日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハイン」の意味・わかりやすい解説
ハイン
はいん
Lewis W. Hine
(1874―1940)
アメリカの写真家。ウィスコンシン州オシュコシュ生まれ。高校卒業後、父親の死去により一家を支えるためさまざまな職業についた。苦学して教師の資格をとり、1901年からニューヨークのエシカル・カルチャー・スクールで地理の授業を担当する。貧しい労働者の生活改善をめざしていた社会改良主義者の拠点の一つであったこの学校で、ハインも次第に社会問題への関心を深め、彼らの主張を広く訴えるための有力な手段として、写真の記録、伝達の機能に注目するようになった。
ハインは、04年からマンハッタン島の沖合いに浮かぶエリス島の移民収容所をテーマに、ドキュメンタリー写真のシリーズを制作し始めた。ヨーロッパ各地から新大陸に到着したばかりの貧しい移民たちの姿を、カメラを正面に据えてストレートに写しとったこのシリーズが雑誌等に発表されて高く評価されたことにより、彼は写真家こそが天職であることを悟る。08年に学校を辞したハインは、国家児童労働委員会の専属写真家となり、全米を飛び回って、児童労働の実態を撮影し始めた。当時アメリカの16歳以下の労働人口は200万人以上といわれ、ハインの写真に記録された彼らの悲惨な生活状況は大きな反響を呼び、のちに児童労働法が成立するきっかけとなった。
18年に児童労働委員会を退職したハインは、ヨーロッパの赤十字のもとで第一次世界大戦後の難民、傷病兵、病院やキャンプの状況を記録する仕事につく。ここでも、ハインの才能は充分に発揮され、戦後の混乱を体を張って生き抜こうとしている人々の貴重な映像が残されている。
1920年代以降は、より広い視点から、アメリカの労働者の生活をさまざまな角度から精力的に撮影しようとした。32年に出版され、ハインの生前における唯一の写真集となった『働く男たち』Men at Workには、機械による大量生産システムの発達で、次第に片隅に追いやられようとしていた手仕事に誇りを持って働いている男たちの堂々とした姿が、描き出されている。とりわけ、31年に完成するエンパイア・ステート・ビルディングの工事現場で働く労働者たちのイメージは、神話的といってよいほどの輝きを発している。
30年代後半になると小型カメラによるスナップ的な撮影のスタイルが一般化し、ハインの大判カメラを被写体の正面で構える古典的なドキュメンタリーの方法は次第に時代遅れとみなされるようになる。しかし、1970年代以降にフォト・ジャーナリズムの退潮が目立ちはじめると、被写体を尊厳を持って受けとめ、敬意を払いつつ撮影していくハインの写真の先駆性が再評価されるようになった。没後の77年に『働く男たち』が再刊され、また新たに『働く女たち』Women at Work(1981)も編まれるなど、今でも彼の写真とその生涯は多くの写真家たちに強い影響を与え続けている。
[飯沢耕太郎]
『Men at Work; Photographic Studies of Modern Men and Machines (1932, Second Edition, 1977, Dover, New York)』▽『Women at Work; 153 Photographs (1981, Dover, New York)』▽『大島洋編『写真家の時代2 記録される都市と時代』(1994・洋泉社)』▽『飯沢耕太郎著『フォトグラファーズ』(1996・作品社)』▽『澤本徳美著『写真の語り部たち』(2001・ぺりかん社)』