日本大百科全書(ニッポニカ) 「チカーノ・ミュージック」の意味・わかりやすい解説
チカーノ・ミュージック
ちかーのみゅーじっく
chicano music
1980年代に登場したチカーノによる音楽。チカーノはメキシコ系アメリカ人の意味。特にカリフォルニアからテキサスの南西部に集中し、2003年時点で全米のチカーノ人口は2000万人にものぼり、アメリカ合衆国内全ラティーノ(中南米およびカリブ海諸島などのスペイン語圏出身者)人口のほぼ半数にあたる。チカーノの語には、エスニック・アイデンティティが強い場合や、エスニシティにとどまらない階級意識やマイノリティ性を指し示すニュアンスをもつ場合もあるなど、幅広い意味をもつ。それに加えて「アメリカ人」への同化の力も強いこと、チカーノのアメリカ主流社会・文化への影響力の増大があることも考慮に入れておかなければならない。以上のような意味で、チカーノは単にアメリカ合衆国内のエスニック・マイノリティにとどまらない存在となっている。
こうした背景をもつチカーノ・ミュージックには単一の音楽的なスタイルが存在するわけではなく、いくつかの傾向がある。そのなかの一つがメキシカン・リージョナル(メキシコ地方の音楽の意味)で、テハーノ・ミュージック、ムジカ・ノルテーニョ、テックス・メックスともいわれ、テキサスとメキシコの国境を挟んで広がっている。テハーノとはスペイン語でテキサス、ノルテーニョとはメキシコの北部という意味。カントリーやポルカ、コリード(農村に残る物語歌)などがスペイン語/英語で歌われ、ギターやアコーディオンを中心としたコンフント(小編成の楽団)、バンダ(ブラスバンドのスタイル)で演奏される。そのほかラテン・ポップスはスペイン語のポップスだが、多くのチカーノ・ミュージックの歌手が現代風のポップスとコンフントやバンダ・スタイルのアルバムを1枚おきに出す。
アメリカ合衆国のメインストリームに進出したチカーノ・ミュージシャンとしてはカルロス・サンタナがあげられる。1960年代から一線で活動し続けるサンタナは「ラテン・ロック」という言葉でも親しまれている。新たなチカーノ・ミュージックの傾向としてはロック・エン・エスパニョール(パンク、オルタナティブ以降のスペイン語のロック)が活発になっている。このロックもラテンアメリカ各国での新しい動向とつながっている。またジャズ、ラップ、ファンク、テクノ、サルサ、中米やメキシコのさまざまな民族音楽、ライ、UKエイジアン・ミュージックなどの音楽を参照し、全世界的なミクスチャーを展開するミュージシャンも少なくない。こうしたなかでのチカーノ音楽とは、具体的なジャンルやスタイルではなく、チカーノ意識をもった音楽とでも解釈すべきである。
なお、スペイン語には男性形と女性形があるため、フェミニズム台頭以降、チカーノ/ナChicano/aと表記することが多くなってきている。
[東 琢磨]
『東琢磨編『カリブ・ラテンアメリカ 音の地図』(2002・音楽之友社)』▽『東琢磨著『ラテン・ミュージックという「力」――複数のアメリカ・音の現場から』(2003・音楽之友社)』▽『Ed MoralesLiving in Spanglish; The Search for Latino Identity in America(2002, St. Martin Press, New York)』