ロシア連邦北西部のプスコフ州とエストニア共和国との境界をなす大湖。水理学上は相接する3湖がシステムをなすためチュド・プスコフ湖Chudsko-Pskovskoe ozeroと呼ぶ。歴史上はチュド湖はグドフ湖Gdovskoe ozero,ペイプシ湖Peipsiの名で呼ばれた。最も南(上流部)にプスコフ湖(710km2),次にチョープロエ湖Tyoploe ozero(170km2),最北部にチュド湖(2700km2)があり,ここからナルバ川が流れ出てフィンランド湾(バルト海の奥部)に注ぐ。この湖沼系は氷期の大きな氷食湖のなごりで,最大水深はわずか15mにすぎない。周囲は低平な平野で,11~12月から翌年5月上旬まで結氷する。プスコフとタルトゥなどの間に定期航路がある。1242年4月,ドイツ系のリボニア騎士団がこの地に侵入したとき,アレクサンドル・ネフスキーの率いるノブゴロド軍は凍結したチュド湖上にこれを迎えうち,撃破した。この戦いはバルト海東部,リボニア地域をめぐる争いにおいて,ロシア側が勝利をおさめる第一歩となったものであり,〈氷上の戦〉として名高い。
執筆者:渡辺 一夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ロシア連邦北西部プスコフ州とエストニア共和国との境にある湖。エストニア語(Peipsi Jarv)や英語(Lake Peipus)などではペイプス湖ともよばれている。南北約75キロメートル、東西約50キロメートル、面積2670平方キロメートル。湖の南部は、細長いチョープロエ湖Тёплое О./Tyoploe O.(長さ約25キロメートル、幅約3キロメートル、面積170平方キロメートル)によってプスコフ湖(面積710平方キロメートル)と結ばれており、チュド・プスコフ湖Чудско‐Псковское О./Chudsko-Pskovskoe O.と総称される。平均水深は7.5メートル、最深部はチョープロエ湖にあって14.6メートル。氷河の移動作用によって形成された氷河期の遺物で、多数の島がある(最大はピリサール島)。湖岸には泥炭が堆積(たいせき)し、北岸および東岸には砂堆が発達している。湖の北端からナルバ川が流出してフィンランド湾に注ぐ。11月下旬から5月上旬までは結氷する。漁業が盛んである。1242年アレクサンドル・ネフスキー公の率いるノブゴロド軍が、チュド湖の氷上でドイツのリボニア騎士団を破った古戦場として知られる。
[須長博明]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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