翻訳|pathogen
宿主(しゅくしゅ)(寄生対象となる生物)に寄生して、病気の原因となる微生物(病原性微生物)をいう。自然界で二つの生物がかかわりをもちながら生活する場合、一般的には共生や寄生などの関係が考えられる。寄生は共生とは異なり、一方の生物(この場合は微生物)が、他方の生物の体制や機構を利用して生活するという関係である。寄生には、宿主(ホストhost)から離れるとまったく生活することが不可能な場合と、寄生生活、自由生活ともに可能な場合とがある。前者を絶対寄生(無条件寄生obligate parasitism)、後者を条件的寄生(不完全寄生facultative parasitism)とよぶ。このような寄生現象を宿主側からみると、入り込んでくる寄生生物の多くは有害生物であり、病原性をもつ微生物である場合が多い。これが、いわゆる病原体である。
[曽根田正己]
病原性とは、病気をおこさせる能力を意味するが、この語には複雑な内容が含まれており、微生物が病原性をもつか否かの決定は容易なものではない。病原体が宿主体内で生育していく能力は、とくに宿主環境からの生育促進因子と生育抑制因子とのバランスによって影響される。生育促進因子とは病原体の要求する栄養素や病原体と宿主との親和性などであり、生育抑制因子とは宿主免疫機構などの宿主防御機構などをいう。このような因子は、植物と動物ではかなりの相違があるほか、種によってもさまざまである。したがって、病原微生物においては、一般に宿主ならびに組織に対して特異性が認められることが多い。このように、病原性も多くの場合、微生物の種の属性や特性としてみられることが多いが、これだけがすべてではない。なぜなら、同種の微生物のなかにおいても、その菌力(ビルレンスvirulence)や毒力(病原力)には差があるし、病気そのものが病原体と宿主との相関関係(微生物種対生物種、微生物種対生物個体)によって成立することも多いからである。
[曽根田正己]
病原体は宿主内で増殖・増生し、病変をおこし、生物を発病させ、しばしば死に至らしめる。この場合、病原体によって侵される細胞・組織・器官の様相は、病原体の種によってかなり特徴的であり、病変や病状もまた特徴的である場合が少なくない。このような生体との反応は、病原体の数量的増加と関係するほか、生体内で生産される物質(菌体外毒素、菌体内毒素、酵素など)の作用からも直接的、間接的な影響を受ける。病原体は、宿主の個体から直接的に、または間接的に新しい個体へと伝播(でんぱ)される。伝播のあと病原体が宿主内に定着することを感染といい、感染の結果、宿主が障害を受ける場合を発症という(いわゆる感染症の成立である)。このような経過については、ヒトおよび動物、植物においても大差はないが、関連する用語には多少の違いがある。以下におもな用語について述べる。
(1)中間寄主 同一病原体が、異なる2種の植物に寄生するとき、この2種の植物を比較し、その寄生対象が主要となる植物を宿主(寄主)とよび、他を中間寄主とよぶ(幼体と成体とで、その宿主がかわる寄生虫における中間寄主とは意味が異なる)。
(2)保毒植物 ウイルスが宿主植物に感染し、全身的に増殖しているにもかかわらず、不顕性で病徴も認められないが、感染源としての働きをもつ植物。
(3)病原体保有者 ヒトからヒトへ病原体が感染する場合、感染源となるヒトをいう。この場合、不顕性感染者が感染上では重要な意味をもつ。
(4)病原体保有動物 人獣共通感染症の際に多くみられるもので、感染源となる家畜や野生動物に対して使われる。
(5)媒介動物(ベクターvector) 広義には病原体保有動物と同義である。狭義には病原体を体内に宿し、それを散布することによって宿主に感染させる生物をいう。植物学的(植物性ウイルスなど)には広義を採用し、動物学的には狭義を採用することが多い。
[曽根田正己]
『A・P・ウォーターソン、L・ウィルキンソン著、川出由己・松山東平訳『見えざる病原体を追って――ウイルス学史序論』(1987・吉岡書店)』▽『本田武司・飯島義雄著『あなたを狙う感染症』(2000・小学館)』▽『ポール・W・イーワルド著、池本孝哉・高井憲治訳『病原体進化論 人間はコントロールできるか』(2002・新曜社)』▽『松浦善治監修『「新病原体」がわかる本』(2004・東京書籍)』▽『山田毅著『病原体とヒトのバトル――攻撃・防御そして共生へ』(2005・医歯薬出版)』▽『益田昭吾著『病原体はどう生きているか』(ちくま新書)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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