日本大百科全書(ニッポニカ) 「にごりえ」の意味・わかりやすい解説
にごりえ
樋口一葉(ひぐちいちよう)作の短編小説。1895年(明治28)9月『文芸倶楽部(くらぶ)』に発表。新開町の銘酒屋菊の井の「一枚看板」お力(りき)は、近ごろ結城朝之助(ゆうきとものすけ)というよい客がついたが、もとは町内でも幅の利いた蒲団(ふとん)屋の源七と深い仲だった。源七はいま落ちぶれて、裏長屋で女房お初、倅(せがれ)の太吉と暮らしている。7月16日の夜、かねて約束のあったお力は朝之助に「三代伝はつての出来そこね」とわが身の上を語り出したものの、途中でやめてしまう。一方、源七は、なおお力が忘れられず、女房子どもを追い出し、その後数日たってお力と無理心中して果てる。当時流行の悲惨小説ともみられるが、お力の痛切な絶望感には実感がこもり、作者一葉の内面が反映している。田岡嶺雲(たおかれいうん)らの激賞を受けた佳作。
[岡 保生]
映画
日本映画。1953年(昭和28)作品。原作樋口一葉の『十三夜』『大つごもり』『にごりえ』の3話のオムニバス。脚色水木洋子(みずきようこ)、井出俊郎(いでとしろう)(1910―1988)、脚本監修久保田万太郎(くぼたまんたろう)。製作は文学座と独立プロ新世紀映画の提携作品。撮影中尾駿一郎(なかおしゅんいちろう)(1918―1981)、監督今井正(いまいただし)、配給松竹。第1話、官吏の家に嫁いだ嫁(丹阿弥谷津子(たんあみやつこ)、1924― )が老夫婦に離縁を頼みに行く。第2話、屋敷の女中みね(久我美子(くがよしこ)、1931―2024)は、伯父夫婦に頼まれやむなく金を盗む。第3話、花街にある店の娼婦お力(淡島千景(あわしまちかげ)、1924―2012)は品のいい客(山村聰(やまむらそう)、1910―2000)に夢中だが、棄(す)てられた男(宮口精二(みやぐちせいじ)、1913―1985)に絡まれ、無理心中してしまう。舞台劇風のセットの町並みを人力車が走る第1話、室内で人が右往左往する第2話、店の上下の空間を巧みに使いながら、淡島の粋で婀娜(あだ)っぽい娼婦を中心にした人間模様を描く第3話と、しだいに描写がリアルになる。最後に、2体の遺体が横たわる野外ロケ場面の冷徹な距離に、監督の峻厳なまなざしがある。キネマ旬報ベスト・テン第1位。
[坂尻昌平]
『『樋口一葉全集2』(1974・筑摩書房)』▽『『全集樋口一葉2』(1979・小学館)』▽『『にごりえ・たけくらべ』(新潮文庫)』