ティルソ・デ・モリーナ(読み)てぃるそでもりーな(英語表記)Tirso de Molina

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ティルソ・デ・モリーナ」の意味・わかりやすい解説

ティルソ・デ・モリーナ
てぃるそでもりーな
Tirso de Molina
(1571?―1648)

スペイン黄金時代の劇作家。本名ガブリエル・テリェスGabriel Téllez。メルセード会修道士。1616年(セルバンテス没年)にはサント・ドミンゴで布教活動、帰国後しばらくトレドに住むが、21年生地マドリードへ戻る。この年『トレドの別荘』(散文、詩、戯曲を含んだ長編)を発表。翌22年から29年までエストレマドゥーラのトルヒーリョ修道院長を務める。32年にメルセード会の年代記編纂(へんさん)係の職につき、39年にこれを完了。その後、カスティーリャの修道会宗務委員の役職を経て、47年同県のアルマサン修道院へ移り、翌年ここで没した。

 生涯に400編の戯曲を手がけたが、90編が現存する。ロペ・デ・ベガ風の自由奔放な作風もさることながら、叙情性あふれる詩文に定評がある。さらに、登場人物の心理描写や性格描写の点ではローペやカルデロン・デ・ラ・バルカを凌駕(りょうが)し、黄金時代随一の作家ともいわれる。戯曲のうちでもっともよく知られているのは『セビーリャ色事師と石の招客』(1630)。この作品の主人公のドン・ファン像がフランスイタリアを経て全世界に広まってゆき、いわゆる現代のドン・ファンの原型となった。そのほか、宗教劇として『不信心ゆえ地獄堕(お)ち』(1635)、『タマル復讐(ふくしゅう)』(1636)。歴史に題材をとった戯曲に『女の分別』(1634)。また軽妙な筋の運びと場面転換のおもしろさに主眼を置く「マントと剣」の劇には『緑色ズボンのドン・ヒル』(1615)などが代表作としてあげられる。

[岩根圀和]

『会田由訳『セビーリャの色事師と石の招客』(『世界文学大系89』所収・1963・筑摩書房)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ティルソ・デ・モリーナ」の意味・わかりやすい解説

ティルソ・デ・モリーナ
Tirso de Molina
生没年:1571?-1648

スペインの劇作家。本名をガブリエル・テリェスGabriel Téllezといい,メルセド修道会士。ローペ・デ・ベガの熱心な追随者で,自らその弟子とまで言っているが,ローペやカルデロン・デ・ラ・バルカと並んで〈黄金世紀〉の三大劇作家の一人とされる。約400の作品を書いたと考えられるが,現存するのは85編のコメディアと21編の聖餐神秘劇などである。1625年には〈下品で悪しき刺激と例を与える劇〉を書いたかどで,マドリードから追放の刑の宣告を受けたこともある。心理描写に優れた作家として知られるが,特に,女性を細かく観察して描き出している。また,宗教的テーマの作品にも傑作が多い。代表作に《信心深いマルタ》《不信堕地獄》《女性の分別》《宮廷のはにかみ屋》《緑色ズボンのドン・ヒル》などがあるが,特に《セビリャの色事師と石の招客》は,ドン・フアンものの最初の,しかも完成された作品として重要である。この作品はスペイン国内にあって後世サモラやソリーリャによって書き直されただけではなく,モリエール,モーツァルト,ゴルドーニ,バイロン,バーナード・ショーらも扱った。
ドン・フアン
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百科事典マイペディア 「ティルソ・デ・モリーナ」の意味・わかりやすい解説

ティルソ・デ・モリーナ

スペインの劇作家。本名ガブリエル・テレス。メルセード会修道者。ベガの完成した国民劇《コメディア》の継承者で,現存する約90編のうち代表作は漁色放蕩の男ドン・フアンを初めて舞台に乗せた《セビリアの色事師と石の招客》(1630年)で,この戯曲が現在にまで続くドン・フアン神話の出発点となった型を創造した。また宗教的戯曲《不信堕地獄》は自由意志の問題をとりあげて名高い。
→関連項目ドン・フアン

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世界大百科事典(旧版)内のティルソ・デ・モリーナの言及

【スペイン文学】より

…その後,ベガの流れをくむすぐれた劇作家が輩出した。なかでも《セビリャの色事師と石の招客》によって,漁色放蕩の伝説的人物ドン・フアンを演劇の中に定着させ,それ以降各国で生まれることになる無数のドン・フアン劇の創始者となったティルソ・デ・モリーナ,《疑わしき真実》により17世紀フランス古典劇に影響を与えたルイス・デ・アラルコンが重要である。そして〈黄金世紀〉の棹尾(とうび)を飾る巨人がカルデロン・デ・ラ・バルカで,バロック期特有の凝った文体や舞台構成を用いた哲学的な《人生は夢》と平民の名誉を描いた《サラメアの村長》はスペイン演劇の最高峰に位置するものである。…

【ドン・フアン】より

…これら2要素の起源に関しては諸説あるが,まず〈石の招客〉の原型としては,14世紀ころからヨーロッパ各地に散在していた,〈路傍に転がっている髑髏(どくろ)を蹴るとそこに亡霊が現れ,その亡霊を食事に招待する〉という伝説が考えられ,また〈色事師〉のモデルとしては,スペインのペドロ(1世)残虐王(在位1350‐69)の宮廷に出入りしていたドン・フアン・テノーリオという人物が考えられているが,いずれも確実な史的根拠があるわけではない。 以上のような伝説を吸収し,ドン・フアンという人物を文学上の一典型として定着せしめたのがスペインの劇作家ティルソ・デ・モリーナの《セビリャの色事師と石の招客El burlador de Sevilla y convidado de piedra》(1630)である。セビリャの名家の息子ドン・フアンが公爵夫人イサベラ,漁夫の娘ティスベーア,貴婦人ドニャ・アナ,田舎娘アミンタを次々と欺いて犯し,また娘ドニャ・アナの復讐をしようとした父親ドン・ゴンサーロを斬り殺す。…

※「ティルソ・デ・モリーナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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