地獄(読み)じごく

精選版 日本国語大辞典 「地獄」の意味・読み・例文・類語

じ‐ごく ヂ‥【地獄】

〘名〙 (naraka (那落迦)、niraya泥犁)の訳語。「地下にある牢獄」の意からといわれる)
① 仏語。六道の一つ。現世で悪業(あくごう)を重ねた者が、死後その報いによって落ちて、責め苦を受けるという所、またはその世界に落ちた者、あるいはその生存のあり方をいう。種類がいろいろあるとされ、等活・黒縄・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱・阿鼻(無間)が八大地獄で、このそれぞれには四方門外にまたそれぞれ四つずつの小地獄(別処とも眷属地獄ともいう)があり、このほか、八寒地獄、孤地獄などがあるという。また、閻魔大王(えんまだいおう)が死者の生前の罪を審判し、牛頭(ごず)馬頭(めず)などの獄卒の鬼に命じ呵責(かしゃく)を与えるという。地獄界。地獄道。奈落(ならく)冥府
※千手千眼陀羅尼経跋‐天平一三年(741)七月一五日「願淪廻於地獄熱煩苦、餓鬼飢餓苦畜生逼迫苦等衆生、早得出離、同受安寧
※宇津保(970‐999頃)吹上下「然ありける報いに、かかる身となりぬ。来む世には地ごくの底に沈みて浮かむ世あらじ」
※日本書紀兼倶抄(1481)「黄泉(よもつくに)は地獄ぞ」 〔法華経‐譬喩品〕
キリスト教で、悔い改めのない罪人が死後行くところ、あるいはその状態をいう。
※引照新約全書(1880)馬太伝福音書「狂妄(しれもの)よといふ者は地獄(ヂゴク)の火に干(あづか)るべし」
③ ①に落ちたような苦しみの境界。救いがたい状態。
※大応国師法語(1308頃)「罪を犯し法を謗れば、心地獄と成り」
※現代文学論(1939)〈窪川鶴次郎〉芸術的価値と政治的価値「月々の雑誌の小説を読むことは率直に言って地獄である」
④ 噴火山や温泉地などで、たえず火煙が燃えあがり、また、熱湯などが吹き出ている所。焦熱地獄のさまを連想していった語。
今昔(1120頃か)一四「彼の山に地獄(ぢごく)有と云ひ伝へたり。其の所の様は、〈略〉湯荒く涌(わき)て巖の辺(ほとり)より涌出づるに、大なる巖、動く」
⑤ ひそかに売春行為をする女。私娼
※歌舞伎・御摂勧進帳(1773)二番目「独り身で喰ふや喰はずにゐようより、大家が勧めで、地獄にでも、出ろといふ事を聞かぬ故」
※社会百面相(1902)〈内田魯庵〉ハイカラ紳士「巴黎(パリイ)淫売婦(ヂゴク)
※歌舞伎・東海道四谷怪談(1825)序幕「カウ、按摩さん、お前(めえ)の所では地獄(ヂゴク)をするのか」
⑦ 劇場で、舞台の床下の部屋。舞台のせり上がってくる所。奈落。
※滑稽本・腹佳話鸚鵡八芸(1809)子「下女めが細工に穽(をとし)を設(かけ)ますが、夫も極楽なら宜(よう)ござりますが地獄(ヂゴク)さ」
[語誌](1)①は平安朝後期までは、もっぱら仏書、願文に見られるだけで、一般の漢詩文や仮名文学にはほとんど例がないが、「霊異記」以下の説話集には一貫して用例が多い。中世以降は、浄土教の流布によって「後生」が問題になり、「往生要集」の詳細な地獄描写が広く浸透したこともあり、一般の人々の間に言葉として定着した。
(2)「霊異記‐中」の、地獄から蘇生する法師が「黄竈火物(よもつへもの)」を食うなと言われる例からすると、古くは「地獄」と「よみの国」とが同類に解されていたことが知られる。中世にもその考え方は残存した。近現代では、キリスト教の hell も地獄と訳された。

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デジタル大辞泉 「地獄」の意味・読み・例文・類語

じ‐ごく〔ヂ‐〕【地獄】

《〈梵〉naraka(那落迦)、niraya(泥黎)の訳。地下の牢獄ろうごくの意》
仏語。六道の一。この世で悪いことをした者が死後に行って苦しみを受けるという所。閻魔えんま大王が生前の罪業を裁き、獄卒の鬼が刑罰を加えるという。八熱地獄八寒地獄などがある。地獄道。奈落ならく。⇔極楽
キリスト教で、神の教えに背いた者、罪を犯して悔い改めない魂が陥って永遠の苦を受け、救われないという世界。⇔天国
イスラム教で、この世の終末に復活して受ける審判によって、不信仰者や不正を行った者が永劫の罰を受ける所。罪人であっても信仰者はやがて天国に入れられる。ジャハンナム。
非常な苦しみをもたらす状態・境遇のたとえ。「試験地獄
火山の、絶えず噴煙が噴き出している所。また、温泉地で絶えず煙や湯気が立ち、熱湯の噴き出ている所。「温泉場の地獄巡り」
劇場の舞台の床下。奈落ならく
下等の売春婦。私娼ししょう
「君も巴黎パリイの―の味まで知ったなら」〈魯庵社会百面相
[下接句]板子いたご一枚下は地獄一寸下は地獄聞いて極楽見て地獄見ての極楽住みての地獄
[類語]奈落煉獄の世のちの世後世ごせ後生ごしょう来世冥土冥府冥界幽冥幽界黄泉こうせん黄泉よみ霊界草葉の陰泉下
[補説]作品名別項。→地獄

じごく【地獄】[作品名]

《原題、〈フランス〉L'Enferマロの詩集。1526年、四旬節に肉食をした罪で投獄された際に書かれた詩を、1542年にエチエンヌ=ドレがマロに無断で出版したもの。
《原題、〈フランス〉L'Enferバルビュスの長編小説。1908年刊。パリの下宿に住む詩人が、自室の壁の穴を通して、隣室で起こるさまざまな人間劇を目撃する。
中川信夫監督による恐怖映画。昭和35年(1960)公開。出演、天知茂、三ツ矢歌子、沼田曜一ほか。

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百科事典マイペディア 「地獄」の意味・わかりやすい解説

地獄【じごく】

死後に赴くとされる他界の一つ。仏教では,罪を犯した人間が死後に行く所とされ,地下または地の果てにあるという。サンスクリットのnarakaに由来し,音写は奈落(ならく)。経論により種々説かれるが,無間(むげん),八熱(八大),八寒,孤独など136の地獄がある。源信の《往生要集》における地獄の描写はのちの日本文化に大きな影響を与えた。地獄類似の観念は各民族に存在し,ギリシア神話ではタルタロスハデスがある。北欧神話にはヘルHelがあり,英語のhellの語源となっているが,キリスト教でも地獄にはいくつかの区別がみられる。ヘブライ語のシェオールSheolは,死者の魂が住む地下深く闇(やみ)と沈黙の世界で,古くはヤハウェの力も及ばないとされた。《新約聖書》でゲヘナGehennaというのは,エルサレム南方にあった汚物や死体の焼却場〈ヒンノムの谷〉が語源で,永遠の火が燃え,神を拒絶した者が永久に苦しめられる所。カトリックの観念としては,ダンテの《神曲》で描かれているように,大罪を犯した者が行くインフェルヌムInfernumと,小罪のある者が行くプルガトリウムPurgatorium(煉獄)がある。→
→関連項目地獄変天国黄泉国六道

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「地獄」の意味・わかりやすい解説

地獄
じごく
hell

サンスクリット語のナラカ narakaの訳。那落迦 (ならか) ,奈落 (ならく) などと音写され,自己の悪業によっておもむく極苦の世界とされている。無間地獄 (むけんじごく) ,八大地獄,現在われわれの住んでいる世界などに孤立して散在するといわれる孤地獄,辺地獄など数多くの種類の地獄が考えられている。地獄またはこれに類する死後の苦痛の場に関する観念はほとんどの民族に共通で,ギリシア神話,ゲルマン神話などにもその具体的な描写がみられる。ユダヤ教,特に後期ユダヤ教もオリエント諸宗教の影響を受けて地獄の観念を発達させ,キリスト教,イスラム教などもこれを継承したが,特に前者は地獄の永遠性,その苦痛の無限性,その本質などを理論的次元で説明しようとしている。しかし地獄の具体的状況の描写には,いずれも民衆の想像力によるものが多く,またキリスト教など全善全良なる神を信じる宗教にあっては,これと永遠無限なる地獄の存在をどのように両立して考えるかが問題となっている。

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世界大百科事典 第2版 「地獄」の意味・わかりやすい解説

じごく【地獄】

死後赴くべき他界の一つ。冥界,冥府,陰府(よみ)などともいい,英語のhell,ドイツ語のHölle,フランス語のenfer,イタリア語のinfernoなどに相当する。一般に,墓地の情景や死体の腐乱過程との連想から生みだされたものだが,超常的な観念や表象によって作りだされた場合もある。〈地獄〉の語はもとサンスクリットに由来し,のちに仏教とともに中国に輸入されると,泰山府君の冥界観と結びついて十王思想を生みだし,さらに日本に伝えられると,記紀神話に描かれる黄泉国(よみのくに)や根の国の考え方と接触融合して独自の地獄思想を生みだした。

じごく【地獄】

火山や温泉,地熱地帯で,高温のガスや熱湯が噴き出す場所の俗称。岩石が著しく変質して粘土状となり,さまざまな色の昇華物や沈殿物が付着し,植物もほとんど生えず,荒涼とした光景をしているのでこの名がある。噴気孔から噴き出す有毒ガスのため,鳥,昆虫,獣類などが死ぬことがあり,鳥地獄,虫地獄,タヌキ地獄などと呼ばれることもある。ときに人間が知らずに近寄って被害を受けることもあり,注意が必要である。北海道の登別温泉,大分県の別府温泉などでは,色彩の特徴や状態からいろいろな名前をつけて呼んでいる。

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デジタル大辞泉プラス 「地獄」の解説

地獄

1979年公開の日本映画。監督:神代辰巳、脚本:田中陽造、撮影:赤塚滋。出演:原田美枝子、岸田今日子、石橋蓮司、林隆三、栗田ひろみ、西田健、田中邦衛ほか。

地獄

宮次男監修、白仁成昭による絵本作品。1980年刊行。千葉県南房総市・延命寺所蔵の絵巻を絵本化したもの。

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普及版 字通 「地獄」の読み・字形・画数・意味

【地獄】じごく

苦悩の所。

字通「地」の項目を見る

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世界大百科事典内の地獄の言及

【宇宙】より

…南の贍部洲が〈われわれ〉人類の住む大陸である。この下に地獄や餓鬼界がある。太陽と月は須弥山の中腹の高さにあり,四つの洲の上を巡る。…

【火山】より

… 火山は甚大な災害をひきおこし威力に満ちているが,一方で独特の美しい景色や温泉をもたらし,火山灰は畑地の多くを形成した。火山の溶岩のつくり出す荒涼たる景観や熱泉,噴気孔の盛んな活動はしばしばこの世の地獄と見られ,《和漢三才図会》巻五十六には,〈日本に地獄あり,みな高山の頂,常に焼けて温泉絶えず,肥前の温泉,豊後の鶴見,肥後の阿蘇,駿河の富士,信濃の浅間,出羽の羽黒,越中の立山,越の白山,伊豆の箱根,陸奥の焼山等のごとき,頂(かか)と燃え起こり,熱湯汪汪(おうおう)と湧き出で,さながら焦熱修羅の形勢あり〉とある。《今昔物語集》巻十四の七,八話には,立山の地獄で死者の霊に会った話が記されている。…

【ゲヘナ】より

…旧約聖書《ヨシュア記》18章16節および《列王紀》下23章10節で言及される〈ヒンノム(の子ら)の谷〉のことで,元来エルサレムの城壁の南にある谷をさした。古来ここで幼児犠牲が行われ,また後に町の汚物や動物・罪人の死体が焼却されたことから,死後悪人が罰せられる場所,すなわち〈地獄〉の同義語となった。新約聖書ではすべて地獄の意で用いられ,しかも元来の地名との関連で〈火〉との強い結合を示している。…

【最後の審判】より

…昇天図の下辺に,よみがえった人々(《コリント人への第1の手紙》15:52)も小さく付加して,この原始的な審判図は形成されたといえる。これに後になって必要な要素,すなわち十字架,大天使ミカエル,善人の群れと悪人の群れ,天国地獄などが加えられ,中央高所に君臨する審判者キリストを中心に構図を作って,本格的な〈最後の審判〉図像が実現される。 このような審判図像について,その主となった典拠が《マタイによる福音書》によるものと,《ヨハネの黙示録》20章によるものとの2者に大別され,さらに2者の混合したものがあらわれる。…

【他界】より

…これによって,死後の生という経験的に立証することのできない事象が,人々の心象世界のなかにある種の実在感をもって根をおろすことができるのである。仏教やキリスト教のような組織宗教の場合には,こうして呈示される他界のイメージは,天国極楽にしても地獄にしても,一応の一貫性をもっているが,組織化の進んでいない宗教や民間信仰の場合は,互いに矛盾するいくつものイメージが共存していることが多い。たとえば日本の民俗宗教においては,山岳の頂きを他界の在所とする山上他界観や,海の彼方に他界があると考える海上他界観,あるいは洞窟などを他界の入口とみなすような地中(地下)他界観が併存している。…

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