ロシア連邦,西シベリア,同名州の州都。トミ川右岸に位置し,トミ川とオビ川の合流点の南東60kmにある。人口48万7000(2005)。1604年に建設され,1782年市になった。1804-1925年,同名県の県都。19世紀の30年代から金の採掘が盛んになるにつれ人口が増加し,シベリアの水陸の交通の中心として発達した。1888年には大学(シベリア最古)が,1900年には工業専門学校も開かれて,シベリアにおける文化の中心となったが,シベリア横断鉄道の本線から外されたため,その後しだいにノボシビルスクに繁栄を奪われるようになった。1880年代からは流刑地となり,94年には大学の学生の間に最初のマルクス主義の団体が結成された。十月革命直後の1917年12月にソビエト政権が樹立されたが,18年5月31日チェコ軍団の反乱の結果,白衛軍が占領した。19年12月22日赤軍によって解放された。その後,金属加工,電機,化学,木材加工の分野で工業都市として発展した。
執筆者:外川 継男
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ロシア連邦中部、トムスク州の州都。西シベリアのオビ川支流トミ川の下流部右岸にある。人口48万1400(1999)。オビ川の重要港で、シベリア鉄道とは支線で連絡され、空港もあり、交通の要地。機械製造(鉱業用機械、電気機械、モーター、切削機、軸受、圧力計、計算機)、石油化学、電線、履き物、マッチ、鉛筆、家具、化学薬品の製造、食料品、ビール醸造などの工業がある。ロシア領アジアで最初の総合大学(1880建設、1888開学)をはじめ、単科諸大学、高等専門学校、研究所、劇場、地誌博物館などがあって文化の中心地ともなっている。シベリア最古のロシア都市の一つで、1604年建設、商業・交通の要地として発達、1804~1925年の間は県庁所在地であった。1880年代から政治犯の流刑地。革命後しばらく反革命軍の拠点となったが、1919年12月にソビエト政権が確立された。
[三上正利]
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