改訂新版 世界大百科事典 「ツェツェバエ」の意味・わかりやすい解説
ツェツェバエ
tsetse fly
双翅目ツェツェバエ科Glossiniidaeに属する昆虫の総称。英名のtsetseは,ボツワナのセチュアナ語から由来したもので〈ウシを倒してしまうハエ〉の意である。サハラ砂漠以南のアフリカ大陸に分布し,23種知られている。イエバエに似るが口吻(こうふん)は鋭く,吸血に適応している。雌雄とも食物は種々の動物の血液である。触角の刺毛は羽状であるが,側枝にも小毛が生ずるのが本科のハエの特徴である。成虫は,雌雄とも吸血し,原虫性疾患であるヒトの睡眠病やウシのナガナ病などトリパノソーマ症を媒介することで有名である。卵胎生で,幼虫は成虫の体内で乳腺milk glandという分泌腺から栄養を補給されて育ち,終齢幼虫で産出される。ふつう日陰の乾燥した場所に産み,幼虫はすぐに(約15分以内)土中に潜って蛹化(ようか)する。さなぎは3~10週後に羽化し,羽化した雌はふつう1回の交尾で受精囊に精子を蓄える。最初の産子は約17日後,その後平均11日ごとに幼虫を産む。成虫の寿命は雄で約30日,雌ではより長く,ときには約2倍にもなる。ヨーロッパ人によるアフリカ大陸の内陸の植民地化をはばんだのは,黄熱とマラリアもあるが,ツェツェバエの媒介するトリパノソーマ症(ガンビアトリパノソーマ症とローデシアトリパノソーマ症)の影響も大きい。内陸に侵攻するにも,この病気はヒトのみならず荷役用のウマやウシもナガナ病と呼ばれるトリパノソーマ症で殺してしまったからである。ツェツェバエが動物のトリパノソーマ症の媒介をするということが発見されたのはブルースD.Bruce(1895)によるもので,この病原体はのちに彼の名をとってTrypanosoma bruceiと命名されている。
執筆者:篠永 哲
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報