測されだした。ここに巨大な円筒形をしたタイム・マシン(ティプラー・マシンtippler machineなどと呼ばれる)を構築して,時間線を自由に行き来できる閉鎖系をつくることが,あながち完全な空想とばかりはいいきれなくなってきた。
執筆者:柴野 拓美
イギリスの小説家H.G.ウェルズの処女小説。1895年に出版され,現代SFの先駆となった。非ユークリッド幾何学や新たな時空論の発展を踏まえ,時間もまた移動可能な空間(第四次元)であるとする説に着想を得た中編で,スクーター型の航時機に乗り802701年の未来に到着した男を描く。そこでは人類が子どものように弱々しいエロイと野蛮な地底人モーロックとに分化し,退化滅亡への道をすすんでいた。地球の暗い未来を予言したこの作品は,おりからの世紀末的終末感とも一致し,地底で機械を操作するモーロックに都市労働者の末路が映されるなど社会風刺も鋭く,評判を呼んだ。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
イギリスの作家ウェルズの科学小説。1895年刊。タイム・マシン(航時機)は過去・未来へと自由に航行でき、航行者は80万2701年の世界に到着する。そこでは人類は美しく華奢(きゃしゃ)なエロイ人と、地下で機械を操作している小人のモーロックス人とに二分されている。航行者はモーロックス人にマシンを盗まれ、エロイ人の娘ウイニーとともに彼らと戦うが女は死んでしまう。彼だけがマシンを取り戻し、現代に帰ってくるが、ふたたび未来へと出航して戻らない。科学小説の古典。
[鈴木建三]
『『タイム・マシン』(宇野利泰訳・ハヤカワ文庫SF/石川年訳・角川文庫)』
…一方,ウェルズはT.モア以来のユートピア小説の伝統を受け,戦争や労働問題と近代科学の間にある危険を感じながら,良識と技能の有効な利用によって理想世界を追求しようとした。《タイム・マシン》(1895)は時間旅行によって未来を見てきた男の物語だが,労働から完全に解放されて平和を得た人々の不幸をえがいており,《解放された世界》(1914)では核兵器の危険とともに,その抑止力をも提示した。事実この作品は原爆の開発に関して精神的な支えとなったといわれており,一方では世界国家,社会主義,自然保護,福祉社会,科学による病気や天災の克服といった理想が,のちの時代の大きな指針となった。…
※「タイムマシン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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