乾燥浴の一種。浴室に暖気をみたして発汗させたあとでからだを洗う。このような方法による入浴は,イスラム世界いたるところで行われたが,とくにイスタンブールのものなどがヨーロッパ人の目をひき,トルコ風呂とよばれるようになった。沐浴(もくよく)はイスラム教徒の日常の義務とされている。トルコ人はもとのビザンティン帝国領を征服して,ローマ風の公共浴場の制度を保存し,これと古代からオリエントで発達してきた様式とを融合させ,一種独特のハンマーム(公共浴場)をつくった。浴室はまずマスラハという広間に入り,そこから1ないし3のバイトという温室を通り,最後にハラーラという蒸風呂の室に入る。すべて石造の円蓋づくりである。浴夫から手荒いほどの按摩(あんま)をうけ,マスラハにもどってコーヒーやタバコを楽しむ。すべて浴場はジン(妖精)の好むところと考えられ,左足から入り,《コーラン》などはその中で唱えないのが普通である。女性もここでは長時間くつろぐことを許されたので,古来イスラム社会での最良のレクリエーションの場所であった。
→風呂
執筆者:前嶋 信次
1951年に東京の銀座に出現した〈東京温泉〉は独特の個室式蒸風呂で,頭部だけを出す木製の箱に蒸気を送り込み,蒸気浴をしたのちに湯ぶねに入る入浴法であった。翌年福岡,東京浅草,札幌などで〈トルコ〉の名が店名につけられ,以後トルコ風呂の新規開店が全国に広まり,トルコ嬢とよばれる女性のマッサージ・サービスも徐々に性的なサービスになっていった。これらのトルコ風呂は〈風俗営業等取締法〉では〈個室付浴場〉と規定されている。〈売春防止法〉が実施された58年以降は,全国の売春業者の約3分の1がトルコ風呂経営に転進した結果,大都市を中心に急増してかつての遊郭の機能を代替するまでになった。その後66年の法改正などで新規開店地区の制限など各種の規制が行われるようになったが,一方では性的サービスはいっそう多様化するようになった。84年にトルコ風呂の名称はトルコに対する侮べつであるとの指弾があり,業者団体も名称変更を余儀なくされた。
執筆者:高田 公理
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
密室に熱気を充満させ、発汗後からだを洗う乾燥浴。イスラム圏でよく行われるため、西欧人によりこの名でよばれた。古代ギリシアのオリンピアでは紀元前8世紀に床下暖房式のものがあったが、類似のものが現在朝鮮半島などにみられる。古代ローマやポンペイでは浴場をテルメ(熱)といい、冷浴室、低温浴室、適温浴室の順に通り、最後が熱気室になっている市営の公衆浴場があった。またイタリアでは13世紀末から蒸し風呂が行われるようになり、熱(ねつ)した石を桶(おけ)に入れて水を注ぎ、蒸気を発散させ、布でからだを覆って蒸されるもので、おもに女性に用いられた。フィンランドのサウナsaunaは蒸気浴と熱気浴をあわせたもので、発汗後、シラカンバの枝葉で皮膚を軽く打ち、冷浴をするものである。
[佐藤農人]
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